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赤い繭 15

「山小屋は牧場奥の登山口から約1時間程歩いた所にあります。牧場の脇から奥に向かって歩いて牛止めの柵を抜けると登山道の入口になります。そこから林の中を抜け、沢と合流して細い水が流れている滑滝と呼ばれ、クサリ場になっています。そこまで大体30分近くかかります。もっとも事件のあった時期ですと、ただの上りの斜面なんですが。その後が帯岩と呼ばれている所でして、足場があまり良くない所なのですが、慎重に歩けば問題はない岩場です。そうしてそこを登りきれば山小屋です」
 地図を広げながら説明をする三好に火村は黙ったままそれを見つめていた。
「あの・・何か・・」
「いえ。なぜそんな所に行ったのかと思いまして。誰かに呼び出されて行くにはちょっといただけない場所ですからね」
 キャメルを取り出しながら小さく肩を竦めた火村に三好は少しだけ笑みを漏らした。
「・・・そうですね。まだこれが別の季節ならともかく冬場ですし。まぁ、僕でしたら他の季節でもあまり行きたくはありませんが」
「登山が趣味の人間ならあまり苦はないんですかね」
「さぁ、どうでしょう?戸隠山はあまり大きな山ではありませんし。ただ近年はそこから続く高妻山が百名山に選ばれてえらく人気が出ているって聞いていますが」
「ほぉ・・」
「日帰りが出来るから大がかりな装備が必要ないっていうのが気軽に登山を楽しみたい人間たちにとっては魅力の一つなんでしょうか」
「なるほど、そういう見方もあるんですね」
「いえ、とんでもないです!ただ思いつくままに言っただけで・・」
 火村の言葉に若い刑事は恐縮したように身を竦ませた。その途端カチャリとドアが開き、席を外していた小山内と
到着したばかりらしい竹本が部屋に入ってくる。
「すみません、火村先生。遅くなりまして」
「いえ、小山内警部たちが色々とお話を聞かせて下さいました」
「そうですか。えーっとそれでは、ああ、すみません。これなんですが、所轄の方からの報告で気になる事がありましてもう一度確かめさせました。まぁ時間が経っておりますのでここに書かれている通りの事になってしまうのですが。遺体の切り口から凶器の割り出しをしていた時に後から発見された右手の手首の切り跡が、他のものと異なるという結果が出ました」
「異なるというのは・・屶ではないと?」
「はい。他の刃物で切り落とされたらしいのです。何の為にそんな事をしたのかは判りませんが。もしかしたら右の手首より先に身元が判るような身体的特徴があったのかもしれません」
「なぜその場で切り落とさなかったんでしょうね」
「さぁ・・とにかく今回の事件も、14年前の事件も調べれば調べるほど判らなくなります。本当に手がかりが少ない」
「故意に口を割らないように仕向けられているのかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
 竹本警部の問いに火村は昨日の有栖とのやりとりをザッと説明した。
「〈呪い〉に〈祟り〉ですか。まぁ確かに以前もそんな事を口にする人間たちが居ました」
 苦々しい口調で小山内が口を開く。
「ああ、それから先生。これが先ほどの二人の略歴です。詳しい事は地元の者が今調べておりますので、追ってお知らせ出来ると思いますが何か気になる点でもおありですか?」
「いえ、今のところは結び付けるまでの材料はないのですが先ほどの“噂”をばらまける人間なので念の為。何か判りましたら又すぐにご連絡します。それより捜査の方はその後いかがですか?」
 手渡されたそれにザッと目を落として、火村は話題を変えた。その問いに今度は竹本が苦い顔をする。
「バスの運転手がそれらしい男を乗せたという情報を掴みました。季節外れの観光客で何となく覚えていたようです。中社前で下ろしたという事でした。特徴を聞いておりますが何とも難しい状況です。まぁそれでもマイカーで来られていたらこの情報もなかったわけですから」
 とりあえず、今はここから調べてゆくしか手がないのだろう。取り出したままだったキャメルを口に銜えて火村はそれに火を点ける。ユラリと立ち昇る紫煙。
「先生が先ほどおっしゃった“噂”の出所について少し調査をしてみようと思います」
 小山内がそう言った。
「呪いや祟りよりも殺人者の方がよほど恐いものだと判れば少しは口も軽くなるでしょう」
 そうして続いた、まさに“豪傑 といったようなその言葉に火村は思わずクスリと笑いを漏らす。ひどく身に覚えのある言葉だ。
「火村先生?」
 不思議そうな小山内の声。それにまだ長いキャメルを灰皿の中に押しつけて。
「・・そうですね。本当に恐いのは殺人を犯す心だ」
 火村は窓越しに一瞬だけ青い空を見つめた。


なんだか短い回になってしまいました。とりあえず火村と一緒に事件の整理をしてみてください(-_-;)