誰ヨリモ君ヲ愛ス7
「・・・これや・・」
差し込まれて、そのまま目を通す事もなく玄関の下駄箱の上に積み上げられていた新聞たち。
せめてリビング位までは持ってきても罰は当らなかったなと埒もない事を思いながら有栖は半月近いそれを一度に運んでバサバサとリビングの床の上に広げ始めた。そうして約20分。
ようやく見つけた、先日の電話で片桐が話題にしていたと思われる事件の記事は有栖の予想に反して小さなものだった。
−−−−−−−『大阪・北区で男性の他殺体発見』
特にこれと言った特徴のある記事ではない。
こんな風に言ってしまうのはおかしいけれど、どこかで見慣れたような事件だった。
強いてその特徴を上げるとするならば顔面を強打されていて身元を隠した疑いがあるという点位だろうか。
「・・・・・これが1人目なんやろか?」
続いてバサバサと新聞を広げてゆくと今度はもう少し大きな扱いの記事になっていた。
−−−−−−−『また大阪で他殺体発見』
今度は大正区の鶴橋にある団地内の公園で女性の絞殺体が発見されたと書いてある。
「・・・・・・・」
有栖は片桐から電話のかかってきた日付を思い出して逆算しながらその日の朝刊を捜し、夕刊にも手を伸ばす。
−−−−−−−『続く大阪殺人事件。事件の関連性は?』
「・・・・関連性って・・・今度は随分離れたやないか」
思わず眉を寄せて有栖は記事に目を通した。
吹田市の住宅街の路上で刺殺。刺されたのは深夜2時から3時過ぎと推定。翌朝4時半に住民に寄って発見され通報されたという内容だ。
「・・・・・撲殺と絞殺と刺殺・・?確か片桐さん4人目って言うてたよな・・」
誰に言うともなく−−−勿論一人しか居ないのだから独り言なのだが−−−確認する様にそう言って、有栖はラックの中にためていた(放り込んでいた)それ以前の新聞を取り出して広げ始めた。
「・・・・・っ・・・あった!これや!」
それも小さな小さな記事だった。
−−−−−−−『寝屋川市の古川で水死体発見』
「・・・・水死か・・」
見つけられた死体は死後10日ほど経っており、身元が確認出来るものは所持していなかった為、男性という以外は不明である事が記されていた。ただ睡眠薬を飲んでいるので自殺と他殺の両面から捜査をするとある。
「・・・・関係あるんか?」
場所もバラバラで死因もバラバラ。とても関連性のあるものとは思えない。
「・・ふーん・・・」
興味を失ったと言う様に有栖はゴロリと床の上に寝転がった。先日送られてきたFaxは見直しをして昨日のうちに送ってしまった。多分今日の午前中には片桐の元に着いているだろう。
本当はそのまま直したものをFaxで送り返しても良かったのだけれど、そうすると電話を一度復活させなければならない。
「・・・・・・・・」
寝転んだまま有栖は電話の方に顔を向けた。
鳴らない電話。そう、リビングにある電話は3日前から切ってしまったのだ。だから当り前だが鳴らなくなった。が、しかし、どこでどう調べたのかその翌々日、つまり昨日から携帯に無言のそれがかかる様になった。勿論躇う事なく有栖は携帯の電源を切った。
再び訪れた安心感。けれど、その僅かな安心感と引換えに、ひどく追い詰められている様な自分に気付いて、有栖は又、神経がピリピリと尖って行くのを感じ始めていた。
(もしかしたら・・)
もしかしたら、電話を切っている間に火村から何か連絡が入ったかもしれない。
『火村先生に相談されてはいかがですか?』
もう幾度甦ったか判らない片桐の言葉。
絶対にこんな姿は知られたくないと思う反面、そばにいてくれたらと思う気持ちが浮かんでは消える。
「・・・・・けど・・こんな姿見せられへんよなぁ」
電話を止めて、それでも尚怯えているような自分など、有栖自身が信じられないのだ。
本当に、信じられない。らしくない。
(なんでこないに過敏になっとるんやろう?)
考えれば考える程それは有栖の中で“納得のいかないもの”になって行く。
(一体何を恐れてるんや?)
それが一番判らない・・気がする。
「・・・・・・無言電話なんて・・黙ってるだけやん」
確かに気持ちのいいものではないし、腹も立つ。
けれど、あの日、あの電話で片桐に有栖自身が言った様に何か特にこれという実害があった訳ではない。なのに、どうして自分はこんなにも参っているのだろう?
「・・・何でやろ・・」
有栖の中でゆっくりと思考が逆転しはじめた。
自分が今している事の意味が判らなくなってゆく。
「・・・・アホか、俺は」
ムクリと起き上がって有栖はリビングを見回した。
ちらかった新聞紙の山。まさに惨状である。
「・・直したら、うまいもんでも食いに行こう」
さすがにこのままではちょっと出かけるのに気が引ける。
こんな風に理由も判らずにただ神経を尖らせて怯えている等自分には絶対に似合わない。
きっと電話のベルにパブロフの条件反射の様に嫌悪感を感じていたのだ。そんな時に警察だの、大阪での殺人事件など、相談したらどうか等と言われて単純な自分は−−あまり認めたくはないが−−すっかりその気になってしまったのだろう。
「グッドタイミングで例のヤツがかかってきたしな」
間が悪かったのだ、と有栖は思った。
こういう事が重なって自分の中で大きなものになってしまう等はよくある事だ。
何となく頭の中にひっかかっていた『事件』があまり関連性のあるものとは思えない、何となくマスメディアのこじつけのように感じて、それにホッとしたような、気が抜けたような−−少し不謹慎だが−−気持ちになってようやく目が覚めた。
「何食おうかな・・」
考えてみれば朝、と言っても10時は遠に回っていたのだが自分にとっては十分『朝』という時間にその辺にあるものをつまんでコーヒーを飲んだだけで昼は食べていない。夕食にするにはまだ外も明るいが、片付けて支度をして出かければ早目の夕食時間にはなるだろう。うまいものを食べて帰ってきたら気分はきっと一変しているに違いない。そうしたら久しぶりに電話を復活させよう。もしも又、例の悪戯電話がかかってきたら上機嫌で一人で喋りまくってやろうじゃないか!
「・・・キレた奴やと思うて二度とかかってこなくなるかもしれへんな」
クスリと笑うと気分が又少し上昇する。
いっそ本当にキレている時にかかってきたら絶対に二度とかけようとは思わないだろうなと有栖は新聞を片手にとりとめもなく思った。
以前、締め切り間際の修羅場に、どうしてもうまく話がまとまらなくて、自分では全く覚えていないのだが火村に電話をかけたらしいのだ。
そうして後日、と言ってもその何時間後なのだが、不機嫌を背中に張りつけて訪ねてきた友人に浅い眠りから叩き起こされて知った真実に自分自身で茫然としたという記憶がある。
火村曰く−−−−ついに狂ったのかと思った。
つまりそれ程滅茶苦茶だった、らしい。
泣いて、喚いて、笑って、怒って、再び泣き出す・・。
「・・・覚えとらんて言うのがいかにも俺らしいな」
他人事の様にそう言って有栖はようやく新聞をたたみ終えた。
そうしてそのままラックの中に放り込もうとして比較的新しい日付のそれに目をとめる。
「・・・京都?」
それも又大きくはない記事だった。
けれど何故か目を引かれたその記事を有栖は手に取って読み始める。
「京都の八幡市で毒殺・・?」
ジワリと何かが胸の中に広がった。
もう一度日付を確かめるとそれは昨日の物だった。つまり発見されたのはその前日になる。
「・・・・これに関わってるんやろか?」
京都は火村の膝元である。声がかかっている可能性は高い。
「・・・ほんまに・・かかってきてたかもしれへんな」
勿論、警察から声がかかった全ての事件にではないが、火村はフィールドと自らが呼ぶ“捜査協力”に同行するかと有栖に声をかけてくる事がある。有栖は助手という名目で、もう幾つもの現場を見てきた。
そう・・・犯罪者たちと向き合う火村を何度も、何度も見てきたのだ。
「・・・電話したら居るやろか?」
今なら・・・普通ならば、大学に居る筈だ。
鳴らない・・・有栖自身が鳴らなくした電話。それを振り返って有栖は3日前に引き抜いたコードをゆっくりと差し込んだ。
思わずほぉっと息が漏れる。
その途端−−−−−−−。
「−−−−−!?」
鳴ったのは電話ではなくインターフォンだった。
電話にばかり気が取られ、それだと気付くまで少し時間がかかってしまった事が腹立たしいとでも言う様に、立て続けにせわしない電子音が部屋の中に鳴り響く。
「どこのどいつや・・!」
言いながら有栖は慌ててインターフォンの受話機を取って口を開いた。が、しかし言葉を発する前に受話機を当てた耳に飛び込んできた声。
『俺だ』
「−−−−−−−−!!」
それは、聞き間違いようのない声だった。
たった今、聞きたいと思っていた声だった。
受話機を放り投げる様にして玄関に行くと有栖はガチャりと鍵を開けてドアを押し開けた。
「・・・火村・・なんで・・」
思わず漏れ落ちた言葉はひどく陳腐なもので、ドアの向こうで火村が笑う。
「ご挨拶だな。用がなきゃ来ちゃいけねぇのか?」
ニヤリと笑みを浮かべたその顔は、いつもと変わらぬ、有栖が見慣れた“火村英生”の顔だった。
けれど・・・何かが違う。どこかが違う。
「アリス?」
「あ・いや・・そんな事はないけど」
「上がるぜ」
「ああ・・」
何故か胸の中に得体のしれないモヤモヤとしたものが湧き上がるのを有栖は感じていた。
たった今、会いたいと思っていたにも関わらず、こうして会った途端、先ほどの持ち直したばかりの気持ちが再び沈んで行く様な気がして、振り向きもせずスタスタとリビングに向かう火村の背中を見つめながら思わず溜め息が漏れる。
その溜め息が聞こえたかの様に火村はリビングに入った途端クルリと振り返った。そして。
「夕べ電話したら絡らなかった」
「・・!」
単刀直入の言葉に有栖は弾かれた様に顔を上げた。
「ちなみに、今朝もだ」
「・・あ・・・・」
だから訪ねて来たのだろう。
突然の来訪の理由に、有栖の中に“嬉しい”等と言うどこか恥ずかしくなる様な感情が浮かんだ。が、しかし、その反面、なぜそうなっていたのかという理由をどう言えばいいのか判らずに、次の瞬間有栖は何かを言いかけてそのまま俯いてしまう。
それを見て火村の瞳がスッと眇められた。
「何かあったのか?」
「・・・・・」
「アリス?」
優しい、けれど、どこか追い詰めるような口調。
「どうした?」
たたみかける様な短い問いかけが息苦しくて、見つめてくる視線が痛い。
「アリス・・」
「・・・何も・・あれへんよ」
だから、有栖はそう答える以外なかったのだ。
それはたった今決めたばかりの事だった。
何の害があるわけでもないただの無言電話である。
こっちがキレてしまえばいずれかからなくなるに違いない。
こんな事で火村に迷惑をかけてはいけない。
「コードをな・・間違えて引き抜いてしもうたらしいんや。もう入れたからちゃんと絡がるで。でも、夕べも今朝も電話したって何の用やったんや?・・もしかしてフィールドか?」
言いながら視界に入った、テーブルの上に置きっ放しにして積まれたままの新聞の山。その一番上に置かれているのは、京都の事件の記事が載っているものだ。
平静を装いつつ、にっこりと笑いながら反対に問いかけた有栖は、次の瞬間、それを見て表情を曇らせた火村に思わず眉を寄せた。
「・・ひ・・むら・?」
「・・・・どういう事だ?」
「・・え?」
真っ直に見つめてくる、否、睨みつけてくるような火村の眼差しに有栖の背中に震えが走る。「何が?」と聞き返そうとした途端低い声が思わぬ事実を告げた。
「夕べ、片桐さんに会った」
「!!!」
「京都駅でバッタリな。時間があればお前の様子を見に行きたかったそうだ」
「・・・・・・・」
「いつからだ?」
その問いが何に対してなのか、何を引き出そうとしているのか勿論判らない訳にはいかなかった。
「・・火村」
ああ・・と有栖は思った。
入ってきた時に感じた何かはこれだったのだ。
「いつからなんだ?どうして嘘をつく!?」
「・・・・」
「アリス・・」
先ほどよりも更に低い、地を這うような声が名前を呼ぶ。
「何を隠しておきたかったんだ?アリス?」
「・・ちが・・」
「俺には言っても仕方がない事か?それとも俺は頼りにならないか?・・ああ、それとも俺には関係がない、そういう事か」
追い詰められているのは自分の筈なのに、有栖にはその言葉が火村自身を追い詰めているように聞こえた。
それが悲しくて、切なくて、そんなつもりはなかったのだと有栖は青くなった顔を振る。
「そんなん・・そんな事言うてない!」
「じゃあ・・いつからだ」
振り出しに戻った言葉に零れ落ちた溜め息。そして。
「・・・1ケ月位前」
「何で言わなかった?」
「・・・ただの悪戯電話やと思うてたし、そんな事で君を煩わせたくなかったんや」
それは本当の事で、けれど有栖自身にさえひどく陳腐な言い訳に聞こえた。
「はっ・・・!そりゃ素晴らしいご配慮で痛み入りますよ、先生」
「火村!」
その瞬間3日間沈黙をしていた電話が鳴り響いた。
「!!」
1コール・・2コール・・3コール・・・
留守電になっていないそれは部屋の中に無気質な電子音を撒き散らして鳴り続ける。
「・・・お呼びだぜ?」
「・・・・・・・っ・」
突き放すような冷い言葉に、返す言葉も見つけられないまま小さく唇を噛んで、有栖はゆっくりと受話機を上げた。
「・・・はい、有栖川です」
『・・・・・・・・・・』
瞬間、絶望が有栖の中を通り抜けた。
なぜ、今、こうもタイミング良くそれがかかってくるのか。
火村の見つめるその前で、なぜそれでなければならないのか!
「−−−−−−−−!」
物も言わずにガシャリと受話機を置いた有栖を火村は黙って見つめていた。
重い、沈黙。
けれどそれはすぐさま、同じ音に破られる。
「・・・・鳴ってるぜ?」
「!!・・っ・!!」
怒りと、遣り切れないような切なさがごちゃまぜになって有栖は再びコードを引き抜いた。そうしてそのままクルリと背を向けてリビングを出て行こうとしたその腕を思いきり引き寄せられる。
「!や・っ!何す・・やめ・火村!!」
悲鳴に近い声が無意識のうちに上がった。
たまらずに振り回した手をひとまとめにされ、足を払われる様にして床の上に倒されると、クラリと一瞬意識が遠のく。
「・・・っ・・・・ん・!」
息を継ぐ間もなく重なってくる唇に涙がにじんだ。言葉もないまま、ただ冷たい視線を向けてバラバラと服を奪い去ってゆく陵辱者に成す術もなく有栖は小さく首を横に振る。
「・・なん・で・・・・・何でや・?・・なんで!!」
引き吊るような問いかけに、返る答えはなかった。
肌を滑る長い指。
辿る唇が時折チリリと微かな痛みを落として赤い烙印を刻む。
何が・・どこで、どう違ってしまったのか。
火村を煩わせたくなかったのだ。
口では何だかんだと言っても、有栖を思ってくれるこの男に心配をかけたくなかった。それだけだったのに。
「・っ・い・あああっ!・や・め・・」
慣らす事もせずに突き立てられた指に上がる声。
ビクビクと震える身体と、溢れて零れる涙。
「あ・・も・・堪忍し・・」
「・・・・・・」
「ひむら・ひむ・らぁ!嫌や・!もぅ・・」
足を広げられ、指で犯され、嬲られる。
気の遠くなるような感覚に有栖は必死に手を伸ばした。
抱き締める事もせず、ただ追い詰めるだけ追い詰める冷たい男に手を伸ばして、ぬくもりを求める。
「・・・・おねが・・こんなん・・ひむらぁ!」
涙が止まらない。
止まらずに頬を、そして冷たいフローリングの床を濡らす。
「・・っ・・火村っ・・!」
夕日に染まり始めた室内。
その赤く照らされた空間に響く、せわしない息遣いとすすり泣きの様な喘ぎ声
「・・ひ・・ぅ・・あぁ・」
こんな風にしているのは自分なのに、目の前でぬくもりを欲して手を伸ばしながら、ポロポロと涙を流すその姿が痛々しいと火村は思った。
そう思って尚、込み上げてくる“もっと泣かせてやりたい”というどこかサディスティックな思い。
罪悪感と愛おしさに息が詰まる。
「ひむ・・らぁ・・!・ねが・・こんなん・」
赤く染まる顔。
赤く染まる肌。
赤く染まる涙。
「・・お願いやから・・!」
まるで、あの夢の様だと思った。
「・・火村・!」
火村を捕らえて放さない真紅の夢。
「・・・っ・・ぃや・・やぁ!」
けれど今、赤く染まって泣き叫んでいるのは、愛しい・・誰よりも愛おしい−−−−−・・
「・・・・アリス・・」
「・ああ・・!」
ようやく重なってきたぬくもりを有栖は掻き抱いた。
互いに背中に回した手に力が込められる。
「アリス・・」
「ん・・あ・・っ・・ん・」
重なる唇。
離れて、深く合わせて、舌を絡める。
「・・っ・ひむ・・・あぁ・!」
開かれたままの足の間に押しつけられた熱に一瞬だけ怯えたような色を浮かべて、有栖は次の瞬間そっと身体の力を抜いた。
それを見て火村の胸の中を狂おしい程の甘い“何か”が駆け抜ける。
「・・っ・く・・ぁ・あああっ!!」
喉が、綺麗に反った。
再び有栖の瞳からポロポロと涙が溢れ出す。
「アリス・・」
「・・っ・・」
「・・アリス」
「・・・ん・」
「アリス・・!」
昂ぶりを深々と埋め込んで火村は有栖を抱き締めた。
繰り返し、けれどその度に深く、そして囁く様に名前を呼んで暖かなぬくもりを掻き抱く。
「・・・火村ぁ・・」
本当は、こんな風にする筈ではなかったのだと火村は今更ながらに思っていた。
そう。有栖が考えている事など自分には予測がついていた。
ただ、積み重ねられた新聞の記事が瞳に飛び込んできて、次の瞬間発せられた言葉に一瞬我を忘れた。
“もしかしてフィールドか?”
それは火村が有栖に隠しておきたい事だった。
自分がこれ程に追い詰められていながら、有栖は自身すら気付かない所で、火村の秘密を感じ取っている。
おそらく、有栖が今回の事を知れば・・・火村がそのターゲットになっているのだと知ってしまえば、必ず自分もその中に飛び込もうとするだろう。
有栖川有栖はそういう男だった。
だからこそ、隠しておきたいと、隠さなければならないと思ったのだ。
有栖が電話の事で心配をかけたくないと思った様に、火村も又有栖には弱みも、心配も、何もかもを感じさせたくなかった。
ただ、いつも火村の脳裏に浮かんでくる時の様に笑っていて欲しい。
火村の願いにも似た思い。
それは誰にも、そう有栖にさえも譲れない、切望だった。
「・っ・・も・ぅ・」
「・・達けよ」
「・・あ・・っ・や・」
「・・・達っていいよ・・アリス・・」
「・・ん・・は・・・」
きりもなく漏れ落ちる声。
それに重なる様に聞こえてくる、優しくて、どこか切ない声に有栖は最後の力を振り絞る様にして声の主である、火村の顔を見つめた。
そうして次の瞬間、有栖はゆっくりとその頬に指を伸ばす。
「・・・ひ・・むら・・?」
「・・・・・・」
「・・・どう・し・・」
けれどそれ以上の言葉を口にする事は出来なかった。
「−−−−−−−−−!!」
開き掛けたその口から発せられるそれを遮るかの様に火村は有栖の身体をギュッと抱き締めて、大きく突き上げたのだ。
・・・・息が止まる。止まって・・・・熱が弾ける。
「・・ひ・む・・・ら・ぁ!」
呼んだ名前に応える代わりに一瞬だけ強くなる、抱き締めてくる腕の力。
そしてその次の瞬間、有栖はそれが限界と言う様に自らの意識を手放した。
お互いがお互いに思い合ってるのにすれ違っている・・・どうもこういうシチュエーションは弱いです(;^^)ヘ..