BEGIN 6

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 何かにとり憑かれたように火村は自らの下に押さえつけて抱き込んだ身体を貪っていた。
 はぁはぁと響く忙しなく重なる息遣い。
 開きかけた唇に、喉を反らし上を向いている顎に、そして目の前の白い首筋に口付を落として、そのままそっと耳たぶを甘噛みしながら、すでに自身を埋め込んでいるその腰を緩く動かす。
「・・ああ」
 声が上がった。
 たまらないというように腰に絡みついてくる足に小さく笑って、火村はもう一度、先程よりも大きくそこを揺さぶった。
「あん・・!」
 途端にしがみついてきた両手。
「・・・いいか?」
 あまりそんな事を聞く方ではないが、なぜか口をついて出た問いに縦に振られた頭を見て、火村は腰に絡む足をその膝裏に手を入れて左右に大きく割り開き・・。
「や・・!」
 挿入していた自身をギリギリまで引き抜いくと、一気に突き立てた。
「やぁぁぁ・・!」
 上げられた嬌声。
「あ・あ・あん・・あ・」
 激しい抽送にガクガクと揺れる身体と絶え間なく零れる声。
「や・・ぁ・」
「嫌なのか?」
「・・あ・や・・やめちゃ・や・・」
「・・欲しい?」
「・・・・欲しい・・」
 こんな言葉あそびのような事も普段は全くしない。それなのに・・・。
 ねだられるようにして重ねた口付け。
 その間にも打ちつける腰。
「・・・あ・・・イク・・」
「いいぜ?」
「・・んん・・あ・あ・」
 限界が近い。
 抱き締める熱い身体。
 そして・・。
「・火村ぁ・・!」
「!!!!」
 呼ばれた名前と、今更ながらはっきりと見えた腕の中の顔に火村はガバッと身体を起こした----------------------…。

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「・・・・っ・・」
 ひどい汗だった。
「・・・・・何なんだ・・一体・・」
 ドクンドクンと早鐘のように打つ鼓動。
うめくようにそう言って火村はハァと息をついた。
 部屋の中はまだ暗く夜明け前だという事が判る。
 その途端耳に入ってくる規則正しい寝息。それがたった今見ていた夢の中の彼と重なって火村の胸の中に言い様のない罪悪感がこみ上げた。
『・火村ぁ・・!』
 そう、それは確かに有栖だった。
 夢の中で自分が貪るように抱いていたのは、隣で寝ているこの友人だった。
 家主から借りてきた布団の中で寝ている有栖は、火村が見ていた夢の事など気付きもせずにどこか幼いような寝顔を向けていた。
「・・・・・・」
 底冷えのするような空気の中、ぐっしょりとかいた汗が次第に冷たくなっていくのを感じながら、火村はグシャリと自分の髪を掴んだ。
『・・・アホ・・も・・ぁ・』
 あの時聞いた声。
 その声の主を相手の男は「アリス」と呼んでいた。それゆえ自分は昨日まで彼にどう接していいのか、本当にそれが自分の知る有栖なのか聞けないまま、理由が判らずに苛つき、ついつい避けるように過ごしてしまったのだ。
 それなのに今見た夢はなんなのか。
 自分はあの時に聞いた声の人間と同じように、この有栖を抱きたいと思っているのだろうか。
 あの声が有栖であっても、そうでなくても、自分は有栖川有栖と言う人間をそう言う意味での対象と思ってみていたのだろうか。
『・・・・欲しい・・』
 有栖にそんな言葉を言わせたいと思っているのだろうか。
「・・・・・ん・・火村・・?」
 うっすらと開いた瞳と呼ばれた名前に火村はビクリと肩を震わせた。
「もう・・朝・・?」
「・・・いや、まだ夜明け前だ。起こして悪かったな」
「・・・・ううん。けどどないしたん?」
「・・寒くてトイレに行こうかどうしようか悩んでた」
 ふざけたようにそう答えると、有栖は布団を鼻の辺りまで引き上げて小さく笑った。
「アホ言うてないではよ行けや」
「ああ・・そうするよ」
 言いながらそっと立ち上がると何かを羽織っていけとムニャムニャした声が聞こえた。自分の事は無頓着なのに他人の事には気が回る。
 先程夢の中で感じていた熱はとっくに冷めていたが、頭の中を冷やすには丁度いい。
 布団の中から起き上がって、火村はそっと部屋を出た。
「・・・・・・・」
 これから自分はどうすればいいのだろう。
 大切なものを汚してしまった。
 そんな思いを抱きながら火村は冷たい床を踏みしめた。


何も言うまい……