BRAIN DANCE
[58ver.]





 今日はやれる。朝から一日中八戒がそういう光線を出してくる。
「煙草忘れてますよ」それだけ言うためにわざわざ肩に手を置いてきたりとか夕食時に「悟浄の隣いいですか」なんっつって、可愛い奴め。ここ最近ずーっと俺が受けてたから今日は抱かせてくれるはず。
「三蔵と悟空が202ですね。悟浄は僕と205」
 やった。
 …なんで部屋割りの権限が八戒にあるんだろう。別にいいけど。
 金の権限は三蔵だ。食事選択の権利は悟空だし。俺の権限はないのか?別にいいけど。
 ああ、そんな些細な権利はいいってことよ!チャンネル権もお父さんにくれてやろう、はい三蔵。今夜の俺は気分がいいからな。何せひさしぶりにベッドで主導権握って平和で甘いのをたっぷりと
「それじゃあお休みなさい」
 殺すぞこの野郎。
「…何。やらしてくんねーの?」
「僕、そんな約束しましたっけ?」
 これだよ。
 もうすっかりやる気の男と自ら同室になっといて、しかもお風呂上がりにフローラルの香りを撒き散らしといて堂々ととぼけるとは、俺が紳士でなきゃボコボコだぞ。俺はこいつほどねじくれていないので、しのごの言わず直球を投げた。
「やらせて」
「…今日ですか?どうしても?」
「どうしても」
 ベッドに腰掛けてごしごし髪を拭いている八戒の後ろからぎゅううっと抱きついた。首筋にキス。
「させて」
「そういう気分じゃないんですよね。ごめんなさい」
 そういう気分じゃないのに指を絡めるな。唇なめんな。つか体濡れてるうちに服を着るな。
 八戒は振り向きざま俺の唇を素早く「舐め」て、指で拭った。
「今晩はこれで我慢してください」
 心得ました。強姦プレイですね。
「悪いんだけどもうちょっと何かアレなんでいただきます」
 両肩掴んで押し倒すとこの期に及んで掌で口をばふっと塞がれた。
「悟浄。本当にその気になれないんですよ」
「嘘つけ!」
 ああ、どうせ俺は優しい男さ。八戒に真顔で拒絶されて無理矢理なんて度胸はねえよ。後が怖いから。
 八戒は真顔のまま俺の体を押し戻し、ベッドの上に座らせた。
「僕がその気になるまで待てません?それまで触らないでください、逆効果ですから」
 わーんやっぱり放置プレイか!? 
「…どうすりゃいいのよ」
「口があるでしょ口が。口説いてください」
 鬼悪魔。女をその気にさせるのは大得意だが、よくよく考えるとこいつ相手にまともに手順踏んだことないんだった。しかももう体がアレなのに舌なんか回らない。
「…八戒、頼むから。もう限界」
「僕が嫌がることしたりしませんよね。貴方のそういう優しいところが一番好きですよ」
「ああそうですか。俺はおまえのそういう鬼畜なところが」
「じゃあお休みなさい」
 わー!
「誘っといてそれはねえだろ!」
「誘った覚えなんかないですよ。毎日そんなことばっか考えてるからじゃないですか」
 八戒はバスタオルを拾い上げた。
「ほら、髪拭かないうちに余計なことするから湿っちゃったじゃないですか」
 いや前から濡れてたし。と言い返す間もなく八戒はするっと上を脱いでしまった。細めだがキレイな肌があちこち傷だらけなのがもうなんというかおい。
「誘ってるだろ…」
「他に言うことないんですか。本気で寝ちゃいますよ」
 ギシッ。ベッドの上に四つん這いになって俺の顔を覗き込む。さ…触りたい。
「僕を誘わなきゃいけないのは貴方でしょ」
 唇が触れるか触れないかの距離で、吐息混じりの囁き声。ちょっと首を動かせばキスできる。
「…触っちゃダメなんじゃねえのかよ」
「貴方はね。…どうしたんです?いつもいつも僕が貴方にベタ惚れだと思いあがって手を抜いてていいんですか。僕は飽きっぽいんですよ、わりと」
 気押されて後ろについた手でシーツを握りしめる。痛いほど張りつめた下半身から意識をそらそうとしても、こいつが近すぎて無理だ。俺の鎖骨の辺りに八戒の髪から滑ってきた水滴が落ちて、みっともないくらい体が震えた。卑怯者。
「八戒」
「はい」
「…好きだよ」
「どこが?」
「……やらしいとこ」
 この答えはお気に召したらしく、八戒は獲物を弄ぶよーなぎらついた目はそのままに微笑んだ。だいたい普段から、こいつの目も唇も濡れたように光っててやらしいんだよ。知らない奴が見たら清廉潔白温厚好青年に見えるかもしれないがやらしいったらねえんだよ。
「…触りてぇ」
 こいつの体中なめ回すような視線だけで息があがる。
「まだダメです」
 耳に息かけるな!死ぬから!
 気を抜くとこいつの細腰ひっつかんで引きずり倒しそうになる腕を押しとどめるのに精一杯。と、八戒はクスリと笑って俺の手首を掴んだ。
 ああ、やっぱり縛るか。こいつに縛られるのは好き。こいつのものにされたって気がする。でも…。
「俺は今日は攻」
 八戒に突き飛ばされて背中がドンと壁にぶち当たった。
「なあ、頼む、好きだから。大好き。おまえだけ。お願い」
「オリジナリティーがないにもほどがある」
「てめえなんか死んでしまえ」
 八戒の肩が波打った。おっと思ったままが口から出た。
「この変態。淫乱。鬼畜。サド野郎。おまえのそういう無茶苦茶なとこがたまんねんだよ。死体になったら好き放題犯してやるからとっととくたばれ」
「…今晩、貴方から体のどこでも触ったら、一生受けていただきます」
 八戒は半裸のまま俺のズボンのファスナーを引き下ろした。
「中でつっかえちゃってまあ。そんなに入れたいですか、お気の毒に」
「ちょっ、自分で動くのはいいの!?」
「ダメです」
 俺の大好きなさらさらの髪を指に絡ませて思いっきり引き寄せたい。胸に頬を押し当てて心臓の音聞きたい。ようやく外にひっぱりだされたヤツが、こいつの中に入りたくてさわりもしないのに暴れ回る。これを見て可哀相だとは思わないか。
「八戒…なあ、好きだって」
「そうですか?イキたいだけでしょう。僕のこことかここにしか興味ないんでしょ?」
 こことかここ、で八戒は悶絶しそうなとんでもねえ仕草をして見せた。
「…最高」
「ほら、そうじゃないですか」
「だからおまえだからだって!三蔵や猿には勃たねえって!」
「当たり前ですよ。わざわざ言うところが怪しい」
「八戒、好き、大好き、愛してます!もう言わすな!」
「うるさい」
「おまえが口説けっつっ……」
 いきなりキス。八戒に触りたくて触りたくて毛穴から触手出そうな状態の時に俺にそんなことしたら、もう噛みついて離さね…
 ちゅっぽん。という感じで八戒は易々と舌を引き抜いた。
「…ちょっと甘やかすとすぐこれなんですから。がっつかないでくださいよ、みっともない」
 もういや。泣きそう。体が壁をズルズルずり落ちる。
「八戒…なあ、好きだって」
 聞いてるくせに。八戒は可哀相な俺の息子の、一番気持ちいいとこを外して指でこねくり回すだけだ。
「はっかい」
「……」
「入れさせて」
 八戒は俺の足を跨いで膝立ちになると、俺の目を見ながら自分のベルトを引き抜いた。
 うわ最悪。
 冗談じゃなく眩暈がした。こいつ、勃ってねえよ。
 俺が絶句したのをそれはそれは楽しそうに見守って、八戒は幼稚園児に「食べちゃったおやつは戻らない」ことを納得させることに成功した母親のように満足げな吐息を漏らした。
「ね?」
 ね?じゃねえ。可愛く「ね?」じゃねえ。
 自分からさっさと脱いでくれたのは、ひょっとしなくてもこれを見せたかっただけなんですか。
「欲しがってるのは貴方だけだって分かりましたね?じゃあコレはしまいますよー」
「しまうな出してろ!おまえ酒呑んだろ、夕飯ん時!それで勃ち悪いんだろ!!」
「あーあの甘ったるい杏だかプラムだかの食前酒ね。貴方も呑んだじゃないですか、僕の3倍」
 イチジクだ。よいしょとジッパーを引き上げようとする八戒の腰を両脚でがしっと捕まえると、あっさりもたれ掛かってきた。やる気がない訳じゃないのだ。どうせ頭の中で九九だか般若心経だか元素記号だか唱えてるに違いない。
 俺のとこいつのが触れあって思わず声が出そうになる。柔らかいままのアレって何でこう、腹立たしいほどふにゃふにゃして冷たくて気持ちいいかな。両手さえ自由なら即・喘がせてやるのに。八戒の左肩に軽く噛みついて首筋から耳朶までじりじり唇で辿る間、八戒は身動ぎもせずじっとされるがままになっている。これで硬くもならないとはどういう体だ、どういう了見だ、ああ?
「…八戒、手ぇほどいて?」
「だめです」
「ほどかないとこのままてめえのに擦りつけてひとりでイクぞ!」
 情けねえ脅し文句だ。
「あいつらに隠れてコソコソズボン洗うのが嫌なら、すぐさまほどいて全部脱げ!」
「誰がコソコソ洗うんです。貴方が出して貴方が汚すんだから洗うのは貴方でしょ」
「なんでそうなる!!」
 八戒は体を離すと(キチンと自分のをしまって)俺の足の間に正座した。
「…さすがに可哀相になってきました。一人で先走ってる貴方見ると」
「それはありがとう!」
「あなたので濡れちゃいましたよ僕の服。ほら」
 八戒はズボンのウエストの辺りを引っ張って見せた。
「後できっちり洗ってくださいね。僕の方はまったくその気にさせてもらえませんでしたけど、貴方相手にそこまで求めても仕方がないです。僕がバカでした。うるさいからイかせてあげますよ」
 グサグサグサグサ俺のプライドを滅多切りにした八戒は、正座したまま何の情緒もなく俺のを握った。そのまま機械的に上下する。普段ならこんなでイけないはずだが、あまりに焦らされたもんだから、あっという間に体中の血が逆回りした。八戒の手を弾き返すかと思うくらい痙攣する自分の体の一部が体の一部じゃねえみたいで気持ち悪い。
「ちょ…ちょっと待…」
 ヤバイ。ヤバイ、出る、もう出る。こんなんでイクの勿体なさすぎる。
「何か文句でもあるんですか。人が嫌々ながらしてあげてるっていうのに」
「動かすな…っ!」
「動かさなくてもイけるんですか」
「ちが…」
 パン!
 耳元でいっそ清々しい音がした。
「……」
「ぎゃあぎゃあ文句が多いんですよ。イきたいんなら黙って扱かれてりゃいいんです。素直に受け取らない人に分けて差し上げるほど僕の好意は有り余ってる訳でも安くもないんです。分かりました?」
 貴方の存在自体が鬱陶しいんで消えてください。分かりました?
 と言われたとしてもすぐさま反応しないともう一発やられそうだったので同じ返事をしたと思う。
「……分かりました」
 言ってから、頬がカアッと熱くなった。
 …殴るか?殴るか普通。
 こいつにめちゃくちゃ愛して欲しいとは思わないが、ちょっとは俺に惚れてんじゃねえのか?それを殴るか?あんまり驚いて金縛り中の俺をほっといて、八戒はさっさと抑揚も何もない手首の運動を再開した。
 冷たい手。扱かれてりゃ気持ちいいし、そりゃ俺は先刻からイきたい、イけりゃ満足、いいからイかせろな態度丸出しだったかもしれないけど、でも、そうじゃなくて、こういうのがしたいんじゃなくて。
 俺が手でされんの嫌いだって知ってるくせに。されるばっかが嫌いなの知ってるくせに。
 下半身より殴られたトコの方が全然熱い。
「……っ………も…だめ…」
 聞こえるのは自分の息づかいだけ。あーもー…こういうの嫌。手の中に出したりしたら「貴方が出したんだから綺麗にしてくださいね〜」とか言われるに決まってて、その後ご褒美が待ってるんなら何でもするけど今日は自信ねえな。俺に欲情もしてねえ相手に。でも出るモンは出るのよ残念ながら。
 ああ…男やめたい。
「…イく…」
「どうぞ」
 余りに情けなくて目を閉じていたが、八戒の声が上擦った…ような気がした。
「…っん!」
 ん?
 イク寸前にぬるっとあったかいものに包まれた。
「……はっ…八戒?」
 腹を八戒の柔らかい髪にくすぐられてやっと我に返った。
 俺のを呑み込む音まで(わざと)はっきり聞かせてから、軽く溜息をついて八戒は顔を上げた。普段から綺麗に赤い唇が濡れて光ってる。…散々嬲っといて、何でそう…。
「…なんて顔してるんです」
「…どんな顔」
「おまえのことが好きで好きで大好きで幸せで死にそうって顔ですよ。バカじゃないですか、飲んでもらうのがそんなに嬉しいですか。そんなあからさまで、よく女性に嫌われませんね」
 ああ、俺はバカだよ。好きで好きで大好きで幸せで死にそうですよ。おまえこそ鏡みろっての。
「…だっておまえ今…勃ってねえ?」
「ああ」
 何でもないように言って、何の躊躇いもなく今度こそ全部見せてくれた。
「貴方のイク顔に弱いんですよ」
 恥ずかしがってくれないのがタマに傷だが、フツーに抱かせてくれる時はそりゃもう真っ赤になってくれんだよ。可愛いんだって、ほんと。だってもうダメじゃん。何されても最後にこれじゃもうダメ。
「もし俺がおまえのこと好きなの知ってたら、なんだけど」
「知ってます」
「手、ほどいて」
 返事を考える間、八戒はチロチロ燃えだした緑色の目を、ほんの十何センチの距離から俺に眺めさせてくれた。
 俺が一番好きなのは、こいつを、俺が、体中使って気持ちよくしてやることなんだよ。
 ほんとに。
 だから抱きしめさせて。


fin
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