誰ヨリモ君ヲ愛ス12

「・・・ひい、ふう、みぃ、よぉ・・」
 何度数えても袋は4つ。つまりここに連れてこられてから4日が過ぎて、多分、自分の感覚が狂っていなければ5日目を迎えている筈だった。
 さすがに監禁5日目ともなれば気力も体力も落ちてくる。
 もっともワインを保管しておくような倉庫に何の用意もなく閉じ込められているのだ。今年は“暖冬”というものの、冬はやはり冬で、それを間近に控えた夜の冷え込みは厳しいものがある。
「・・・・生かしておく気ぃやったら毛布くらい持ってこい」
 ポツリとそう声を漏らして有栖はゴロリと床の上に転がった。
 身体が少し怠くて熱い気がする。必死に気を張ってきたのだがそろそろそれも限界に近い。
 2日目に男が来た時、有栖は抗議をした。
 何かの目的があって生かしておくならば食料だけでなく排泄場所をどうにかしろと。
 そこで有栖の空間は少しだけ広がった。
 隣にある、人が一人入れる程度の管理室のような空間がそれ様に与えられたのだ。
 こうして倉庫の鍵は開けられたままになったが、勿論外に出る事は出来ない。
 空間の広がり−−といっても狭い廊下に出て隣の小部屋に移動が出来るだけなのだが−−それによって判った事は自分が閉じ込められているのがどこかの地下倉庫らしいという事と、地上に出るには階段の手前にある鍵のかかる仕切りと、おそらく上った所にもあるだろうそれ。そして多分、外に絡がる扉を開けなければならないという事だった。
「・・・・・今日も何か持っていくんやろか」
 転がったまま薄暗い天井を見て有栖は力なく呟く。
 男は1日に1度現れて食料をおいて出て行く。
 その際に、1日目は髪と切れた唇から出た血を拭き取って持って行った。そうして2日目は何もなく、3日目は「まだプレゼントが足らんらしい」と有栖の羽織っていたコートを切り裂いて「代わりのものを用意した」と言いながら悪趣味な玩具を見せた。
“少しリアリティがないと・・”
 そう言ってスウッと手の甲を滑ったナイフ。
 赤くにじんだ血の上に押し当てられた贋の指が有栖の神経にかなりのダメージを与えたのだ。
 どこか狂った眼差しと傷口に押し当てられたゴムの感触。
 全身が総毛立つような感覚に目眩がした。
 そうしてその瞬間判ったのだ。
 確かにこの男は、1ケ月間、自分に無言電話をかけてきた男なのだと。
 何も言わず、ただ様子を伺う様に、繰り返し、繰り返しそれを行ってきた人間なのだ。
 その事実が有栖にイライラとした追い詰められてゆくようなあの時の感覚を思い起こさせた。
 そして昨日・・・4日目はやはり何もなく男は出て行った。
 どうやら、贈ったプレゼントに相手がどう反応しているのか確かめているらしい。そしてその様子を見て新たなプレゼントを作りにくるのだと有栖は気が付いた。
 今日は5日目。何を持って行くのだろうか。
「・・・・・・これ以上着るもん駄目にされたら凍死やな」
 【バラバラ殺人】も考えていたらしいがそれはちょっと遠慮をしたい。
「・・・凍死・・一日一食やから餓死・・にはならんか・・あとはちょっとずつ血を取られて出血死・・ああ、衰弱死って言うテもあるな・・」
 何だか死因見本表みたいだと思った。
「・・・え・・?」
 そしてその瞬間有栖の頭にそれが浮かぶ。
 スクラップにしようと切り取った記事。
 あれは・・・・・。
 水死・撲殺・絞殺・刺殺・・・・京都の記事は確か毒殺。
 ビクンと身体が震えた。
『今までのプレゼントはあまりお気に召して戴けなかったようやから』
 ここに連れて来られた日、男は確かそう言ったのではなかったか?火村にプレゼントをしていたと・・・。
(・・・プレゼントって・・)
 有栖はゆっくりと身体を起こした。
『趣向の変わった贈り物を・・』
 そう口にして彼は髪と血を持って行ったのだ。
(・・・じゃあ今までは何を・・・?)
『まだプレゼントが足らんらしい』
 一昨日の言葉が甦る。
 なぜ気付かなかったのだろう!?
 5日前も、3日前も、1日目も、そしてその日口にしていたそれ以前の事に対しても、男は火村に贈るのだと。以前も贈っていたのだと言っていた(はっきりと火村にとは言わなかったがそうとしか受け取れないものだった)ではないか。にも関わらずどうしてそれに結び付けることが出来なかったのか。
“どういう事だ? ”
 そう・・ 火村は記事を見て顔色を変えた。
“お前には関係ない ”
 有栖自身が判る程、火村はそれから有栖を遠ざけようとしていた。
“足でまといだ。来るな”
「・・・・・っ・・」
 今なら判る。冷たい言葉でそう言いながら本当に傷付いていたのは火村自身だった。
 それなのに自分は・・。
“俺はそんなに弱い人間なんか!?”
「・・・俺・・は・・」
“守られなきゃならんような、そんな頼りない人間なんか ”
 犯人からの“贈り物”を受けていた火村を追い詰めたのは自分だと有栖は思った。
 守るとか、守られるとか、そんなものではない事などお互いに判っていた筈なのに。
 守っていようが、守られていようがそんな事は関係ないのだ。
 ただお互いが大事だと・・失えないものなのだと。
 だから−−−−−。
“いつからだ?何で言わなかった?・・どうして嘘をつく!”
 だから、火村は怒ったのだ。
“一体何に関わっとるんや、火村!!”
 そして、有栖も悲しくなったのだ。
「・・・・・・っ・・!」
 我慢をしていた涙が溢れ出す。
 ずっと、堪えてきた、何を言われても言いなりに等なるものかと意地を張って耐えてきた涙が溢れて零れる。
「・・・火村・・」
 会いたかった。
「・・火村・・火村・・火村・・」
 会って、声を聞きたい。
 そして、会って顔を見たら−−−−−・・・
「お前が思う事位、俺だって思うてるって抱きついてやる!」
 そうしたらあの男はどうするだろうか?
 驚くだろうか。それとも、いつもの笑みを浮かべてキャメルをふかすのだろうか。
「・・・・・・・・尚更・・こんな所で死ねへんわ」
 何としても、どうしても、どんな事をしても生きてここを出なければいけない。
 薄く痂のはった傷のついた手の甲で有栖はグイと涙を拭った。
 犯人は火村の関わった事件の関係者で、火村を恨んでいる。そうして何かを伝える為に殺人を犯し、その死体を−−おそらく何らかのメッセージをつけて−−火村に贈ってきたのだ。
『今、あんたを殺すつもりはない』
 いずれは殺すつもりでいるのだろう。
 いつまでも“プレゼント”を作る素材で居られる訳がない。
『他にしてもらいたいことがある』
 殺そうとしている人間にさせる事。
 火村に復讐をする為のおそらく、効果的なもの・・・
 それは、だから、決してさせてはいけない事だ。
「・・何や・・?」
 熱でクラリとする頭。
 けれど火村も自分を必死で捜している筈だと有栖は思った。
 だから自分もここで自分にしか出来ない事−−犯人の『計画』を成功させない手立て−−を考えなければならない。
「・・・・俺は君の助手やもんな・・」
 ポツリと漏れ落ちた言葉。
 そうして、次の瞬間。
「−−−−−−−−−!」
 狂気を背負った男がゆっくりと重い扉が開いた。 


有栖の方も追い詰められてまいりました。