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Greendays 10


「・・・・・っ・・」
 きりもなく流れ落ちる汗。
 すでに濡れてびしょびしょになってしまったシャツが肌に張り付いてそれすらが刺激の一つになる。
 室生が言った通り有栖はまさに地獄を味わっていた。 しかも室生自身がそれを意図していたのかどうかは判らないが脱水症状と快楽の2種類の地獄をだ。
 エアコンの消された室内が天然のサウナのような状態になるのにさほど時間は必要なかった。
 息苦しさとひどい暑さは有栖から気力と体力を奪っていく。
 そして更に身体の中からジワリと広がって行く薬がもたらしているのだろう熱。
 それが“ジワリ”どころのものではなく、その効果をはっきりと表し始めたのは服用させられてから1時間近くが経ってからだった。
 室生は告げなかったが、ヨヒンベにはすさまじいエピソードが残されている。ドイツの化学者が規定量の千倍ものヨヒンビンを摂ったところ何時間か意識を失い、同時に強度の持続的勃起性になってしまったのだ。
 一方、イボガは西アフリカ原産の低木で、その主成分であるイボガインを多く含む根の皮は、興奮剤や媚薬として、又、多量に摂取をすると幻覚を誘発する効果もある為現地の新興宗教の教団で用いられている代物だ。
 考えろと室生は言った。
 けれど実際は考えるどころではなかった。
 滴る汗と喉の渇き。そしてそれを凌駕する強烈な射精感。勿論それだけではない。体中がひどく敏感になっていて、何処かが少し触れただけでも痛みを伴うほどの快感になる。
「・・・っ・・・」
 幾度か意識を手放した。
 その度に、これも又薬の作用なのか悪夢とも幻覚とも言えない夢を見た。
 彼女が出てきた。
 室生も出てきた。
 そして怒ったような顔の火村も出てきた。
 どんな内容のものなのか、それとも内容になど全くないのかそれすらも判らない夢をみては耐えきれない感覚に意識を引き戻される。
 喉が渇いた。
 再び意識が遠のく。
 絶頂近くまで追いつめられたままどうすることも出来ない苦痛。
 多分おそらく、室生が後ろ手に手を縛っていかなければ、有栖は強烈すぎるその欲求に従っていただろう。
 強すぎる快感は拷問と一緒だ。
 もうどれほどの時間この熱を抱えているのだろうか。
 死なないと室生は言った。
 助けがくるとも言っていた。
 有栖が死んでしまっては困るのだとも・・・。
けれど、でもとんでもないと有栖は思う。
 このままでは気が触れるか脱水症状で死ぬかのどちらかろだ。
 神経が焼き切れてしまいそうな感覚を必死に散らそうとしながら有栖は幾度目かの『考える』事への挑戦を試みる。
 何故室生がこんな事をしたのか。
 自分は室生に何をしたのか。
 あの男とは誰なのか。
 知らなかったことが罪になると言っていた。
 自分が知らなかった事はなんなのか。
「・・・・知らん事だらけや・・・」
 上がる息の中で有栖は思わずそう口にした。
 熱くて、苦しくてもがいているうちにソファから落ちてしまった為、有栖はソファとテーブルの間の狭い空間に身体を丸めるようにして転がっていた。
 とにかくどんなに考えても以前に室生との面識はなかった。有栖は彼女、自殺をしてしまったらしい皆川有希恵を接点として室生と知り合ったのだ。その事実は間違いようがない。では、自分が皆川に何かをしていたのだろうか?例えば、有希恵の自殺に関わる様なことを。
 が、しかしそれもあまりあり得ない。大体有栖は有希恵が死んでしまった事も知らなかったのだ。まして、その前に彼女に会ったのは1ヶ月以上前に遡らなければならない。そしてその時の彼女にはそんな様子は微塵もなかった。ならば・・・
「・・・・大体あの男って誰やねん」
 額に浮かぶ大粒の汗。ギリギリと歯を食いしばりたくなるような衝動に耐えつつ有栖は再び声を出した。
 自分の知らないうちに恨みを買うのは今の世の中では珍しくも無い事だった。
 けれど・・・でも・・・
「あの男・・・て・・火村のことやろか・・・」
 それならばフィールドがらみの事なのだろうか。
 けれどそれならば何故室生は火村本人を狙わなかったのだろう。
 なぜ、有栖を苦しめる事が火村をも苦しめる事になる等と思ったのだろうか。
 有栖がこんな目にあったのはフィールドに連れて行ったせいだと火村が後悔をすると思ったのだろうか。
 それとも・・・
「・・ふ・・っ・・」
 もう幾度か判らなくなったような波が来る。
 意識を散らそうとして結局うまく出来ずにそれ以上の感覚に襲われる。そんな事を何度繰り返しただろう。
 フローリングの床の上に転がったまま苦しげに息を吐いて有栖はベランダに続くガラス戸を見上げた。
 滲むような夕日はもうすでにその力を使い果たし、宵闇の中に消えようとしている。
 室生が特別にブレンドしたというこの薬は一体どれだけの時間その効力を保たせるのだろう。
「っ・・も・・もう嫌や・・このあほんだら!・・」
 解放させる事の出来ない熱はズボンの中で窮屈そうにしながらも、耐えきれずに滴を溢れ出させていた。
「このままやとほんまに助けが気が狂うかひからびるかのどっちかや・・」
 そう呟きながらそんな死に方は嫌だなぁと有栖はクスリと笑いを漏らした。
 そして次の瞬間・・・
「・・・火村・・・」
 ふと脳裏に浮かんできた友人の皮肉げな笑みに思わずその名を口にしてみる。
 先程有栖自身が考えたように、彼は有栖をフィールドに連れて行った事を後悔して苦しむのだろうか?
 こんな風になったのは自分のせいだと思って二度と有栖を同行させなくなってしまうのだろうか・・?
「・・っ・・く・・」
 熱い息が零れて、それすらが一つの感覚になって有栖の身体を襲う。
 ヒクリと引きつる喉。
 流れる涙にすら泡立つ肌。
 これ以上何かを考えるのは無理だった。
 薬物の切れた依存症患者のように体を震わせながら有栖はギリリと唇を噛み締めて丸めた身体を更に丸めた。

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 時間が進むのがひどく遅く感じた。
 飛び出して行った森下の代わりに部屋を訪れたのは鮫山警部補だった。船曳はまだ上の者と掛け合っているらしい。
 鮫山は皆川と大和田の間に何らかの関係があった、もしくは関係を強要させられたのではないかと言う見方が出ていることを火村に伝えた。実際、揉み消されてはいるが大和田弁護士は強制猥褻で起訴されかけた事もあったらしいのだ。
「事実関係は二人ともすでに他界しているため残念ながら確かめようがありませんが、そう考えると大和田がターゲットになった意味が浮かんできます」
 落ち着いた表情でそう告げる鮫山に火村は再びチラリと腕時計を見る。
 時間はまだ7時を少し過ぎたばかりだった。
 先程腕時計を見てから5分と経っていない。
 思わず小さく零れた舌打ち。
 それに鮫山が口を開きかけた途端、火村の携帯が鳴った。
「失礼。はい、火村です」
『火村先生、ご無沙汰しております。片桐です』
「ああ、どうも」
 聞こえてきたのは東京にいる有栖の担当者・片桐光男の声だった。
『あの、大変不躾で恐縮なんですが、有栖川先生はご一緒でしょうか?』
「・・・いえ・・・」
 どう答えていいのか判らない火村の短い答えに片桐はがっかりとした声を出した。
『そうですか・・・携帯も繋がらないし、留守電のままなのでもしかしたらそのまま火村先生の所に行かれたのかと思ったんですけど・・・』
「・・・・・そのままとは?」
 片桐の言葉に微妙な引っかかりを感じて火村は思わず携帯を握りなおした。
『え?・・・あの・・今日の午前中に一昨日送っていただいた短編の事で2.3確認したい事があったのでお電話をしたんです。ところがご自宅にはいらっしゃらなくて、携帯の方に電話をしたら京都の方に向かっていると。なんでも長編の資料になる講義を聞きに行くのだとおっしゃっていたので頑張って下さいと言ったんです。それで火村先生の所にも寄るような事も言われていたのでそのままなのかと。あの・・・有栖川先生に何か・・』
 おずおずとした編集者に火村はその問いには答えず言葉を繋ぐ。
「あいつは何を使って京都に向かっていたのか判りますか?」
「は?・・・ああ、交通手段ですね。車だと思いますよ。久々の運転だと言ってましたから。携帯を持ちながらだと結構スリルがあるなんて物騒なことをおっしゃったんで今手放しで携帯で話が出来るって言うグッズが色々ありますでしょう?ですから今度それでもプレゼントしましょうかって・・あの火村先生それが何か?』
「すみません。又連絡をします」
 短くそう言って火村は携帯を切った。
 そうしてそのままクルリと鮫山に向き直る。
「有栖川のマンションに行った捜査員は部屋の中に入って確かめたのでしょうか?」
「え・・?」
「有栖川はどうやら車で京都に来たらしい。ところが先程の報告ではあいつの車は駐車場にあったという」
「・・ちょっと待って下さい」
 すぐに内線に飛びついた鮫山を見て火村はギリリと唇を噛んだ。どうしてこんな初歩的な事に気付かなかったのか。大阪市内でこれほど探しても室生が立ち寄りそうなところが見つけられなかったというのに、一番疑って当然の場所を忘れていた。
「すみません火村先生。有栖川さんのマンションは管理人が常駐している所ではなかった為、地下駐車場とインターフォンを押しての確認と電気のメーターの動きで不在を判断したと言っています。すぐに管理人に」
「いえ、スペアキーのある場所は見当がつきます。以前鍵を落として入れなくなったと夜中に泣きついて来た時に郵便受けの天井にでも張り付けておけと言ったのを真に受けてその後数回助かったと言ってましたから。すぐに有栖川のマンションに向かいます」
 部屋を飛び出して火村は愛車に乗り込んだ。
 確かめた時間は7時半に近い。寺からの足取りが消えて6時間が経過している。
「・・・・アリス・・」
 早く、一刻も早く無事な顔が見たかった。
 見て「馬鹿野郎」とでも怒鳴ってやりたい。
 万が一、何かがあったら・・・・万が一・・最悪の事態が起こっていたら・・・。
「・・・あってたまるか・・」
 願いのようにそう口にして火村はベンツを走らせる。
 ほどなく見えてきた見覚えのある風景。
 乱暴に車をマンション前の路上に止めると天王寺署の馴染みの刑事がペコリと頭を下げて近づいてくる。
 どうやら脇目も振らず飛び出してきた自分に一応上司への報告を考えた鮫山が先に最寄りの所轄に連絡を入れておいてくれたらしい。
「有栖川さんが事件に巻き込まれとるらしいとか。府警の協力要請で張り込みをしておったのがうちの若いもんでして、申し訳ありません」
 部下の失態を詫びて千種警部は有栖のマンションに入った。
 エントランスは煌々と明かりがついていて人気がないのにひどく明るかった。
 左から2番目の7段目の郵便受け。
 その入り口に手を差し込んで、火村は天井に貼られているガムテープを剥がした。
 そこには火村の助言通りに、スペアキーがベッタリと貼りついていた。
 暑さで粘つくそれを剥がして火村は千種が呼んでおいたエレベーターに乗り込む。
「事件のあらましは少しだけ伺っております。不在を確認したのは交番勤務の巡査で、その後の張り込みはうちの者が行っていたのですが、ほんまに申し訳ありませんでした」
 再び頭を下げた千種とおそらく彼がそうなのだろう若い刑事に火村は「いえ」と短い返事を返す。
 ウィンと止まったエレベーター。
 扉が開くと同時に飛び出して、3人は702号室に向かった。
 そうしてとりあえず電気のメーターを見てみるとそれはひどく緩やかな動きで回っていた。
 インターフォンを押しても応答はない。
 胸に込み上げる嫌な予感。それを押し殺すようにして火村は粘つく鍵を鍵穴に差し込んで開いた。
 途端にムッとした熱い空気が流れてくる暗い玄関。
「アリス!いないのか!!アリス!!」
 耐えきれず声を出しながら火村はリビングに続くドアを開けた。
 そうして手探りで電気のスイッチを押す。
 パッと明るくなる室内。
 けれどそこにアリス姿は無い。
「アリス!」
 寝室だろうか。
 それとも見当違いだったのだろうか。
 瞬時に頭の中を駆け巡る思考。
「・・・っ・・」
 が、しかし、踵を返した途端聞こえてきた小さな何かに火村はもう一度リビングを振り返った。
 視界に入ったのはテーブルの上のコーヒーの飲み残しと水らしい液体の入ったコップ。
 そしてそのソファの影。テーブルとの間の狭いフローリングの床の上にうずくまっているようなそれは・・・
「アリス!!!」
 悲鳴のような声を上げて駆け寄った火村に二人の刑事がリビングに飛び込んできた。
「あ・有栖川さん!!すぐに救急車を呼ぶんや!」
 千種の声に若い刑事は引きつった顔で飛び出していった。
「アリス!しっかりしろ!アリス!!何を飲まされた!」
「・・・・っ・・」
 有栖の様子とテーブルの上に置かれたコップから火村は有栖が何らかの薬物を飲まされているのだと思った。
 そして更に、この暑さの中で蒸し風呂状態になっていた部屋に閉じこめられていた事で脱水症状を起こしているだろうとも考えた。     
「・・もういい。何も言うな。すぐに救急車が来る」
 言いながら有栖を抱き起こしてソファの上におろすと火村はおもむろに立ち上がり、コップに水を汲んできた。
 そうして次の瞬間、躊躇無くそれを口に含み有栖の唇に押し当てる。
 ヒクリと喉が動く。
 有栖の口から小さく声に鳴らない声が漏れ落ちる。
「アリス・・」
「・・ひ・・む・」
「・・・府警の方に連絡を取ってきます。一応周りを確認しましたが犯人が潜んでいる様子はありませんので有栖川さんを宜しくお願いします」 
 出て行く千種警部に小さく「お願いします」と口にして火村は次に縛られていた有栖の腕の紐を解いた。
 苦しさに暴れたのだろう、そこには赤い痛々しい跡が残っていた。
 その跡をそっと指で触れるとビクリと有栖の身体が跳ねる。
「・・・大丈夫か?もっと飲むか?」
 身体を支える様にしてそう言った火村に、けれど次の瞬間有栖の口から信じられないような言葉が落ちた。
「い・・やゃ・・触らんといて・・」
「・・アリス?」
「・・放して・・・」
「・・・・・・」
 最悪の状態は免れた、そう安堵していた火村の胸にザワザワとした何かが再び広がってゆく。
「アリス・・」
「やっ・!向こう行って・・・触るな・・!」
 捩るようにして火村の手から逃れようとする身体を反射的に押さえると小さな悲鳴にも似た声が上がった。
「お前・・・何をされた!?何を・・」
「やめ・・っ・・やぁ・!」
 触れられるだけで身体を走る刺激に有栖の瞳から涙が零れ落ちた。
「・・・・何を・・飲まされたんだ」
 感情を押し殺した火村の低い声が部屋の中に響く。
 その答えを聞かなくとも火村はもうそれを知っている気がした。
 何より有栖の顔が、過敏すぎる程の反応が、そして濡れてなお張りつめている有栖の下腹部が火村にそれを教えている。
「・・・ヨヒンベとか・・媚薬やて・・言うてた・・・せやから・・」
 浅い息をつきながらそう言った有栖の顔は苦しげで、けれどどこか扇情的だった。
 途端に怒りとも、憎しみとも、やりきれなさとも言える感情が胸の中に押しよせて火村は有栖を抱き上げた。
「火村!!」
「バスルームに連れて行ってやる・・」
 この状態では辛いだけなのは容易に判る。
 医者に連れて行かれても多分行われる事は同じだ。
 クスリが抜けきらなければどうにもならない。
「下ろせ・・!」
「黙ってろ。早くしないと救急車が来ちまうぜ?大体その有様じゃ車にだって乗れないだろう?」
 過敏になっている感覚ではその振動も又快感の引き金になる筈だ。
「車の中で達って医者の前でも達きまくる事にだってなりかねない。急げよ」
 有無を言わせずに火村は言葉とは裏腹にひどく優しく有栖をバスルームに下ろした。そうしてそのままパタンとドアを閉じる。
「着替えは出しておいてやる」
 言い置いて火村は寝室のドアを開けた。そして、ワードローブの中から適当な下着と洋服をとってバスルームに戻る。
「・・アリス?」
 ともすると爆発してしまいそうな感情を抑えつけて火村は曇りガラスのドアの前で中に向かって声をかけた。
 けれど有栖の答えはない。
「アリス?」
 今度はもう少し大きな声で呼んでみる。
 それにも返事は帰ってこない。
「開けるぞ」
 短く言ってドアを開いた火村の視界に飛び込んで来たのは背中を丸めたままのアリスの後ろ姿だった。
 瞬時にいたたまれない気持ちにさせられてドアを閉めかけた火村の瞳に涙が映った。
「アリス?」
 慌てて跪くと有栖は首を小さく横に振った。
「どうした?気分が悪いのか?アリス」
「・・・ん・」
「え・・」
「手が動かせへん・・」
「・・・・・」
 何時間も縛られていて赤く腫れて傷ついた有栖の手を火村は見つめた。
「身体が熱いのに・・どうにも出来ひん・・・こんなん・・嫌や・・もぅ・・・」
 ポロポロと頬を伝って落ちる涙に火村は何かを耐える様にして立ち上がった。
 そうしてそのままバスルームを出て行ってしまう。
 ついで聞こえてきた玄関をも出てゆく音。
「火村・・・」
 思わず零れ落ちた名前に次の瞬間有栖の瞳から涙が溢れ出した。
 黙ったままおいて行かれた事が何故かひどく苦しく切なくて涙が止まらない。
「・・・・何を泣いているんだ」
 程なくして戻ってきた火村に有栖はグシャグシャの顔を上げた。
「・・なんで・・?」
「何でじゃねえ。こんなお前を置いて出ていくか。馬鹿。千種警部に救急車のキャンセルをして貰ったんだ。パニックを起こしているから落ち着いたら俺が警察病院の方に連れて行くと承諾を取ってきた」
「・・・救急車の・・キャンセル?」
 そんな事が出来るのか。そうぼんやりと聞き返してしまった有栖を火村は再び抱き上げた。
「火村!」
「・・・黙ってろ」
 静かにそう言って火村は寝室に入ると有栖の身体をベッドの上に下ろす。
「・・火村・・?」
「・・・・・声は出してもいいからな」
「え・・?」
 何の事だかさっぱり判らない。そんな有栖に一瞬だけ目を眇めて、火村は有栖のズボンのジッパーに手をかけた。
「ひ・火村!!」
 そうしてすかさず熱を持つ有栖自身を掴み出す。
「い・いやや!!や・め・!!」
 上擦った声が耳を打った。慌てて逃げようとする身体をのし掛かるようにして押さえつける。
「火村!!何で!」
「・・・・自分で出来ないなら仕方がないだろう?」
「そん・・あ・あぁ!!嫌ゃ・やめて!」
 止まっていた涙がジワリと滲み出す。
 耐えきれない様な感覚に唇を噛め締めてかぶりを振ると頬に添えられた大きな手。
「噛むなよ」
「あ・・そん・・や・・ぁ・・あああぁ!!」
 上がる息、早まる鼓動。
 信じられないほどあっけなく果てた熱は、けれどすぐにその勢いを取り戻してしまった。
 それが恥ずかしくいいたたまれなくて落ちた涙を火村の指が掬う。
「大丈夫だ・・アリス」
「・・火村・・」
「言っただろう?医者に行ってもされることは同じだ。このままじゃどうにもならない。自分で出来ないんだから仕方がないんだ」
「・・けど・・っ・・」
 ヒクリと震える有栖を宥めるように抱きながら火村はそっとズボンに手をかけ、それを取り去ってしまう。
「・・火村!」
「・・・・・・」
「や・・あ・・あん・」
 何もつけるものの無くなった下半身に伸ばされた指に有栖の声が上がった。
 震える身体。
 震える声。
「・・・・アリス・・」
「ん・・ぅん・・嫌ゃ・・」
「・・・大丈夫だ」
 トントンと抱いた肩を叩きながらもう片方の手で有栖の熱をまさぐる。
「・・ひむ・ら・・」
「大丈夫だ・・アリス・」
 緩く、ひどく優しく火村の指は有栖の熱を煽る。
 自分で出来ないのだから・・・それは火村自身が自分にも言い聞かせているものだった。
 だから仕方がないのだ。
 これは正当な行為だ。
「・・・・ゃ・・」
 まだ残る理性に緩く首を振る有栖のその耳に火村はそっと囁いた。
「構うな・・」
「そん・・あ・・いゃ・・」
 手の中で有栖の熱が零れ出す。
「・・・っ・う・・あ・・」
「アリス」
「・・こん・・なん・・・・せんといて・・」
 涙が切りもなく頬を伝って流れ落ちるのが綺麗だと火村は思っていた。
「いや・ゃ・・」
「・・声を抑えなくていい」
「・・ふ・・っ・」
「・・アリス」
「・・ひ・む・・らぁ・・」
 2度目の限界が近いのだろう。苦しそうに歪められた顔と、白くなるほど握りしめられたシャツに縋る指先に火村は汗の浮いた額にそっと唇を寄せた。
「アリス・・いいから・・」
「・・っ・・う・・」
「・・・・・俺だけだ。俺だけしかいない。だから声を殺すな。よけい苦しくなる」
「・・ぁ・・ぅ・・あ・・ああ・」
 肩口に埋められた顔と引きつる身体。
 手の中に吐き出された2度目の熱。
 けれどそれはまだおさまらない。それはもう有栖も火村も判っていた。
「・・・大丈夫だ・・アリス」
「・・っ・ひむ・・」
「いいから・・」
「・・・っ・・」
「アリス」
「あ・・あ・・いゃ・・ああ・・」
 初めて聞くその声は、甘やかで、けれどひどく痛々しいと火村は思う。
 流れる涙をそっと唇で辿るとクシャリと子供のように顔を歪めて縋り付いてくる身体。
「ん・・は・・ひ・火村・火村・・ひむ・」
「大丈夫だ・・俺だけだ・・」
 ずるい言葉を口にしている自覚はあった。
 けれどその言葉に微かに頷いた様に見えた有栖に火村は抱きしめる腕に力を込める。
 こんな風に触れる筈ではなかったのだ。
「・・・火村ぁ・・」
 こんな風に触れてしまう筈ではなかったのだ。
 けれど・・・。
 でも・・・。
「・・・アリス・・」
 縋り付いてくる身体が愛しくて、離せる筈がないと火村は又一つ言い訳を重ねた。


はははははは・・・・・。すみません。書きたかったのはシーンの一つはこれです(-_-;)