誰ヨリモ君ヲ愛ス15

 警察の対応は驚く程早かった。
 火村がつきとめた一昨年の事件との関係を手がかりに、被害者たちの共通項である“ワイン”から、宮里がパソコン通信によって被害者たちと接触したらしい事をつきとめたのだ。
 指揮をとる船曳の指示で宮里の住むアパートに張り込んでいた刑事たちが重要参考人として逮捕状がおりるのを待って踏み込んだのが昼前。
 が、しかし宮里は不在だった。
 その旨が伝わると船曳はすぐさま他に潜伏しそうな場所がないか調べる様に森下を怒鳴りつけた。
 そうして約1時間後。朝から走りづめの若者はついにその情報を掴んだ。
 福崎の外れに1年程前に倒産した宮里の輸入食品を扱う会社が借りていた倉庫がそのままになっているらしい。
 数分後、サイレンを鳴らして何台かの覆面パトカーが大阪府警を飛び出した。
 その中の1台−−−−−鮫山警部補の運転する車の後部座席に船曳とともに座りながら火村はひたすら黙って前方を睨みつける様に見つめていた。
“火村!”
 声が聞こえる。
 顔が浮かぶ。
(・・・・アリス・・・!)
 見えてきた倉庫群。
 多分、有栖はそこに居るだろう。それは仮定ではなく確信だった。そしてきっと・・・宮里自身もそこで火村の来るのを待っているに違いない。
(待っていろ・・アリス・・)
“火村!”
 倉庫を目の前に火村の乗った車が止まる。次いであちこちから集まってきたパトカーから降りてくる男たちに、車を降りた船曳が指示を出す。
「・・・・宮里は居るでしょうか?」
 すでに倉庫前に到着していた森下の問いに、けれど答える者は居なかった。
 居てほしい、そして一刻も早くこの茶番を終わらせて、有栖を取り戻したい。笑顔が・・・見たい。
 それはここに居る誰よりも強い、火村自身の願いだ。
『全員指示通りに配置につきました』
 無線から流れてくる鮫山の声。
 けれど船曳がその指示を出す事はなかった。
 目指す倉庫の中から男が現れたのだ。
「・・・宮里啓一か!!」
 船曳の短い問いに開いたドアの前に立った男は小さく笑って口を開いた。
「火村英生と話がしたい」
「!!・・」
「・・いいでしょう。話します」
「しかし先生!」
「構いません。火村は私です」
 そう言って火村は一歩だけ前に進み出た。
「あんたか・・・・」
 ポツリと漏れ落ちたような言葉。けれど宮里は何故かそのまま黙り込んでしまった。
「・・・・話をするんじゃなかったんですか?」
「・・ああ・・」
「色々贈り物を戴いて、ここに着きましたよ、宮里さん」
「随分と遅い到着やったからお友達も待ちくたびれておりますよ。火村先生」
「それでは、迎えに行きたいんですがね」
 芝居めいた言葉のやりとり。僅かな間をおいて宮里は再び口を開く。
「行ったらええ。ただしあんた一人でな。警察が一緒やったらこの話は無効や」
「火村先生!罠です!!」
 後ろから聞こえてきた森下の声を火村はそのまま切り捨てた。
「行かせてもらいます。船曳警部、よろしいですね」
「・・・・・・・・・・・判りました。ただし先生が20分で戻ってこられなければ、私は私の方法でやらせて戴きます」
「20分だそうですが、よろしいですか?」
「私は構いませんよ」
「交渉成立ですね。警部。20分間は一切の手出しをしないで下さい」
「承知しました」
 火村の確認に船曳はゆっくりと首を縦に振った。
 それを見て火村は静かに歩き始める。
 入口まで10m・・5m・・・
「・・・・・私は・・自分のした事を後悔はしてへん」
 目の前に来た火村に宮里はいきなりそう告げた。
 それに足を止めず火村がゆっくりと口を開く。
「けれど罪は罪だ。貴方はそれを償わなければならない。不幸な娘の事はさておき、貴方の息子さんがした事も罪です」
「・・・・・・それでも、それだけで割り切れんもんが世の中にあるいう事をあんたも判った方がええ」
 すれ違い様の言葉はひどく疲れたような、小さなものだったが、なぜかはっきりと火村の耳に届いた。
 ガランとした倉庫の中は、暗く、どこかカビたような匂いがした。けれど、見回したそこに有栖は居ない。
「・・・・・・・・」
 自然に歩調が早まる。
「あんたが、あの男を連れて戻ってこられたら、私も罪を償いますよ」
 その声に答える事なく火村は奥に向かって走り出す。
「・・・・・・・!」
 見えたのは2階に向かって伸びる階段だった。
 けれど近づくと階段の裏手に小さな扉の様な仕切りが見えた。
 一瞬のうちに火村は仕切りを選択してそれに手を掛けた。
「・・・・・っ」
 開けると地下に降りてゆく階段がある。
 その階段を駆け降りると又ぶつかる同じような仕切り。
 又、開く。
「アリス!」
 たまらずに火村は声を上げた。けれど返事がない。
 ここではないのか。一瞬火村の胸に苛立ちのようなものが湧き上がった。
 確かに有栖はここに居る筈なのだ。それなのに姿が見えない。
(2階だったのだろうか?)
「どこにいるんだ! アリス!!」
 狭い廊下に左右に並んだドア。
 どうやら輸入した食品を何かの種類別に保管していたらしい。
「アリス!」
 一つ目のドアは開かなかった。
 次に手をかけた向かいのドアも同様だった。
 −−−この中に居るのかもしれない。
 −−−返事の出来ない状況なのかもしれない。
 −−−見当違いの所を捜しているのかもしれない。
 同じ建物の中に居るというのに!!
「・・・チッ・!!」
 思わず舌打ちを漏らして火村は3つ目のドアに手を掛けた。
「妙なメッセージの次は鍵捜しでもさせるつもりか!?」
 けれどここも鍵がかかっている。
「・・・・アリス!!返事をしろ!!」
 言いながらバンとドアを叩いた音が狭い廊下に響く。
 広がって行く焦りに似た気持ち。
 昔・・・何かで読んだおとぎ話にこうしてどんどん色々なドアを開けてゆく話があった。
 そうして主人公が最後に開けたのは自分が“本当に望んでいたもの”だったのか、それとも“絶望”だったのか。
 何故かそんな事を思い出して火村は頭を振った。
「・・・・・あと二つか・・」
 廊下に並んだ部屋(倉庫)のドアは5つ。
 一番端にあるのは管理室か、何かの様な小さなものらしい。
 4つ目・・・火村はドアのノブに手をかけた。
 けれど予想に反してそれはガチャリと回った。
「・・・・」
 立て付けの問題か、それともドア自身が重いのか、ギギィと音を立ててゆっくりと開いて行くドア。
半分程開いたその中は暗かった。
 けれど・・・匂いが・・する。
 嫌な・・匂いだ。
 そして・・何かが確かに居る・・気配がする。
 ドクンドクンと早まる鼓動。
「・・・・っ・・!」
 ポケットをまさぐってライターを取り出すと火村はらしくもなく微かに震えるような手でカチリとそれに火を点つけた。
 そして・・・・。
「・・・・・・!?」
 ユラリと揺れた灯り。
 小さな炎の向こう見える・・・赤い・・・赤い夢。
「−−−−−−−−−−−−!!」
 そこには有栖が消えてから、火村が幾度も繰り返し見た夢があった。
 グッタリとした白い顔。
 動かない身体。
 椅子だろうか・・・・縛り付けられて、腹の辺りを赤く染めて座っているのは−−−−−−−・・・
「アリス!!!」



発見!!でも仕掛けがあるんだよー・・・という感じ?