Valentineの溜め息 3

 降り始めた雪は灰色の空の下にサラサラと音を立てて道路を濡らし、少しずつ少しずつけれど確実に景色を白い世界へと変えてゆく。
 突然の雪に思っていた以上に時間がかかってしまい、北白川の停留所を降りた時にはもうすでに4時を3分ほど回っていた。
 火村はもう下宿に帰ってきているだろうか。
 それとも自分と同じように急な雪に遅れているのだろうか。
 思わず無意識のうちに溜め息をついた有栖は吐き出された息の白さに驚いて少しだけ顔を歪めて歩き出した。一体自分は何をグダグダと考えているのだろう。数日前の電話で同じ気持ちだったのだとあんなにも嬉しくなったというのにたかがチョコレート一つで今度はこんなにへこんでいる。
「ほんまに恋をするとアホになる言うんはほんまやな・・・・」
 こんなにも『恋愛』等というものに無頓着だと思われる自分でさえこうなのだ。
 人を好きになって、好きだと思われて、そして尚、その人と対等でありたいと思い続けるという事は本当に何て難しい事なのだろう。
 いっそ『売却済み』とか札でもぶら下げておいて欲しい。
 そんな風に一人の人間に対して思う日が来るなんて思ってもいなかった。
 自分の考えにうんざりとしたような、それでいてどこか甘ったるいような気持ちを感じて有栖は「ガラやないな」と呟きながら“牡丹雪”と呼ばれるふわりと大きな白い雪の中を歩いてゆく。
 好きだと気付いて、隠して、告げて・・・・そうして好きだと言われた秋。
 戸惑いや羞恥心の山を乗り越えて抱き合った冬の始め。
 あれから何度か肌を重ねた。
 無神論者と言って憚らない割には世間一般のクリスマスイベントもすっかり毒されて参戦した。
 そうして・・・・バレンタイン。
 自分の中に生まれている『嫉妬』という気持ちと『不安』と言う気持ちはどこから来ているのだろう。
 それは単純に火村にチョコレートを渡せば消えて無くなるものなのだろうか。
「・・・・・・・・・・・」
 先刻コンビニで買ったビールを入れた袋が足に当たってガサリと音を立てた。
 『飲もう』と言ったもののどちらが何を用意するのかまでは考えていなかった。
 おそらく火村が調達してくれているとは思うのだが、万が一・・・を考えて酒の売っているコンビニを見つけて立ち寄ったのだ。この天気の中、後から酒を調達しに外にでるのはなかなか勇気がいる。
 けれど、そこで買ったのは酒やつまみだけではなかった。
 再びカサリと鳴った袋から覗く昔懐かしい赤いパッケージ。
 馬鹿か思いながらもつい籠の中に落としてしまった何の変哲もない板チョコ。勿論有栖のそんな気持ちにコンビニの店主が気付くはずもなく、それは他のものと同じようにレジを通され、精算され、こうして白いビニール袋の中に収まっている。
 これを見て火村なんて言うだろうか。
 何も気付かないだろうか。
 それとも・・・
「・・・・寒いなぁ・・」
 思わず呟いて有栖はほぉと白い息を吐き出した。
 傘のないまま歩いているのですでに頭も肩も雪まみれになっている。
 見えてきた、すでに見慣れた佇まい。
 とりあえず部屋に上げて貰ったら熱いお茶を入れて貰おう。そう思いながら有栖は辿り着いた玄関のドアをカラリと開けた。
「お邪魔しまーす。こんにちわー」
 パタパタと雪を払いながら声を出すと顔を覗かせたのは大家の『婆ちゃん』篠宮時江だった。
「あらあら、まぁこんな雪の中を。ちょっと待ってて」
 そう言うと彼女は一度部屋に引っ込んで、すぐさまタオルを片手に玄関に出てきた。
「はい、これでよぉく拭いて。火村さんもちょっと前に雪まみれになって戻らはったんよ。ちゃんと拭かないと風邪をひいてしまいますからね」
「すみません」
 ぺこりと頭を下げて有栖は渡されたタオルでガシガシと頭を拭いて、ついでコートについた雪を払った。
 風邪を引くのもそうかもしれないが、このままでは部屋をビショビショにしてしまう。
 そんな有栖を見て婆ちゃんは「そうやった」と再び部屋に入ってしまった。そうして又今度は手に何かを持って出た来た。
「はい、これ。若い人たちはもう貰うていると思うけど」
「・・・・・・これ」
 差し出されたのは小さな花の飾りとリボンが付けられている『チョコレート』だった。
「こんなおばあちゃんからで堪忍してや。けど今日はそういう日なんやて昨日買い物に行ったら教えて貰うて買ってしもうたんよ」
 フワリと笑う彼女に有栖は小さく顔を歪めた。
「有栖川さん?」
「あ・・いえ・・・あの・・有り難うございます。俺・・・・貰うたの婆ちゃんだけやったから感動して・・」
「あら、みんな見る目がないんやねぇ。けど大丈夫。もしかしたら今日がこんなやからみんな渡したくても渡せなかったのかもしれませんよ」
 そう言って笑いながら濡れたタオルを取り上げた彼女に礼を言って有栖は2階への階段を登る。
 そして・・・・。
「遅かったな」
 開いたドアから覗く顔。
「・・・雪まみれになってしもうた」
「俺もだ。熱いお茶でもいれてやるから早く来いよ」
「・・うん」
 コクリと頷いて有栖は残り3段をトントンと上がると部屋の中に入った。


ごめん・・・3回で終わるはずだったんだけど・・・。
おかしいなぁ・・・・(x_x)
さてところで有栖の買ったチョコはどこのでしょう?
私はこの板チョコ結構好きなんですよね(;^^)ヘ..