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赤い繭 7

「才能だな」
「・・火村・・」
「取材旅行に来てそんな事に巻き込まれるなんて中々出来るもんじゃないぜ?」
 フワフワと立ち上る紫煙。
 御機嫌斜めの助教授によって室内は半分燻煙状態になっている。このままではスプリンクラーが作動してしまうかもしれない。もっともあの長野のビジネスホテル並みに、この純日本家屋の元宿坊の部屋にもそんなものがついていればの話だが。
「いきなり会議中に連絡が入ったと思ったら、死体だ、時効だと訳の判らない事を並べ立てて、無理に無理をして来てみれば、当の誰かさんは夜中まで帰って来やがらない」
「・・・・すまん・・」
「蕎麦屋も閉っちまったしな」
「悪かった!ごめん!すみませんでした!!ほんまはこないに遅くなる筈じゃなかったんや。けどどうしても放っておかれんかったんや・・」
 小さくなる有栖の声に火村はふぅーっと息を吐き、短くなったキャメルを山盛りになりつつある灰皿に押しつけた。
 何が、どうして、どうなったのか。
 予定を半日近く早めて火村が戸隠を訪れたのは有栖が連絡をしたからだ。
 あれから発見者と一緒に警察に同行するという足立に付き合って警察に行く事にした有栖はその時点で長野の学会に出席をしている火村に連絡をとったのだ。
 仕事中だという意識はあったが、夕べあれほど腐っていたのだ、呼び出したところでどうというものではないだろう。案の定不機嫌を極めているような火村に有栖はバラバラ死体が発見されその現場に居る事。14年前にも同じような事が起きていたらしい事。そして早目に来られないかという事をまくし立てるようにして話した。
 それが先ほどの“死体だ、時効だと訳の判らない事”になったらしい。
 とにかく都合がつき次第行くという助教授にどこで待ち合わせをしようと言える筈もなく、有栖は宿泊をしている大谷旅館を火村に伝えた。
 が、しかし、火村は思ったよりも早く戸隠入りし、有栖は思っていた以上に帰りが遅くなった。
 警察で足立に頼まれ、とりあえず足立夫人の店に行き事情を説明した後、ハタと気付いて宿に連絡を入れ、帰りが遅くなる事と連れが来る事を伝えそのまま警察へと引き返した。
 そう、ここまでは有栖にしては上出来だった。否、この後も有栖は本当に頑張ったのだ。
 結局、巻き込まれるようにして聴取を受けた足立を待って家まで送り、心配していた夫人と足立本人に乞われるままなし崩し的に話し込み、宿に戻った時は10時を遠に回っていた。そうして「お連れ様がお待ちですよ」という菜月の言葉に青くなって部屋に駆け込んだ。が、勿論、助教授の機嫌は最悪だった。
「・・それで?」
「・・それでって・・何が」
「俺を呼び出した訳さ。無理をしてここまできたんだ。まさか“こんな事があったとさ”なんて言う噂話を聞かせるだけだったなんて言うんだったら容赦なくこのまま大阪に連れて帰るぜ」
 新たなキャメルを取り出して、流石に部屋の状況に気付いたのか火村はカラリと障子を開け、僅かに窓を開いた。
 途端に部屋の中に流れ込むヒヤリとした空気。
「・・・どう思う?」
「ああ!?・・・おいおい、仮にも文筆業を生業としている人間なんだろう?もう少し何か言う事はないのか?」
 カチリと点けられた火に、銜えたキャメルから再び白い煙が上がった。
「うまく言葉にならない。電話をしたのは半分無意識や」
「・・・・・始めからちゃんと話せ」
「うん」
 言われるままに有栖は戸隠について蕎麦屋で足立と出会った所までを遡って話し出した。

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 相変わらずユラユラと揺れる紫煙。
 けれど格段に増えて、灰皿から溢れるような吸い殻の数が時間の経過を物語る。
「つまり・・時効を控えたその事件と今回の事件が似ているって事だけなんだな」
「・・・・・うーん・・そう言われると元も子もないっちゅうか、身も蓋もないっちゅうか」
「どう言っても同じだ。馬鹿」
「馬鹿って言うなって、ちゃうわ。だから、どう思う?」
「・・進歩のない奴だな」
「うるさい。けど、何も感じないか?」
「ああ?」
「今回の事件と14年前の事件。何でバラバラなんや?そしてどうして雪の日なんやろう?」
「さぁな、犯人は気象庁に勤める人間かもしれないぜ?雪が降るのを見計らって殺人を犯した」
「茶化すなや!真面目に言っとるんやで!」
「真面目に言うなら、真面目に考えてからものを言えよ。いいか?お前が14年前の事件を知ったのは今日だ。もしもお前がそれを知らなかったら、もしくは後からそんな事が昔にもあったって聞いたら、お前はこんな風に始めから結び付けるように考えたか?答えは否だ。14年前の事件と関係を持たせたい人物が居る。又は14年前の事件を掘り起こさせたい奴がいる。俺にはよっぽどその方がしっくりくる」
「・・・足立さんがわざと俺にその話を聞かせたって言うんか?彼が何かに・」
「そういう見方もあるっていうだけの事だ。とにかく、手持ちの札が少なすぎてこれ以上はどうにもならねぇよ」
「・・・どないしろって言うんや」
 このまま大人しくは絶対に帰らないという瞳の有栖から視線を外すと、火村は短くなったキャメルを溢れんばかりの灰皿に器用に押しつけてふぅーっと一つ息を吐いた。
「・・・・・長野県警にはちょっとした知り合いが居る」
「!!」
「コンタクトを取ったら、よろしければと言われた」
「じゃあ・・」
「言っておくがお前がこれ以上おかしな方向に首を突っ込まないようにする為だ」
「ありがとう!」
「まったくとんでもない休暇になっちまったぜ」
 ポツリとそう呟きながら、火村は眉間に皴を寄せて新たなキャメルを取り出した。


いよいよ火村が登場。
何人かの方からいつもの助教授より冷たい感じ・・といわれたのですが、変わらない感じで甘やかしていますでしょう?(笑)