.

Greendays 4


 「初めまして、室生紘征と申します。今日はありがとうございました」
 言いながら差し出された名刺。 
「いえ、こちらこそ!有栖川有栖と申します」
 下げられた頭に同じく頭を下げながら、慌てて名刺を取り出しすと小さく聞こえてきた笑い声。
 それに何となくバツの悪いような気持ちになりつつ、有栖は目の前で穏やかな微笑みを浮かべる銀縁眼鏡の青年を見た。
 年の頃は自分よりも少し若いだろうか。
 けれど、その反面ひどく落ち着いた雰囲気がある。
(学者って感じやなぁ・・・)
 梅雨の中休みというような日差しの中、空調のよく効いた喫茶店でアイスコーヒーを目の前して受け取った名刺には京都の有名な大学の名が記されていた。肩書きは薬学部の助手。
 思わずなるほどと納得してしまった有栖の耳に耳障りの良い声が聞こえてきた。
「四十九日が済むまでは寺の方で預かって戴いているのでそちらに直接とも思ったのですがそれもどうかとも思ってこんな所にお呼び立てしてしまいましたがご迷惑ではありませんでしたか?」
「とんでもありません。本当にこちらこそ、お忙しいところお時間を戴いて恐縮です」
 そう言って再び頭を下げた有栖に室生は再びクスリと笑ってアイスコーヒーに手を伸ばした。
「彼女が話していた通りの方ですね」
「は・・?」
「“枯れ枝にティッシュを丸めた”と言う名言を聞いていますよ」
「え!?彼女はそんな事を話していたんですか?まいったなぁ・・」
「斬新な発想だと思いますよ。」
「・・・はぁ・・・」
 誉められてもあまり嬉しくない。そんな気分を味わいながら有栖はコーヒーを口にする。
 カランとグラスの中で鳴る氷。そして。
「・・・あの」
「はい?」
「あの・・・不躾な質問で恐縮なんですが、室生さんと彼女・・皆川さんは・・」
 おずおずとした有栖の言葉に次の瞬間、室生は小さく微笑んで「友人です」と答えた。
「正確に言えば友人の恋人と言った方がいいのかな」
「え?」
「私は彼女の婚約者の友人だったんです。有栖川さんもご存じの通り彼女はガーデニングが専門分野で、私は植物学の方が専門ですから、私とはそちらの方でよく話をしていました」
「・・・そうやったんですか。あ、でもそれやったらご迷惑にはなりませんか?その・・婚約者の方がおられるんでしょう?知り合いって言うても2.3度しか会うたことのない野郎が線香上げに行ったら」
「大丈夫ですよ。そんな事を気にするようなヤツやありません。と言うよりも・・・あいつは彼女の隣に並んでいますから貴方の事ももう彼女から聞いて知っているかもしれませんね」
「・・・え・・?」
 言われたことが理解出来ない。そんな有栖に室生はフワリと笑った。
「死んでしまったんです。彼女よりも先に」
「・・あ・・」
 耳の奥がキンとした。続いてウワンと唸るような感覚に罪悪感とも後悔とも言える感情が押し寄せてくる。
「す・・みません・・・。軽はずみなことを言うて」
「いえ。彼は身よりと言えば婚約者の彼女だけでしたから、その彼女も後を追うように逝ってしまった。こんな事を初めてお会いした有栖川さんに言うのもなんですが
彼女自身も肉親の縁が薄くて、私の知り合いの寺に二人とも預かってもらっているんです。もしお嫌でなければ友人の方にも線香を上げていただけますか?」
「あ、はい。ぜひご冥福を祈らせて下さい」
「・・・ありがとうございます」
 深々と頭を下げた室生に何も言えずに、有栖も又静かに、ゆっくりと頭を下げた。
 僅かな沈黙。
 やがて室生がそれを軽い口調で破った。
「そのお礼と言っては何ですが私でお役に立つことがあれば遠慮なくおっしゃって下さい」
「え・・?」
「こちらの名刺には書かれていないようですが、推理小説を書かれていらっしゃる有栖川有栖さんですよね?」
「・・どうしてそれを」
「彼女に小説で使いたい植物があるって言われましたよね?申し遅れましたが、御著書の方は何冊か拝見しております」
「そ、それはありがとうございます!!」
 思ってもいなかった展開に有栖は三度頭を下げた。
「少し切なくなるような、いいお話でした」
「・・そう言って頂けて嬉しいです」
「彼女は貴方が推理小説家だとは知らなかったようですが、こんな事になる前に僕の方に話をしてあげてくれないかと言ったような連絡が来ていました。今となっては彼女の遺言のようになってしまいましたが、よろしければご相談下さい。多分、推理小説家の方が欲しい情報もインプットされていると思いますよ」
 言いながら、室生は長い指でトントンと自分頭を叩いた。
 フワリと有栖の顔に小さな笑みが浮かぶ。
「・・・ありがとうございます。宜しくお願いします」
「では、そろそろ行きましょうか。道々講義の可能な日取りを相談しましょう」
「はい」
 数瞬後、喫茶店のドアに付けられたベルがチリンと小さな音を立てた。


新たなオリキャラ登場。私は他の話でも結構色々なオリキャラを出しています。
今回の彼は火村と同じような職種の人間です。
でも性格はだいぶ違うように設定したのですが…。