生 活 カ タ ロ グ
窓から八戒が洗濯物を干すのを見てた。
俺は窓から八戒が洗濯物を干すのを見るのが好きなんだと、八戒が言った。
「必ず見てますよねえ」
それはおまえが、まだ人がくるまってるシーツを問答無用に剥いでいくもんだから。それで起きざるを得なくなって、ようやく目が開いた頃に窓際で一服しようと思うと、おまえが洗濯物を抱えて庭に出ていくタイミングと合っちゃうだけ。
というようなことを説明するのが面倒だったので「うん」と言っといた。
八戒が洗濯物を干すということは天気が良いということなので、八戒が洗濯物を干すのを見る時は必ず八戒の機嫌が良く、空は青く、俺は寝起きでぼんやりしている。
「悟浄、結婚したら如何です?可愛い奥さんが貴方のために洗濯物干すとこが見れますよ」
何を言ってるんだかよく分からないが、面倒なので「うん」と言っとく。
「フリルのエプロンとかしてね。ハミングしながら貴方のために洗濯物を干すわけですよ。こう」
空中にぱぁっとシーツが広がり、ピンと張る。
「真っ白な洗濯物と一緒に奥さんまで輝いて見えちゃったりするわけですよ、キラキラと」
何を思ったか、ついに鼻歌を歌い出した。洗濯物を干すのはそんなに楽しい作業なんだろうか。
「貴方みたいな悪い男に純情可憐な汚れなき美少女がころっと騙されてね。意外と貴方も、結婚した途端そそくさと家に帰るようになっちゃったりしてね。遅くなってごめん!なんて絵に描いたようなベタベタな新婚生活を送るわけですよ。休日には奥さんがクッキー焼いちゃってね。甘いもの苦手なのに食べ過ぎちゃってね。うわ可愛い〜」
こいつの思い浮かべる「新婚生活」って相当偏ってないか。
「…白い家に犬とか飼って?」
「犬ねえ。犬も良かったですね」
俺はぎょっとして煙草を揉み消した。
八戒は相変わらず楽しそうだ。自分が過去形で喋った事に気がついていない。
こいつは洗濯物を干していて幸せだろうか。
シーツを挟んでシルエットしか見えないが、俺と八戒はいつもこんな感じだ。直に触らないように、うっかり傷に触れてしまわないように、ちょっとずつ目を逸らせながら1枚の布越しに暮らしてる。まあ聞けねえわな、あの女はフリルのエプロンなんかしてたのかとは。
それにしても、俺はなんで飽きもせず窓から八戒が洗濯物を干すのを見てるんだろう。面白いか?
「…あ」
「はい?」
「俺、こう…ヒラヒラしてんのが好きかも…」
「まだ頭寝てるんですか?何ですヒラヒラって」
ようやく干し終わった洗濯物を満足そうに見渡すと、八戒は籠をかかえて戻ってきた。
だから洗濯物が風でヒラヒラしてんじゃん。ずっと動いてて面白いじゃん。
というようなことも説明するのが面倒だったので「うん」と言っとく。
八戒が家に入って後ろでごそごそやり出してから、俺は窓枠に頬杖ついて、また洗濯物を眺めてみた。
すぐ飽きた。
「悟浄、今日くらい休みませんか。夜のお仕事」
夜のお仕事っておまえ、仕事でいいだろ。昼は仕事ねーんだから。
「たまには干したシーツが冷えないうちに寝てみてくださいよ。いい匂いですよ」
そうするとおまえが何か嬉しいんならしてもいいけど。
うっかり長いまま消してしまった吸い殻に、もう1回火をつけた。風が髪を嬲っていたから、しばらくしてからようやく気がついた。
「…何」
「あ、すいません。…なんかヒラヒラしてたんで」
俺の髪から指を解くと、八戒は何事もなかったように台所に戻っていった。
色々考えるのが面倒だったので「うん」とだけ言っといた。
あいつは今、幸せだろうか。
そんなこと聞いていいだろうか。
「悟浄、朝ですよ〜」
声は聞こえたが目が開かない。
「悟浄!」
俺が健気に目を開けるべくしていた努力などには一向構わず、八戒は勢いよく俺の両脇に手を突いた。おかげで、例によって頭までシーツをかぶって寝こけていた俺は昆虫採集の虫だ。
「……窒息する」
「じゃあ起きて」
顔の上の布目から、熱い息がふぅっと滲み出てきて唇に触れた。
「悟浄」
シーツから顔が出せない。
もういいから。
分かったからおまえは洗濯物干してろ。
fin
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