誰ヨリモ君ヲ愛ス17

 数分後、有栖は火村に支えられながら5日ぶりに地上に出た。
 火村にほとんど身体を預けている、血だらけの有栖を見て驚いたのは船曳や森下たちだけではなかった。
 二人を見て船曳たちと同じ様に−−−けれどおそらく違う意味で−−−驚いた表情を浮かべると、次の瞬間、狂った男は微かに笑った・・・様に見えた。
押し寄せてくる警官たち。
 抵抗もなく肩を捕まれた男。
 事件は終わった。
 沢山の血を流して、終わった筈だった。
 けれど・・・・。
 車に乗り込む直前、男−−−−宮里は静かに有栖たちを振り返り、その後で一瞬だけ空を見上げて眩しそうに瞳を細めた。そして。
「−−−−−−−−−!?」
 グラリとかしいだ身体が、まるでスローモーションの様に倒れてゆくのを有栖は、そして火村は、ただ見つめていた。
 一瞬、全ての音が消える。
 ついでワーッと上がった声。
「救急車や!毒を飲んだ!!吐かせろ!!」
 船曳の声が響く。
 恋人の死に、怒り、絶望し、自らが罰を下してやるのだと“復讐”という名の罪を犯した男は牢獄の中で死んだ。
 そして、その死に自分を責め、憎み・・・・それが罪なのだと唯一の肉親に告げた男を恨むことで生きてきた男は、己の罪を己で裁いて逝こうとしている。
「・・・アリス・・」
 火村の声に有栖は自分が泣いていた事に気が付いた。
 何だか今日は泣いてばかりだと思ったけれど、涙は止まらずに後から後から零れて落ちる。

−−−−それはきれいな薔薇色で
      けしつぶよりか小さくて
      こぼれて土に落ちた時
      ぱっと花火が弾ける様に
      大きな花が開くのよ−−−−・・・

「泣くな・・」
「・・・・っ・・」
「アリス・・」
「・・・・・」
「ずっとそんな顔ばっかり見せてるんじゃねぇよ・・」
 何を言われているのか有栖には判らなかった。
 けれどなぜかそれすらが悲しくて、火村の声が切なくて、涙が止まらない
「アリス・・」
 肩を掴んで支えていた火村の手がそのまま有栖の頭を抱いた。
 そのぬくもりに有栖はそっと瞳を閉じる。

−−−−もしも涙がこぼれるように
      こんなわらいがこぼれたら−−−−

「・・・・笑えよ」
 やがてポツリと聞こえてきた声。
「・・・笑ってろよ、アリス」
 こんな時に笑っていられるかと有栖は思った。
 けれど、火村がそうしろと言うならば、そうしていてもいいと思った。
 そうしたいと・・思った。

−−−−こんな・・・わらいがこぼれたら
      どんなに、どんなに、綺麗でしょう−−−−−

「有栖川さん!!」
 駆け寄ってきた今回のお手柄である捜査1課のハリキリボーイは血塗れの有栖を見て思わず顔を顰めた。
「すぐに救急車が来ますから、気を確かに持って下さい!」
 その言葉に有栖は小さく口を動かして「おおきに」と言ったつもりだった。
「・・・宮里は?」
「・・・駄目です。即効性の毒やったらしくて。どうやら、5人目の“毒殺”は自分にあてたものやったらしいです」
「・・・・・・」
 それすらもメッセージだったのかと火村は微かに眉を寄せる。
「けど、口惜しいです!殺すだけ殺して、有栖川さんまでこんな目に合わせて、それで死んで終わらすなんて!殺された人間が浮かばれませんよ!罪は償うべきや!そうでしょう?」
 若い刑事は今回の結末に憤慨している様だった。
 わずかな沈黙。
 やがて火村が口を開く。
「・・・・・そうですね。罪は、罪だ。誰にも・・自分自身にも裁く権利はない」
 遠くに救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
“ほんまに一人になった者にしか分からん”
 ふと、有栖はそう言った男の声が聞こえた気がした。
 『復讐』の上に重ねられた『復讐』。
 確かに自分には判らないと有栖は思った。
 けれどそれでいいと、思った。
 −−−−−−“罪は、罪だ”
 長い、長い、2年越しの事件が幕を閉じようとしていた。


ううう・・・ようやく解決です。長かった・・・。