避難を促すには
(気象防災アドバイザー育成研修雑感)
(2018.04.04 掲載)


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避難を促すには
(気象防災アドバイザー育成研修雑感)
(2018.04.04 掲載)

 2018年2月から3月にかけ,気象庁の行った「気象防災アドバイザー育成研修」を受講しました。
 予測精度,誤差といった話がほとんどありませんでした。また,受講された方の多くも,予測精度,誤差をほとんど意識されてないようで,えっ,というような発言・質問もありました。
 さて,人は何故なかなか避難しようとしないのか,ということについて,少し考えてみました。

ア.発生頻度,予測成績
 まずは,災害をもたらすような現象がどのくらいの頻度で起きているのか,情報はどのくらい発表され,その精度はどうなのか,という点を調べてみました。
 気象庁の,「土砂災害への警戒の呼びかけに関する検討会」の第1回会合(2012年7月25日)で示された,「土砂災害警戒情報の運用成績」という資料がありますので,この資料の数値を見てみることにしました。
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/dosya/H24dosya_kentoukai.html

 資料は2008〜2011年の4年間の平均で,年間土砂災害警戒情報の発表が1064回,うち災害発生数は37回,土砂災害警戒情報が未発表での災害発生は12回となっています。
「予測なし・現象なし」がわかりませんが,上記資料では,年間1区域当たりの土砂災害発生が0.63回となっていますので,ここから,区域数を1689と推察でき,さらに,1日に1回予測を検討するものと仮定すると,予測なし・現象なしも加えた総数は 1689 × 365 = 616485 となります。
 したがって,

予測あり 予測なし 合  計
現象あり 37 12 49
現象なし 1027 615409 616436
合  計 1064 615421 616485

と,このような分割表ができます。
 この分割表から,
・現象の頻度が,およそ0.0079%と小さな値,つまり,めったに起きない現象である。
・予測されたとき,実際に発生するのは,およそ3.5%で,96.5%で現象は起きず,適中率が低い。
・一方,発生した現象のおよそ24%,4回に1回は予測されない。
ということが読み取れます。
 一つ目は,気候的に起きにくい,平年値は小さい,ということを,二つ目と三つ目は予測精度がよくない(悪い),ということを示しています。
 これらから,
・めったに起きないので現象がどのようなものかわからない(認識できない)
・予測(情報)の精度がよくない
ので避難行動へと意識が働かない,避難行動をとろうとしない,ということが推察されます。

イ.情報の利用価値という視点からの考察
 次に,情報をどう評価するか,という観点から考えてみます。
 近年,予測技術の評価に加え,予測情報をどう利用するか,との視点からの評価が考えられるようになってきています。
 Mason(1980), Stanski et. al.(1989), Richardson(1998), 山田(2001) といった論文や,Katz & Murphy(ed. 1997), 立平(1999), Jolliffe & Stephenson(ed. 2003) などの専門書が刊行されています。また,予測のさまざまな評価手法をまとめた菊地原(1988) にも記述があります。
 ここでは,山田(2001) を参考に予測の評価を考えてみたいと思います。以下,記号等,山田(2001) の表記を用います。
 予測の総数で規格化した現象の有無の分割表は,

予測あり 予測なし 合  計
現象あり p−w
現象なし q−w 1−p−q+w 1−p
合  計 1−q

となります。
 次に,
B: 対策を講じていない場合の現象発生時の損失から,対策を講じている場合の現象発生時の損失と対策費用を差し引いたもの
C: 対策に要する費用
として,Cost Loss Model を考えます。

対策あり 対策なし
現象あり
現象なし

 現象ありと予測されたときには必ず対策し,なしと予測されたときには対策をとらないとすると,対策費用は,
Hf =(q−w)× C +(p−w)× B
となります。

 次に予測を一切利用しない場合を考えます。
 この場合,常に対策をとるか,常に対策をとらないかのいずれかになり,
常に対策をとる場合の費用 Hy =(1−p)× C
対策をとらない場合の費用 Hn = p × B
となります。
 両者の差は,
Hy − Hn =(1−p)× C − p × B
となり,
C / B > p /(1−p)
のときは,Hy > Hn で,対策をとらないほうが,
C / B < p /(1−p)
のときは,Hy < Hn で常に対策をとる方が全体費用は小さくなります。
 さきほどの土砂災害警戒情報の値をあてはめると, 
   q−w = ( 1064 − 37 )/ 616485 = 0.001666
   p−w = ( 49 − 37 )/ 616485 = 0.000019
で,
Hf = 0.001666 × C + 0.000019 × B
となります。
 また,
    p = 49 / 616485 = 0.000079
ですので,
p/(1−p)=0.000079/(1−0.000079)= 0.000079
となります。
 C や B の値は想定が難しくきちんとした議論はできませんが,
Hf = 0.001666 × C + 0.000019 × B
は,B を過小評価すると,第1項の係数が2桁大きいので,「空振り」による損失が大きいと認識されます。
 C / B も B を過小評価すると,大きな値となり,p /(1−p)が極めて小さいので,Hy > Hn となり,対策をとらないほうがよいと受け止めることになります。
 C や B の値によるものの,
q−w と p−w の大きさの違い,すなわち「空振りの多さ」
と,
p /(1−p)が小さいこと,すなわち「ほとんど起きない」
ことが,対策をとらないほうへと働いています。

ウ.避難行動のために
 ア.,イ.いずれからも,頻度の小ささと,予測精度が避難行動をとらない方向に働いていることが示唆されました。
 大雨が増えているとはいえ,p が直ちに格段に大きくなるとは考えられません(発生頻度が格段に多くなっては困りますが)。
 精度についてはどうでしょう。
 極端な現象は発生頻度が小さく,現象の解明が難しい,現象が解明されないことには予測も難しい,というのが実態です。精度の向上もまた難しいのが実情です。
 このような中,少しでも避難行動を考えていただくにはどうするか。単に脅かしてもネ。
 正直思いつきませんが,防災に向け行政が行っていること詳らかにし,理解をえていくしかないのかぁ,と思います。
 そのための手立てとして,「防災行動表」があるのではないかと思います。「タイムライン」という言葉(商標登録されているそうです)がありますが,言葉が中味を想像させてくれません。「防災行動表」というような言葉がよいのではないかと思います(商標登録しようかなぁ)。
 肝は, みんなが同じ時間軸のもと,その時々に,それぞれがとるべき行動を考える,お互いの行動を理解する ,というところにあると思います。
 一度にすべてというわけにはいきませんので,まずは,自治体の防災関連部局から作成し,消防や自治体の他の部局,教育委員会・学校,消防団・水防団,福祉施設や病院,大きな事業所,自治会や地区,さらには各戸,というように進めることになるかと思います。もちろん,作成にあたっては当事者の皆さん(あるいは代表)に加わっていただき,自ら手を動かしてもらわなければなりません。
 最終的には結構な分量になってしまうでしょう。利用しやすくするための工夫も必要となるでしょう。
 また,災害により時間軸が異なってきますので,その辺りをどうようにするかなど,検討すべき点もあります。
 「防災行動表」は作成ことが目的ではなく,自治体等では,災害の起こりそうな時, 着実に役割を果たすための道具 であり,住民の方々にとっては,災害が起こりそうな時に,自治体が,地域がどのような行動をするのか, 防災活動の全体像を理解 していただき,いざというときの 自らの行動を考える材料 です。
 「防災行動表」を自らの手でつくり,めったに起きない自然災害に備え,多くの人々が活動していることを理解し,避難行動への意識が高まってくれないかなぁ ,と期待するのですが。


参考文献
Jolliffe,I. T.,and D. B. Stephenson (ed.),2003:Forecast Verification −A Practitioner's Guide in Atmospheric Science. John Wiley & Sons,254pp.
Katz,R. W.,and A. H. Murphy (ed.),1997: Economic Value of Weather and Climate Forecasts. Cambridge University Press,222pp.
菊地原英和,1988:気象予測の検証と評価,気象研究ノート,161,日本気象学会.
Mason I. B.,1980:Decision-theoretic evaluation of probabilistic forecast using the relative operating characteristic. The collection of papers presented at the WMO symposium on probabilistic and statistical methods in weather forecasting,219−227.
Richardson D.,1998:Obtaining economic value form the EPS. ECMWF Newsletter,No. 80,8−12.
立平良三,1999:気象予報による意思決定. 東京堂出版,142pp.
Stanski H. R., L. J. Wilson, and W. R. Burrows,1989:Survey of common verification methods in meteorology. WMO WWW Tec. Rep. No. 8.
山田眞吾,2001:コスト・ロス・モデルに基づいた評価指数の提案. 天気, 48, 759−765.






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