倚門之望たる 3月 上旬 編



3月3日(月) 会議が長いんですけど...

長げーえよ、会議!そりゃ確かに合否の判定会議だから、慎重の上にも慎重を重ねるのは当然なんだけど、長くなる原因がそれじゃなくて、 司会進行の下手さと、管理職の不適切な(この言葉もう古い?)対応による混乱のせいだということは、もう全員一致するところです。

午後から行われた入試の合否判定会議は、面接の結果やらもちろん入試の点数やらで、総合的に判断されました。その中で、面接の時の 様子などが色々説明され、例えば応答内容が今ひとつだったみたいな発言がありました。まぁ、中には口べたでうまく話せない子が いたりするので、それ自体は全然不利にはならないのですが、それでもやはり入試の面接なので「ため口で話していました。」は あまり良い印象ではないですよね。でもそれを言ったら某先生の傲岸不遜な物言いは、あなたこそ面接的にはだめでしょ...なんて 思ったりしていました。そして何よりも校長が時々発言するのですが、その内容のなさは、まさに応答内容にCをつけられてしまう ダメダメぶりでした。そしてもっとひどいのは司会進行の教頭!いちおう職員の不平不満をガス抜きする意味で、沢山の発言を求めて いるのだとは思うけれど、その方向性のなさには呆れかえる。誰かが意見を言うとすぐそっちの方向へ持って行き、また誰かが別の 発言をすると今度はそっちの意見へ流される。だから混乱してしまうのです。色々意見を聞くのは大事だけれど、もう少し方向性というか まとめ方というか、なんなら腹案くらい用意して進めるべきなのではないだろうか。おかげで二転三転して時間ばかりかかる。 職員の大勢の意見は出尽くしているので、そろそろまとめるべきところでも「意見を言われていない先生、他にありませんか?」を ただひたすら繰り返す...定見無きこと甚だしい。おかげで会議後の合格発表のための準備(例えば合格者の番号を掲示するための 出力、掲示物の準備、合格者の通知のための郵送準備等)が遅れに遅れまくって、もう残務処理が大変。あーあ、こういう無能力な 管理職だと現場は大変です。


3月4日(火) 反古いっぱい

今日は平常授業です。私の場合火曜日は授業がいっぱいあって、けっこう大変なのです。でも今日の場合、もうテスト範囲が終わっているから 自習なので楽...と思っていたら、6限目のクラスで「先生!テスト範囲終わってませんよー!」という優等生からの指摘。げっ、本当だ。 いきなり付け足しのように、あとわずか3行ほど残っていた範囲を終わらせる。「先生、それくらいいいじゃん。テスト範囲短くすれば。」 いやダメです。だって今日の一時間目にもうテスト印刷しちゃったんだもん(^^;)

少し遡って朝から。まず1時間目はテスト印刷。金曜日から試験でまだ間があるのですが、何が起こるのかわからない昨今、早いに越したとは ないのでとりあえず印刷。でもこういうときに限って印刷機が調子悪かったりする。一部裏表印刷したのだが、紙がくっついてしまい何枚も 反古にしてしまいました。そしてその後、情報係の今年度の総括の原稿を考える。まだ指示されていないけれど、直前に言われてあたふたするのは 嫌ですから。でも書くことがうまくまとまらず全然はかどらない。これも心のもやもやのせいか。

そんなことしていると今度は事務長に呼び出され、第2コンピュータ室用の無線LANの機器について相談を受けた。別に安い機種でも良いから、 さっさと執行してくれと思っていたら、どうやら来年度の6月に光ファイバが入るとのこと!2年もかけてやっと校内のLAN設定を終えたのに、 また色々手を加えるらしい。もうトホホですよ。これだからお上のやり方は困る。なら最初っからそうしろよって感じ。おかげで現場は来年 あたふたするでしょう。

次にやったことはI村先生に頼まれたクラスの写真の印刷。これがまたこう急いでいるときに限ってプリンタが調子悪い。スジが出てカラー印刷が うまくできない。何枚また上質紙を反古にしたことか。I村先生のクラスは3年生で、明後日卒業式なので、それまでに配りたいので即行 対応する私でした。なんたってI村先生には逆らえない立場なので(笑)この話はまた後日(爆)

そして放課後に会議。来年度のコース選択によるクラス編成の会議。生徒はまだまだかもしれませんが、逆算するともうこのあたりで新しい クラスを詰めていかないと間に合わないもので...。でも大筋目途が付いてきたのでホッとしています。でも元々この仕事は私のものだったのですが、 急に入院してしまったために、急遽学年主任のS賀先生が苦労してやってもらったのです。足を向けて寝られません。で、この会議の場で ある生徒の近況が話題になる。もちろん詳しくは書けないが、親があまりにもひどい仕打ちをしているらしく、虐待というわけではないのだが、 親として自分の子供にそんなことよく言えるな、みたいな話があり、とても信じられない思いがあった。子供が可哀想と思うと同時に、 どうしてそういう親が存在するのかが理解できなかった。怒りというか悲しみというか、本当にそんな親もいるんだと蒼然としてしまった。 まっ、そんなかんなで色々あった今日一日でした。

【特別編】

えーと、まだ差し障りがあるので、こそっと書きます。実はこの日、転勤についての内示がありました。組合情報では3/4に内示があると 言われていたようなのですが、なんか知らないけれど、昨日とかもう少し前に打診やら内々示があったような感じです。

元々何年も続けて転勤希望を出していた私は、今年こそとこの時期に思い、毎年振られ続けてきた経緯があります。それこそ今年出られなければ、 来年は悉皆ということで10年目の強制異動のはずだったのです。噂には12月中にI井先生は打診があったとか、U先生は1月に校長が話があり 決まっただとか、もうまことしやかに語られていました。それなのに私には何の話も来ない。いくら校長に色目を使っても(おえっ!)全然 無視する。あーあ、今年もないのか...と落ち込みまくっていました。おまけにその消沈を逆撫でするがごとく色々な先生が「O−TEACHER、 話、あった?」「どこになったの?」と無神経に聞いてくる。その度に「いえ、なにもありません。」と正直に答えると「またまた。教えたくないんでしょ?」 「いえ、本当です。」と言うと、途端に笑顔が引きつって同情的な顔になり『可哀想に...』という態度がありありなのだ。それがまた なおさら気落ちさせる。

何度も書いたかもしれないが、私は今の学校まで片道1時間半の通勤時間がかかる。でも渋滞が多く、特に帰りなどは平気で2時間かかったりする。 その上、入院もしてまだ完治していないので通院も続いている。だからあまり多くを望まず「(自宅に)近ければどこでもいい。」と校長に 言い続けていたのだ。確かに底辺校回りで辟易しているのは事実。レベルの高い学校も経験してみたいという気持ちは強い。でもキャラクター的に あまり良い学校には合わないだろうし(笑)また入院して以来健康に自信をなくしてしまったので、身体に負担のかからない通勤時間の短い 学校ならどこでもいいと思うようになっていたのだ。そのことは校長にはきちんと伝えた。「良い学校でなくても良いから、近いところを!」 これが唯一の希望だったのだ。ただ教員の転勤というのは県の上の方の人が、ただのコマ合わせで動かしている。あまり個人の事情は忖度しない。 おまけに地区ごとで動かすのが原則らしく、私が今いる学校の地区と、自宅がある地区は全然別なのだ。だから自宅近くの地区に希望を出しても、 なかなか動けない。というかその人事を担当する人も違うし、その中だけで適当にグルグル回して決め、そして数が合わず、底辺校で希望が いなくて、本当に空きがあるときしか他の地区へは動けないらしい。だから毎年異動希望が蹴られてきたのだ。

そういう事情があって、ある意味あきらめて、でもあきらめられなくて、そういう悶々とした9年間を送ってきたのだ。今回も内示が 素通りしたような気配があり、もうすっかり白旗を揚げて、来年の仕事のことなどを考えていたのだ。だって校内人事の希望票も出したし...。 ところが...(つづく)


3月5日(水) 会議が長い2

今日も会議が長い...。特別指導がらみで朝の打ち合わせから延長。おかげで1時間目の最後の授業が超ハイスピード。もう大変でした。 で、3時間目からは卒業式の予行練習。その前にU海先生が作った3年生への思い出メッセージビデオが流され、それを見て思わず涙。 いや感動したのではなく、いかにここまで編集するのが大変だったかを思うと。思えばU海先生、N本先生が、たった25分のビデオのために 延々何十時間もかけていたのを知っていたので。卒業生よ、そういう好意をきちんと理解するように。

そして午後から朝の会議の続き。今回はメールがらみの初めての事件。事情説明だけで1時間。そして指導の仕方についても1時間。2時間以上の 議論。でもこんなに長引いたのは、ある先生の指導のあり方と、そのやり方について文句を言い出したことから始まった。確かに彼の 言い分には理があるのだけれど、ああいう物言いというか、失礼な侮辱的な発言は許せるのだろうか?久々に「大人げない大人」というのを 見た気がした。

そして午後の遅くから、調子の悪い国語科のPCを再インストール。これが途中で止まってしまいなかなかうまくいかない。情報部長の意地に 賭けてなんとかしてやろうとするも、タイムアップ...。ああ、また一日忙しかった。


3月6日(木) 卒業式でした

本日は卒業式。まず私の仕事は保護者の受付。極寒の昇降口で耐えまくる1時間。うーん、凍え死ぬ。そして次は当然デジカメ撮影係。卒業式の 一部始終を激撮。あちこち動き回り感動的な式に迷惑極まりないやつでした(^^;)そんな中で、今回の中で圧巻は、式終了直前に突然の ハプニング。一人の卒業生が「すいません。ちょっといいですか。少し時間を下さい。」と言って壇上に上がる。そして卒業生を代表して 「全員、左向いて。」と先生方のいる席へ全員を向かせる。そして「今まで3年間、本当に色々面倒を見てくれてありがとうございましたー!」 「ありがとうございましたー!」一分の狂いもなく整然と向き直り声を揃えて感謝の挨拶。「今度は左向いて。保護者の皆さん、色々迷惑かけて 最近はあんまり照れて口も聞かないけれど、今まで18年間ありがとうございましたー」「ありがとうございましたー」と感謝の言葉。 これには一同感動して全員の拍手が巻き起こりました。これがまたピシッとしていて式の進行をほとんど妨げることもなく、悪ふざけで やっているわけでもなく、全員に意思統一されて本当に清々しいものでした。すごい生徒達だと感動の嵐でした。

そして無事式も終わり、その後担任達を囲んで写真を撮ったりメッセージを書いてもらったり、よくある卒業式の風景が繰り広げられていました。 でもこの時本当に思ったのは、『この学校は良い学校だ。』ということ。そりゃ学力的にはレベルは低いし問題行動を起こす生徒は沢山いる。 でもこうやって先生や親にきちんと感謝の言葉を言えるくらい大人なのだ。そしてそれだけ成長してきたし、それを導いてくれた情熱の ある先生が沢山いるのだ。こういう式典にこそ、その学校の力というか真価が現れているような気がする。うーん、素晴らしい式でした。

そしてその感動を冷めやらぬうちに、すぐ学校のHPにアップ。そして今度は自分の仕事。明日から学年末考査なので、その準備をしたり、 はたまた国語科のコンピュータを再インストールしたので、ソフトを入れ直したり、はたまたコンピュータ教室の再設定をしに来た 業者に付き合ったり...せっかくの良き日に、まだまだ仕事が山積みで長い一日になりました。


3月7日(金) 綱引き

このところ、陰で校内人事の様々な工作(暗躍(?))が行われているらしい。いちおう転勤者には内示が出た関係で、当然次は校内の 人事になっていく。しかし、ただでさえ人数が少なくなった割には仕事は減らず、おまけに色々問題が多い学校ですから、なかなか その調整が難しい。教頭が中心で、担任や副担任、分掌などを詰めていくのだが、これがことのほかうまくいっていないらしい。一つには 教頭の人望がまるでないので、説得しようにもかえって反発を食らっているらしいのだ。おまけに学年のゴタゴタ(こういうのはどこの 学校でも学年でもあるとは思うのだが)が尾を引いて、みんなでボイコット...とまでは行かないが、個人の我を通そうとしている人も多く、 ここぞとばかり管理職への日頃の鬱憤晴らしに首を縦に振らない人も多いと聞く。だいたい学校というところは特殊な世界で、普通の 会社みたいに、トップダウンで辞令、任命、有無を言わさず配置...というシステムではないのだ。生徒という人間を扱っているだけに、 その先生方の特性(例えば進路指導のスペシャリストだから3年関係に、カウンセラー的なことが得意だから保健関係に、みたいな)を 活かして適材適所に人員配置をしなければならない。もっとぶっちゃけて言うと、あまり言いたくないが、担任向きでない先生も 確かにいる(本当はそれじゃまずいんだけど)でも分掌の仕事をやらせたらピカイチなんてタイプもいる。また部活指導や生徒指導では 定評がある強面の先生も、各学年一人は欲しい、でもそれをフォローする癒し系の女の先生も必要...等々、あらゆる要素を加味して 決めていくものなのだ。

ところが最近そういう配慮があまりに欠けた校内人事が横行し始めた気がする。先生方個人の事情もあるだろうが、ここはひとつ、生徒のため、 学年のため、担任をやって下さいとか、この仕事を引き続きお願いしたい、というのが瓦解しているのだ。はっきり言って、私だって 情報部長は好きでやっているわけではない。どちらかというと担任タイプで、生徒と一緒にわいわいやる方が向いていると思っている。 それにこの年で部長なんてねぇ。だいたい私はこの学校では年齢的にいって下から数えた方が早いし、年長の先生で役付きでない先生は 沢山いるのだ。でも冷静に客観的に見た場合、コンピュータを出来る人は限られているし、そのあたりの仕事に精通している人は 本当に少ない。そうわかればたとえ嫌でも情報部長を引き受けざるを得なかったのである。それが普通だと思うのだ。まぁ、嫌と言っても 知らない仕事でもないし、かえって他の全然知らない先生が情報部長になっても困るだけだろうし、色々仕事が停滞してしまうだろうから、 順当な、というかそうせざるを得なかった人事だと思うのだ。言っておきますが、別に自分の能力を自慢しているわけではありません。 この程度のことなら他にも出来る先生はそこそこいます。ただ他の出来る人たちは、違う能力を買われて学年主任や教務主任をしているのであって、 私はそれらは出来ないけれど、コンピュータならそこそこ出来るというだけの話なのです。そういう自己適性と周囲のバランスを 見回して、私がやるべき仕事はこれだな、と認識して、人事に関しても妥協というか接点というか、それなりの諾否をするべきなのです。

ところが教員側は、けっこう自分の好き嫌いで、あまり全体のバランスを考えず我を押し通す人も増え、また管理職も突っぱねられると 及び腰になり、断り切れない優しい人たちに無理矢理お願いして、しわ寄せの負担を強いる...そういうケースが増えてきたように 思うのです。悪循環なのです。学校が正しく円滑に動くためには、ある程度の妥協と犠牲がつきものだとは思うのですが、果たして今回の 人事、うまくいくのでしょうか...。あちこちで綱引きというか仕事の押し付け合いというか、はたまた有能な人の引き抜きとか、 色々あるらしく、まだまだこれから一波乱ありそうです。

さてそんな教員サイドの裏話はさておいて、今日から学年末考査。さっそく1時間目に私が担当の現国のテストがありました。簡単な 問題にしたため出来は良し(^^;)でもテストだというのに遅刻してくるやつもいて、そういうやつのために放課後追試したりして、 なかなかスムーズには行かないです。そういうやつらにお説教をして追試を受けさせて、そうかと思うと「O−TEACHER! 月曜日の古典のテスト勉強しているんだけど、わからないから補習してくださーい!」と呼びに来るやつもいる。だもんで昼飯も食べず 図書室で補習してあげたりと、なかなか忙しい一日です。採点の方は2時間もあれば終わるけど、相変わらず駆け込み仕事が溜まって 嫌になります...。


3月10日(月) 採点の筆も重い

疲労困憊しています。実は土日に学年解散旅行で四国へ行ってきました。それはもうハードスケジュールだったため、身体はボロボロです。 詳しくはこちら(ただ今作成中)を見てもらえれば、そのアホアホ加減がわかると思いますが、とりあえず生徒を尻目にリフレッシュしてきた学年団でした(^^;)

さて本日は学年末考査2日目。再び私の科目の古典のテストがありました。しかし...本日のテストの組み合わせは、世界史、古典、化学と いうスペシャルなもの。おまけに世界史と化学はかなり難しいらしく、点数ギリギリのやつが多いため、みんなその2科目を勉強していました。 古典は捨て科目。つまりみんな全然やってませんでした(泣)そのためあとで採点してみたら...やっぱり(泣)まぁ、最後の テストなんで、1、2学期と合算して最後の成績がつくわけですから、この1回分が多少悪くても...というのはわかりますが、それにしても 大ラスでこれは...。まっ、いいけどね。

その後、来年度のクラス編成の大詰め学年会議があり、また微調整。でもまだ決めきれない。難しい局面。なぜなら成績やら生徒異動で、 3年生に何人残るかが不確定なため。よってギリギリまでかかるでしょう。あー、疲労困憊のため仕事が進まない..。


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