Stay
「知ってんのか」
最中に明瞭なうえハキハキとモノを喋られると萎える。
悟浄は中にふやけるほど長い間突っ込んでひっかき回していた指を引き抜いた。ほんの少し体を揺らせたものの、三蔵はしつこく食い下がる。
「聞こえねえなら耳の穴ひとつ増やしてやってもいいが」
「…何を、誰が」
「八戒は俺とおまえがこーやってんのを知ってんのか」
「知ってるよ。黙ってろよ集中しねえから」
「何で知ってんだ?」
「俺が言ったから」
「何で」
「親友だから」
「親友だったら何でも言うのか」
ようやく三蔵が行為続行にさほど意欲的でないと分かって、悟浄はあっさり腕を解いた。その気もないのに無理矢理宥めてやるほど飢えてる訳でもない。案の定、三蔵はぐるりと体を反転させて、サイドボードの煙草に手を延ばす。
「八戒に何か言われた?毎晩熱心ですねーとか?貴方ひとりの体じゃないんですからやりすぎないでくださいねとか?悟浄相手じゃさぞかしうんたらとか?でプライド傷ついてんの?あいつは元々人をぐっさりやるのがクセみてえな奴だから気にすること」
「あいつっての、やめろ」
「はあ?」
いつもより激しくマルボロの煙が吹き上がる。
「…じゃあ何て言うのよ」
「もういい。寝る。出てけ」
「はあ!?」
今晩は八戒の小粋な計らいで(貸しひとつですよの台詞つき)悟浄と三蔵が同室、他のふたりは個室のはずだ。
出てけと言われて行くところは猿か八戒の寝室しかない訳で、まさか猿んとこには行けない訳で。
「あの、三蔵様、本気?」
返事なし。いつもならこのままじゃれついてなし崩し、というのもアリなのだが、今晩はそこまで強気に出る元気がなかった。ヤルなってことだなこれは。
八戒に凄まじい嫌味を浴びせられるのは目に見えてるが、廊下で寝るよりマシだろう。
「…じゃ、お休みぃ」
トコトコ部屋を出ていこうとした背中に、またも意味不明な台詞が飛んでくる。
「八戒の部屋に行くんじゃねえぞ」
「怒るぜ?」
三蔵が言い返す前に廊下に出て、思いっきり足でドアを閉めてやった。これから八戒にネチネチ嬲られに行くって時に張本人が何てこと言いやがる。しかも閉めた途端、中でガチャンと鍵を掛ける音が響いた。
面倒くせえ。あー面倒くせえ。いくら毎日毎晩抱いてるからって、女並みの気まぐれ振り回されちゃ男とやってる意味ねーじゃん。
これでも三蔵には一途なのに。
「時計見て出直してください」
ノック15回目で、思ったほど目つきが悪くも表情がぼやけてもいない親友が、ギリギリ入れないくらい扉をあけてくれた。まだ優しいほうだ。
「寝かせて」
「嫌です」
「今晩はまだナニもしてねえから体も綺麗。ソファーでいいから」
八戒は疑い深そうに、悟浄の頭から爪先まで眺め回した。
「…ナニもしてないなら何で追い出されるんです」
「なんか、おまえのせいみたいだけど、おまえが何を三蔵に言ったんだとしても俺は怒らない。というのと引き替えで今晩泊めろ」
「誰に向かって偉そうに交換条件なんか出してるんです。前あけてください」
「前?」
「シャツのボタン外して」
悟浄がプチプチと前をはだけると、八戒はキスマークの有無を確認してから胸の真ん中を指でつっとなぞった。
「…まあ、いいでしょ。貸しふたつです」
さも嫌そうに溜息をついて悟浄を部屋に入れると、八戒は毛布を凄い豪速で投げて寄越した。
「言っときますがホモの痴話喧嘩の模様を聞きたがるほど物好きじゃないですからね。聞きたくないですからね。話さないでくださいね。話したら殺しますからね」
「三蔵が」
「話すなっつってんのが聞こえね…聞こえないんですか」
聞こえねぇのかと言ってくれていいですが。八戒の敬語しか知らない三蔵や悟空は仰天するだろうが、悟浄の前では時々出る。…この猫っかぶりが。
「三蔵が、俺を追い出しておきながら、八戒の部屋には行くなってよ」
呆気にとられた八戒の顔に、ありありと侮蔑の色が浮かんだ。
「口に出すのもおぞましいですが、もしかして三蔵は僕と貴方の仲を邪推なさっているのでは?」
「邪推するようなことをてめえが言ったんじゃねえのか?」
八戒は立て続けにあ〜嫌だ嫌だと喚きながら自分の枕を壁際に寄せた。どうやらベッドに寝かせてくれるようだ。優しいじゃん。
「三蔵って案外ボケですね。まあ可愛いと言えば可愛いですけどモロすぎっていうか素直すぎっていうか人が良すぎっていうか、まあ貴方如きろくでなしにあっさりやられてる時点で救いようがないですね。そこですんなり追い出されてくる悟浄も悟浄ですよ、女王様のご命令ならなんでもききますって?あーあーもーこんな情けない男を親友と呼ばなければいけない僕がみじめだ。慰謝料が欲しいくらいですよこの詐欺師」
「だから何を言ったんだよ」
隣に潜り込むとどうしても体がくっつくが、それについての文句が出ないあたり今日の八戒は相当優しい。後ろ暗いところがあるに決まってる。
「…悟浄のまわりで悟浄とやってない人は僕だけになっちゃったみたいですねえって」
「…猿ともやってねえよ」
「人って言ったでしょう」
うーわ。
「何だそれ。意地悪?」
「悟浄に愛し愛されてると勘違いして幸せそうにお肌ツヤツヤな三蔵が面白くなかったんですけど」
「勘違いじゃねえよ。俺、三蔵好きだもん。こないだ嫌ほど言ったのにまだ聞き足りねぇか」
「あ、そ」
八戒は枕に顔を埋めて、もう半分目を閉じている。
「綺麗じゃん。口悪いけど性格は真っ直ぐだしな」
「ノロケなら外に出てポストにでも話せば?いいポストを紹介しますよ」
「八戒」
悟浄が不意に出した低い声に、八戒は一旦堅く瞑った目をぱっちり開けた。ほんの10センチほどの距離でしばらく黙ったまま見つめ合ううち、八戒はまたゆっくり瞼を下ろしながら呟いた。
「ごめんなさい」
「ん」
悟浄はゴロンと寝返りをうち、仰向けになって天井を眺めた。
自分だって、もし八戒と三蔵がどうにかなったとしたら、八戒にじゃなく三蔵に、それくらいのことは言ってやりたくなるだろう。
…ああ、この感じ、女から聞いたことがある。
ふたりの仲を何のかんのと邪魔してくる最大の敵は、大概相手の家族だと。悟浄に家族がいなくて良かったと。それでも別れる時は別れるけど。
「八戒、寝た?」
「もうぐっすり」
「おまえの正体が分かった。おまえとやったら近親相姦だ」
「………僕は姉と結婚しましたけどねえ…」
「あ、そうか。おまえ凄ぇな変態」
「同性だってハードルのほうが僕には高いので御心配なく。貴方の前で僕のが勃ったら、それは死後硬直です」
八戒は欠伸を噛み殺すと、布団の中で悟浄の横腹に膝蹴りをくれてきた。
「…三蔵の部屋の鍵、今、あいてる方に5000点」
「そっか?」
思わず声が跳ね上がった悟浄に、八戒はもう一発蹴りを入れて布団を頭の上まで引き上げた。
「…ドアの外でノックしようかどうしようか、悩んでる方に10000点」
fin