おひさしぶりです悟浄。お元気ですか?
人に手紙なんか書くのはひさしぶりで緊張しています。
よくよく考えてみたら、最後に顔を見てからまだ1ヶ月もたっていませんね。今までが今までだったせいで、もう何年も経ったような気がしていましたけど。旅の最中は四六時中べったりでしたからね。でもいくら長く一緒にいても忘れる時は一瞬です。貴方の顔が、もうよく思い出せません。僕のほうは、まあなんとか元気です。旅が終わった途端病院に直行して元気ですも何もないですが、あちこち折った骨も無事くっつきました。来週には退院できる予定です。さっきバラバラと雨が降ったのですが、30分ほどで止んで西日が射してきました。空がピンクと紫でとても綺麗です。貴方は今頃出勤でしょうか。たまには空でも眺めてください。

ところで僕は何故貴方に1ヶ月も会ってないんでしょう。
三蔵と悟空は2日おきに顔を出すのに。いつも手ぶらでおいでになるうえ金目のものはおろか土産話もろくにないもんですから何しに来てるんだか分かりませんが、貴方より千倍マシです。単に僕の病室がふたりのデートコースに設定されているだけだとしても百倍はマシです。
別に見舞いに来いって言ってる訳じゃないですよ。生きるか死ぬかの病気でもないし、たかだか骨折ですからね。「たかだか骨折」って言ってたらしいですね貴方。三蔵に聞きましたよ。確かに来てもらったって退院が早まる訳でもありませんし貴方のお眼鏡にかなうほど見目麗しい看護婦さんもいらっしゃいません。それにしたって、ちょっと冷たくないですか。

見舞いに来いって言ってる訳じゃないですよ。病室は禁煙ですから来てもらってももって3分でしょうね。三蔵で5分ですから。ちなみにここは6人部屋なんですけど、隣のご老人は朝から晩まで念仏唱えてらっしゃいますし、向かいの叔父さんは心臓がお悪いらしくて、貴方のような歩く広告塔みたいな男がずかずか入ってくるのもどうかと思います。さっき顔もよく思い出せませんって書きましたが顔は覚えてなくても派手だったぐらいは覚えてますよ。髪なんか真っ赤でしたね確か。

見舞いに来いって言ってる訳じゃないですよ。そもそも来週退院ですからね。第一こっちから呼びつけて来てもらったって嬉しくもなんともないです。そういうものでしょう、お見舞いって。まあ呼びつける前に来てもらったって特に嬉しくもないです。貴方のことだから見舞いといえば花かメロンかでしょうが花は水替えるのが面倒だしメロンあんまり好きじゃないんですよ。ああ知ってましたっけ。知ってますよねそれくらい。何年も一緒に住んでましたもんね。

とにかく見舞いに来いって言ってる訳じゃないのは分かっていただけたでしょうか。僕が言いたいのは何故貴方は1ヶ月も、ただの一度も僕を見舞おうという気にならなかったのだろうかとそういうことです。僕らは親類でもないし恋人でもないし、来ないからといって特別変でもありませんけど。変ではないです。変では。貴方が優しい人だってことは分かってるつもりです。こういう時には見舞いに来るタイプの人だということは。いつだったかマスターの店のバイトの娘が盲腸で入院した時は即日すっとんで行きましたよね、何の関係もないのに。そういうことがあったから、ただ、意外というか。

何度も書きますが見舞いに来いって言ってる訳じゃありません。正直言って思い当たることはたくさんあります。僕は貴方には、三蔵や悟空に比べると随分と気を抜いていた自覚があります。言葉も荒かったし貴方の治療はいつも後回しにしてました。でもそれは貴方が嫌いだからではないんです。さっきも書きましたが、貴方は優しい人だから、いえ三蔵や悟空が優しくない訳じゃありませんけど。デートコースに僕の病室を設定してくれる程度には優しいんですけど。僕はしょっちゅう貴方を盾にしたり踏み台にしたり杖にしたり枕にしたりしましたが、それも貴方が嫌いだからではないんです。貴方は体も丈夫でサイズもちょうどよくて、何故かいつもここぞという時にいて欲しいところにいてくれるので、要するに、そう、単なる物理的な問題です。貴方をないがしろにしていたからではないんです。むしろ…

…何の手紙だか分からなくなってしまいました。
とにかく見舞いに来いという手紙ではありません。お元気ですかというのが本来の用件でした。貴方は元気かと聞かれたら元気でなくても元気だと言うでしょうが、元気じゃない時もたまにはあるでしょう。この1ヶ月の間に何度もあったでしょう。あったはずです。僕もありました。貴方はどうだか知りませんが、僕は元気じゃない時に元気じゃないと言える相手がいれば少しは楽なのにと思いました。例え何の解決にもならなくても、言ってもどうしようもなくても、どうしようもないからこそ、いてくれるだけでいいのにと。何度も。毎日。ずっとです。僕にとってそういう相手がこの世にいるとしたら、貴方が一番近いんじゃないかと思います。

どうせ書かないでしょうが一応、返事はいりません。この手紙が返事です。1ヶ月前の貴方への。返事を聞き出しに来てくれるものと思っていましたが甘かった。僕はただ突然で驚いて即答できなかっただけなんです。少しでも長い間、貴方が僕のことで悩んでくれればいいとも思いました。まさか顔も出さないほどさっぱり潔い男だとは、知っていましたが改めてまた知りました。

貴方のことばかりです。貴方よりずっとずっと前から貴方のことばかりです。この1ヶ月の間、貴方は今元気だろうかとそればかり。

お元気ですか悟浄。僕がいない間、貴方が一日たりとも元気なんかじゃありませんように。
他の誰とも笑っていませんように。

電話にしたほうがまだマシな気がしてきましたが、貴方は電話が苦手だし、僕も今貴方の声を聞いたら「元気ですか」ぐらいしか言えないと思うので、思い切って投函します。これを読んでも見舞いには来ないでください。見舞いに来いって言ったみたいですから。
でも願わくば、退院の日には迎えに来てください。帰り道を忘れました。




追伸
もしどうしても見舞いに来たくなった時は
差し入れに歯ブラシの新しいのをお願いします。



fin


リクは「八戒手紙を書く」。
やな手紙だな八戒。
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