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「・・・・寒ぃ・・」
 入ったばかりで食堂を出た火村は、不機嫌極まりない様子でそう呟くとキャンパスの中をズカズカと大股で歩き始めた。
頭の中に浮かんでくる、先程見たばかりの光景。
 自分以外の人間と談笑をする有栖にどうしてこうも苛立ちを感じるのか。火村だとて有栖以外の人間と話をする。それと同じ事だ。だが・・・・。
 自分の気持ちが自分でも手におえない。
 そんな風に思いながら火村はあの日と同じようにベンチに腰を下ろしてキャメルを取り出した。
「・・・・・」
 火村は判っていた。有栖が自分の事をおかしいと感じている事を。
 何よりもその瞳がどうかしたのか。何があったのかと雄弁に語っている。
 この10日間ほど、火村自身いっそ話してしまおうかと思った事が何度もあったのだ。
 だが話をして、それは確かに自分だと言われてしまったらどうすればいいのだろう。
 友人の濡れ場に居合せてしまった間抜けな役を演じろとでもいうのか。
 第一、判ったからといってどうなるのか。
 お前がそんな性癖も持ち主でも俺は気にしないからなとでも言えと、そして、今度はもっと周りに気をつけろよと助言をしようというのか。
 そんな事をするくらいならば話などしない方がよほど気が利いている。
「・・・・っ・・」
 何度考えてもこうして元に戻ってしまう思考に火村はキャメルをふかしながら冬へと確実に季節を移している空を見上げた。
 本当に判らない。
 一体自分はどうしたいのか。
 何故こんなにも苛立っているのか。
 判らないから有栖を避けるような事をしている。これではまるで小学生並だ。
 しかも自分が避けているにも関わらず、気になって、他の人間と過ごしているのを見るとむかつくのだから始末におえない。
「・・・・・」
 風にヒラヒラと舞う白い灰。
 勿論ずっとこんな事をしていられないのは判っている。けれど、だからと言って離れてしまうという考えはなく、何もなかったように振舞うという事も出来ない。
 自分はこんなにも不器用な人間だったのか。
「・・・・・・」
 漏れ落ちた溜め息。
『・・・アホ・・も・・ぁ・』
 と同時にまたしても甦る、もう何度も何度も思い出した、耳の奥に残ったままの声。
『冷たかったか?』
 そう問いかけたあの男は一体誰なんだろう。
 本当に、有栖とそういう関係なのだろうか。
 それは一体いつからなのだろう。
 声の限りではおそらく学生・・ではない筈だ。だとすれば教職員の誰かだろうか。人気のない書庫に教え子を連れ込んでいたという事なのか。
 そして有栖は・・・有栖はあの男だけではなくて他の男ともそんな関係があるのだろうか。先程見た友人らしいに笑顔を向けていたように、あの男の他にもあんな声を、火村が見た事のないような表情を見せているのだろうか。
「・・・!・・」
 下世話な思考を払って火村はいつの間にか短くなってしまったキャメルをポイと吸殻入れに投げ込んだ。
 フウと吐き出した煙。
 またしも答えの出なかった思考を抱えてチラリと時計を見ると、火村は次の講義がはじめるまでの時間で近くの店で食事をとるべく、食堂とは反対の門に向かって歩き出した。


まわる火村(笑)