桜の森の満開の






 土を掘っていたら髑髏が出てきた。
 八戒はシャベルを傍らに置き、湿った土に膝をついて丁寧に表面の土を払った。
 間違いなく髑髏であることを確かめると、そうしたほうが礼儀に反しないような気がしたので軍手を外し、両手で包んでひんやりした骨を目の前にかざした。
「こんばんは」
 髑髏が言った。
「…こんばんは」
「何か御用でしょうか」
「は?」
 髑髏の身になってみれば眠っていたものをわざわざ掘り返されたのだから「何か用か」と尋ねるのは自然だ。いきなり他人に自宅の玄関を開けられたと考えれば髑髏の対応は紳士的とも言える。
 だが八戒にしてみればそんなものを発見する為に夜中に木の下を掘り返していた訳ではなかったので、答えに数秒かかった。
「…すみません。貴方がいらしたのを知らなかったもので、大変失礼をいたしました」
「ああ、そうでしたか」
 髑髏は紳士なうえに気さくだった。
「それでは驚かせましたね」
「いえそれほどでも」
「お手数ですが後で元に戻していただけますか?人を待ってるんです」
「ここで?」
「ここというか、下界の桜の下で」
 げかいのさくらのした?
「この木が昔知ってる木に似ていたので気に入って、まぁここら辺りで待ってみようかなと」
 髑髏は喋ってる途中で欠伸をした。随分と長いこと、呑気に待っているらしい。
 八戒は傍らの木を見上げた。他の木と何が違うという訳でもない。強いて言えば枝振りが良くて登りやすそうだが、個性というほどでもない。
 しかし気に入る気に入らないは理屈じゃない。現に八戒だってこの木目指してまっすぐにやってきたのだ。墓穴を掘りに。
「…待ち合わせということですね」
「そうなります」
「困りました」
「何を困りますか」
「実は僕もここで待ち合わせをと思ってたんです。今日は何て言うか、下準備に来たんですが、先客がいるとなると困りました。絶対ここにしようと気に入って心に決めていたもので、他の場所となると見当がつきません」
 髑髏は少し考える様子を見せた。
 髑髏でこうなのだから、髑髏でなかった時はさぞ理知的な人間だっただろうと八戒は想像した。
「貴方は」
 そこまで言って、髑髏は含んだ笑顔を見せた。
 髑髏でこうなのだから、髑髏でなかった時はさぞ油断ならない人間だっただろうと八戒は想像した。
「僕が先住権を主張したら、体ごと掘り出してそのへんの川にでも放り込むおつもりですね」
「しようと思えばできますね」
「僕は貴方と一緒に待っても構いませんが」
「いえ、僕のほうではなく」
「では貴方の待ち合わせのお相手と一緒でも構いませんが。あちらが迷惑でなければ」
 このマイペースな髑髏と悟浄とは、なんとなく気が合いそうだった。
 だが誰が愛する男を他人の骨と一緒に埋めたりするものか。気が合うならばなおさらだ。
 八戒がさっそく髑髏を川に放り込もうとかがんだ瞬間、髑髏は耳元でささやいた。

「待ち合わせなんて、嘘でしょう」

 髑髏の声は不思議だ。体の奥から響くようだ。
「同意のない待ち合わせなどこの世のどこにありますか。この世にないものはあの世にはもっとない。この世で難しいことはあの世ではもっと難しい。無理矢理土に放り込んだところでその人は貴方を待ったりしない。考え直しなさい。その人が、まだ骨でないのなら」
 彼が待っていたのは自分ではないのか。
 愛しい人の心など、とっくに手に入れていて。
 甘く、しかしきっぱりと自分を拒絶し心臓を叩き割ってくれたお返しに今晩頭を叩き割られる予定だった悟浄は、泥だらけの八戒を、たった今墓から這い出てきたみたいだ、と笑った。
 



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