アナザー・オ




 

 真夜中に呑み友達から借りたアダルトビデオをゴロゴロ見ていたら、八戒が水を飲みに起きてきた。
 別段見ながら何かしていた訳でもないのでそのままソファーに寝っ転がっていたら、八戒はしばしコップを持ったまま立ちつくし、不審に思って振り向くと、ようやく不思議な表情で傍までやってきた。
「…見てていいですかね」
 そっち方面には淡白かと思っていたので俺は軽く驚き、次に八戒だって男なんだから驚くことでもないと納得し、更に何だかこの図はおかしかないかと思い当たり、はたまたガキの頃には男同士でAV大会したよなと思い直し、といったような事をしてる間に八戒は俺の肘の下から勝手にクッションを一個引っこ抜いて床にとんと腰を下ろした。
「面白いですか?」
「んー…まぁ普通」
 実は昔少しばかりお知り合いだった女が出てるので話のネタに借りただけで、冒頭を見る限り無茶苦茶オーソドックスな代物だ。
 八戒はしばし「抵抗しながら自ら服を脱ぐ」という芸当を見せる女を眺めていた。やっぱりというか何というか無表情だ。こいつにはAV女優だろうが世界紀行のアフリカ象だろうが同じなんだろ、どうせ。俺は小さく欠伸した。途中で寝るかも、俺。
「…初めて見ました」
「嘘!!!!!!」
 目が覚めた。
「そんな男がこの世にいるのか!?」
「いるんですねこれが」
「嘘!えー何で?ほんと!?興味ねえの!?普通見るだろ!!」
「…普通って貴方の普通でしょうが。単に機会がなかったんです」
 俺は大慌てでリモコンをひっつかんだ。
「待て、巻き戻す!最初からきちんと見よう!」
「なんで」
「初のAV鑑賞とはそういうものだ!」
 俺は呆気にとられている八戒を無理矢理ソファーに引きずり上げると、自分でも理解不能な素早さでAV保存用にしてた食器棚の一番下を開け頭を突っこんだ。
「…何やってんです」
「いや、もっといいのないかと思って。おまえにはもっとこう巨乳とか巨乳とか」
「別に気遣わなくてもいいですから。貴方の好きなので」
「最初にいいもの食わないと後々の味覚に悪影響が出る!」
 言ってる間に巻き戻ったビデオが再スタートし、八戒が画面を無言で指したので、俺は床に散らかしたテープをそのままにしてソファーに戻った。よく考えたら最初っから人道はずれた性生活を送ったこいつに悪影響も何もなかった。
 八戒と暮らしだして2ヶ月ちょい。
 感情を素直に表に出さない奴なので、俺はまだ「普通」と「雨が降って壊れた」の2種類のこいつしか知らない。何が面白くて何が楽しいのか、どうすれば嬉しくてどうすれば喜ぶのか分からない。
「インタビューって必ず入ってるもんなんですか?」
 八戒が生真面目に質問するので俺も生真面目に返した。
「いや、たまに。最初に女優に親近感を抱かせるために録ってんじゃねーかな。俺はあんま好きじゃないけど」
 何だこの緊張感は。母親に隠れて息子にAV観せてる父親のようだ。
 …ちょっといい。こいつはどうやら博識で、俺は自分で言うのも何だがろくな知識がないので、こいつに何か聞かれて教えるなんて機会は滅多にない。さぁ何でも聞いてくれ。
「結構見れる顔ですね。AVってもっとどうしようもない女が出るのかと思った。これくらいの容姿って平均なんですか?」
 なんてにこやかな毒舌だ。
「最近の娘はみんなまぁまぁ可愛いぜ」
 とても昔の女だとは言えない。
 もしや退屈かと何度窺っても、チラチラ揺れる画面の光で浮かび上がる八戒の横顔はまったくもっていつも通りだ。
「…あのさ八戒、別にいいけど、これ展開が極普通だぜ?普通の女の子が彼氏とラブホでやって帰りに公園でマワされるだけで。もっと変なののほうがよくね?」
「普通でいいですよ。マワされるのも通常メニューなんですか?」
 こいつの語彙はどこから来るんだ。
「まあ、よくあるな」
「普通、男優に感情移入するもんじゃないんですか?何人かで寄ってたかってると快感半減しません?」
「…男の子はみんなで力を合わせて何かするのが好きなんじゃねえの」
 何となくこのすかした野郎が興奮するとこが見れたりして、などと期待したが、八戒はその後も淡々と「鏡にカメラが映った」と文句言ったり「これ絶対ホンモノじゃないですよね」と腹に散った精液にコメントしたりするのでだんだん虚しくなってきた。
 やだな。貴方こんなもんが楽しいんですか子供ですねとか思われてたら。悪かったよ楽しくて。
「…やっぱつまんねーな」
 先に言っとこ。
「どういうのが面白いんです」
「人によるけど、ぬけるやつじゃないの?」
 八戒がぐるりとこっちを見た。
「僕がいなかったらぬいてました?」
「ぬ、ぬきません」
「でもぬこうと思ったらぬけます?」
 しつこーい。
「…あのね、この女、昔付き合ってたの。だから気分的にダメ」
 八戒が「え?」と今まさに佳境であるところのテレビ画面を振り向いたので、俺はブチッと電源を切った。
「なんで切るんです、見てるのに」
 なんだか急に恥ずかしいじゃねーか。
 やだな。貴方この程度の女で満足なんですかとか思われてたら。悪かったよ志低くて。
 部屋の照明を全部落としていたので、テレビが消えた途端真っ暗になってしまった。
「…続き見たかった?」
「いえ別に」
 あっさり。
 …意気揚々と息子を大好きな野球に連れてったらつまんないと言い放たれた父親の気分。
「でも面白かったですよ、かなり」
 …気を遣う息子。
「貴方見てるのが」
 八戒の声が急に近くなった。
「AVぐらい今まで何度も見てますよ。初めて見たって言ったのは貴方のことです。自分で気付いてないでしょうが凄いですよ目と声が。そういうふうになるんですねぇ興奮すると。このテのビデオ見るときは必ず僕も起こしてください、また見たいんで」


 あんまり顔が熱くなってたので八戒の声が耳朶に直に触れたのなんか最早この際どうでもいい。
 今灯りつけられたら俺は死ぬ。
 

 
 
fin

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