誰ヨリモ君ヲ愛ス2

切れ切れの細い声はすでに限界を訴えていたが、征服者はそれに耳を貸すつもりは全くないらしい。
「・・っ・・や・あぁっ・・!」
 反った喉元に噛みつく様に寄せられた唇。
 それにビクビクと身体が震える。
 1年に何度か、火村はこんな風に、まるで飢えた者がそれを満たすかの様に貪欲に、あるいは執拗に、有栖を抱いた。
 一度理由を尋ねて白々と「したかったから」と返されてから有栖も又その訳を知ろうとしなくった。
「いや・ゃ・・ぁ!・・ほん・ま・に・・あ・あぁ・・」
 追い詰められて、突き放されて、落とされて、甘やかされる。
 そんな気の遠くなる様な愛撫という名の拷問に有栖の頬を涙が伝って流れた。
 それに気付いて火村の舌がその軌跡をゆっくりと辿る。
「んぅ・・は・・っ・」
「・・アリス」
「・・ん・あ・・んぁ・・!」
 貫かれたまま突き上げられてガクガクと揺れる身体。
 一度達してからは解放は許されていない。
 それを掴みかけると火村は微笑ってそこから突き落とすのだ。
 そして今も−−−−−−。
「や・・も・・は・やぁ・っ!」
「もう、駄目か?」
「・わ・・ってる事・・聞くんや・な・・んっ・」
「それだけ口が聞ければまだ大丈夫だな」
「!!・い・あ・・ひむ・・らぁ・・!!」
 再び溢れ出す涙。
 それに寄せられた唇に有栖は思わず顔を背けて唇を噛んだ。
「アリス・・唇を噛むな」
「・・っ・・」
 途端にかけられた声。それにフルフルと首を振ると失笑に近い溜め息が聞こえてくる。けれど・・。
「聞こえないのか?」
 わざと問いかけてくる言葉の意地の悪さ。
 聞こえていない筈がないのだ。それを証拠に自分は首を振ったではないか。それなのに、その事を一番よく判っている筈の目の前の男は、答えない有栖にまるでそれが罰だとでも言う様に繋がったまま動きをピタリと止めてしまう。
「・・・っ・・」
 ヒクリと喉が鳴った。
「・・達きたいか?」
 耳もとに寄せられた唇が場違いな程ひどく優しく囁きながら耳朶をそっと甘噛みする。
 ビクリと震えた身体。
「アリス・・」
 そんな事をなぜ今更聞くのだ、と言いたかった。判り切った事を聞く位ならさっさと解放しろと怒鳴りたかった。
 けれど多分、きっと、どんなに怒鳴っても、喚いても、それを口にしない限り火村は決して有栖を許さない。
「・・・き・たい・・・も・・嫌や・火村・」
 縋りつく様に背中に回した手に聞こえてきた笑い声。
 瞬間、ポロリと零れた涙は何だったのか。判らないまま有栖は更に言葉を続けた。
「・・達きたいんや・・・火村・・」
 次の瞬間、再び動き出した身体に有栖の口から甲高い嬌声が上がった。
 吐息が絡んで、重なる。
 すすり泣くような声に混じる甘い響き。
「・火村・・ひむ・ひむらぁ・・」
 名前を呼ぶことしか出来ないという様な有栖の、額にはりついた髪をそっと撫でて動きを早めると無意識にだろう、腰に足が絡みついてくる。それに胸の中でクスリと笑って火村は更に奥を突き上げる。
「あっ・ああっっ!!」
 途端に上がる声。
 そのまま絡む足を両手でグイッと開かせて叩き付けるように腰を使うと身体が揺れる度に甘い声が漏れ落ちた。
「い・やぁ!・・も・・ああっ!」
 涙が溢れる。
 溢れて、零れ出す。
「も・・堪忍し・・ひ・む・・」
「ここだけで達ってみな」
「!!・・ひむらぁ・!」
「出来るだろ?ほら・・」
「!!は・っ・あぁっ!・・や・」
「アリス・・」
 確かにそれは初めての事ではなかった。けれど初めてでないからこそ、それがいわゆる“感じる”事とは遠い、五感の神経を指で嬲られるような、熱くて、苦しくて、身体がショートをしてしまう錯覚さえ起こすものである事を有栖は知っていた。
「いや・・いやや・・も・ぅ・・イク・・イキたい・・許してそれは・・いゃ・」
「達かせてやるって言ってるだろう?」
「せやけど・!・・それは・・ああぁぁっ!!」
 もう聞く耳は持たないとでも言う様に火村は自身をギリギリまで引き抜くと、次の瞬間一気に奥まで貫いた。
「・・死・ぬ・」
「死なねぇよ」
「死ぬ・・!死んでまう!・・」
 涙でにじんだ瞳がそれでも力なく火村を睨みつける。
 叫び過ぎてかすれた声が今更ながらに痛々しいと火村は全ての事を棚上げしてぼんやりと思った。
「・・死なねぇよ、ほら」
「!ん・っ・あ・」
「それに・・」
「・・っ・」
「どうせなら一緒に・・」
 言いながら、足にかけていた手をそのまま背中に回して火村はピタリと身体を重ね合わせた。
 その途端、激しすぎたそれが有栖の中でひどく優しい、甘い波に変わる。
「アリス」
「・・う・・ん・・」
「アリス・・」
「は・・ぁ・・」
「アリス・・」
 幾度も色を変えて囁かれる名前。
「どうせなら・・」
 繰り返された言葉に必死で瞳を開けて、有栖は目の前の、己をかき抱く男を見つめた。
「ど・・せなら・・?」
 かすれた問いかけ。火村が又、微笑う。
「どうせなら“死ぬ なんて色気のねぇもんじゃなくて、もっと有意義な昇天をしようぜ?」
 囁かれた笑いを含んだ言葉。
 聞くんじゃなかったと有栖は心の底から後悔した。
「・・ア・ホ・!・い・あぁ・っ!」
 そうして最後の力でニヤリと笑う顔を睨みつけて。
「・・アリス」
「・・・っ・・ふ・」
「アリス・・!」
「!・や・あ・・あああっ!!!」
 ようやく昇りつめたその瞬間、有栖はそれが限界だと言うように意識の糸を手放した−−・・・。

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 乾いた手の感触がゆっくりと背中を撫でる。次いでふわりと浮かび上がる意識。
「・・・・・ん・・」
「アリス?」
 小さく漏れ落ちた声に呼ばれた名前。それにひどく重い瞼を開けると見慣れた顔が見えた。
「・・・煙草・・吸い過ぎやて言うてるやろ・・」
 ベッド横になったままの第一声。それに火村は少しだけ笑って珍しく言われた通り、サイドテーブルに置かれた灰皿に吸い掛けのそれを押しつけた。だがしかし、そこにはすでに吸い殻が入っていた。どうやら愛煙家の助教授は自分が気を失っている間にリビングから灰皿を持ち込んでスパスパと吸っていたらしい。“完璧な推理や”と思わず胸の中で独りごちて、年末には何としても部屋の煤払い、もといヤニ払いに来てもらおう。つらつらとそんな事を考えながら有栖はもう一度火村を見た。
「無茶しよるから身体が動かんわ」
「そりゃ悪かったな」
 針の先程も悪くないようにその台詞を言うのは、きっと世界で一番目の前のこの男が似合っているだろう。それが憎らしくて有栖は眉間の皴を深くする。その様子を見て火村はニヤリと笑いながら顔を寄せてきた。
「けどな、アリス。1ケ月ぶりだぜ?いや・・もっとか」
「!!」
 何が、と言うのはこの状況においては勿論“それ”しかない。途端にパァッと赤くなった顔を見て火村は笑みを張りつけたまま更に言葉を続ける。
「仕方ねぇと思うだろ?」
「アホ!!やからってこんな・・するか、普通!!大体そないな事まとめてどうするんや!!」
「へぇ・・まとめてが嫌だからマメにしろってか?じゃあ週一くらいにするか?」
「いらんわ!ボケ!!!もうええ!とにかく、しばらく、当分なしや!なし!!」
 何という事を言わせるのだ。そんな気持ちで怒鳴る有栖を見つめて火村はクスリと笑い声を漏らした。
「で、又1ケ月まとめると」
「−−−−−−−−!!!」
 何をどう言っても口でかなう筈がないのだ。
 口惜しまぎれに布団をかぶってしまった有栖の身体を次の瞬間火村はそれごと緩く緩く抱き締めた。
「拗ねるなよ、冗談だ」
「・・冗談に聞こえんわ」
「なら、本気でも俺は一向に構わねぇぜ?」
「俺が構う!」
「だから、怒るな。明日の朝食を作ってやるから」
 きっと・・・・普段の『火村英生』を知っている人間が見たら驚くというよりも、まさに目を疑ってしまうだろう穏やかで柔らかな微笑みを浮かべて、火村は布団虫になってしまった恋人を抱き締める。
「・・・食べもんで人の事を懐柔しようとするんやない」
「心優しい有栖川先生は懐柔されて下さるんだろう?」
 訪れた僅かな沈黙。
 やがておずおずと布団の中からまだ赤い顔が現れた。
「・・・・・・和食がええ」
「米はあるんだろうな」
「・・・多分」
「・・アリス・・」
 呆れたような、疲れたような、けれどどこか甘い声が薄明かりの部屋の中に響く。
 まだ街路樹の葉の色も緑の多い秋のはじまり。
 あまりにも他合いないやりとりと穏やかに流れる時間。
 が、しかし−−−−−。
 ちょうどその時に、やがて二人が大きく巻き込まれてゆくそれがギシギシと歯車を唸らせて動き始めた事を、有栖も、そして火村も、勿論知る筈がなかった。


えへへへ・・・やってるだけの回になっちゃったような・・・(;^^)ヘ..
でもね、一応ここはプロローグ的な要素というか、とりあえず二人の関係をはっきりさせておくって言うか・・・ううう・・・次回から事件が始まります・・・。