迷宮 〜ラビリンス〜 6

「一体どういう事なのかしら!?」
 困惑と微かな怒りのようなものをない混ぜにした藤本の言葉にけれど答えられる者は誰も居なかった。
 否、ここにいる全員がそれを聞きたかったといった方がいいだろう。
 これは一体どういう事なのか−−−−−−−−。
 昼食を食べ終え再びペンションを出発した僕たちは、予定通り黄金崎に向かい、その名の通り夕日を受けて黄金色に輝く断崖の岬を見て『カノープス』に戻ってきた。
 胸の中を巡る不安と期待。
 結局バーベキューに姿を現さなかった前島と朝散歩に出たまま戻らない堤は、昼間の僕の予感を裏づけるかの様に帰ってきてはいなかった。
 そのままペンションに残っていた飯塚と早目に帰ってきた藤本と生方、そして朝の事を気にしていたのだろうやはり夕暮れ時には戻ってきた長内夫妻。
 結局昨日同様最後になってしまった僕たちはドアを開けた途端、一斉に向けられた視線と次いで漏れ落ちた落胆の溜め息に居心地の悪い思いをする事になった。
「やっぱり・・捜索願いを出した方がいいのかしら」
 少し疲れた様にそう口にした生方に、けれど藤本はどこか複雑な顔をする。
「でも・・本当に行方不明なのかしら」
「どういう事?」
 返された問いに流石に俯いてしまった藤本の後を繋ぐように飯塚が口を開いた。
「自分で出て行った可能性がないのかって事さ」
「そんな・・!私達別に喧嘩したり、そんな気まずくなるような事を」
「そういう事じゃないさ。なぁ・・藤本さん」
「・・・・・・・」
 出されていたコーヒーを一口飲んで、飯塚は返ってこない答えを気にする風でもなく再び口を開いた。
「これがまだ居なくなったのが堤さん一人だけなら何かがあったのかもしれないって可能性があるけど、前島が時をさほど置かずに消えたってなると二人が示し合わせていた可能性も出てくる」
「・・・・前島さんと佐絵子が?」
「そういう可能性もあるって事さ。現に前島の車がない」
「本当ですか?」
 いきなり会話に割り込んだ江神さんに飯塚は小さく肩を竦めた
「こんな事嘘ついたって仕方がないだろ?君たちが出て行った後やっぱりおかしいんじゃないかって石原さんと二人で駐車場の方まで見に行ったんだ。そうしたら見知った車どころか駐車場は空っぽ。その辺も見て歩いたけれど無かった。そうですよね、石原さん」
「・・・はい」
 広間は何とも重い沈黙に包まれた。
 なぜバラバラに出て行ったのかは判らないが確かにその可能性もあるという事だ。
「・・でも、佐絵子の荷物は部屋にあるのよ?」
「ジャマの入らない所で一夜のアバンチュールを楽しんで戻ってくるつもりかもしれない。バラバラに居なくなったのだって一緒に居た事を否定する材料かもしれないしね」
「・・・・・サイテー・・」
 飯塚の言い方に藤本が思わず眉を潜めて呟いた。
「とにかく、堤さんも、前島もいくら携帯を鳴らしても電源を切っちまってるんだから連絡の取りようがないんだ。それは紛れもない事実なんだし」
「・・携帯電話を持っているのは堤さんと前島さんだけなんですか?」
 キャビンを取り出しながら江神さんはふと何かに気付いた様にそう口にした。
 飯塚と藤本たちが一体それが何なのかというような顔をする。
「・・・・・私は旅行に来てまで携帯に追いかけられるのは御免だと思ったから置いてきたし、恵美は最初から携帯を持っていないわ」
「私達はそういうものは持っていません」
「私も」
 藤本と長内氏、そして石原が答えた。
「・・俺は持っていますよ、仕事柄ないと不便ですからね。それがどうかしたのかい、江神君」
 ジャケットの内ポケットに入ったそれをわざわざ見せて飯塚はまるで睨みつける様に江神さんを見た。
「・・いえ、少し気になったものですから」
 江神さんはそう言ったままゆっくりとキャビンに火をつけた。
 再び降りてきた沈黙。
「とにかく、1日経ってなければ警察だって相手にしてくれないんだ。ここで話していても仕方ないですよ」
 言いながら冷めたコーヒーをガブリと一気に煽った飯塚に長内夫婦がおずおずと立ち上がった。
「・・少し疲れてしまったので夕食まで部屋の方に居ります」
「お風呂の方も用意が出来ていますのでよろしかったどうぞ」
 広間を出て行く夫婦に石原が声をかけた。
 夫妻の部屋はどうやら1階の部屋らしい。
「・・俺も部屋に行くかな」
 次いでポツリと呟いて立ち上がった飯塚に江神さんが声をかける。
「飯塚さん、前島さんのご出身はどちらなんですか?」
「・・・あんたさっきから妙な事ばかり聞いてるけどそれが何か関係あるわけ?」
「・・いえ・・自己紹介の時この近くだって聞いた気がして。もしかしてそちらへでもと思ったものですから」
「・・・ああ・・そういう考え方も出来るか。確か・・この先の安良里とか言ってたな。さすがに詳しい場所や電話番号は判らないけど」
「そうですか。有難うございます」
 小さく頭を下げた江神さんに、けれど飯塚は何も言わずにドアを開け2階への階段を上り始めた。
「・・・・・しかし・・何なんでしょうね。一体」
 問いかけにもならない織田の声に江神さんは「さぁな」小さく溜め息を落とした。そうして次の瞬間クルリと後ろを振り返る。
「ところで石原さん。佐々木さんはまだいらっしゃらないんですか?」
「・・・あ・・」
 江神さんの言葉に石原は思わず小さな声を上げた。振り返った壁時計はもう6時を越えている。
「・・そうですね、ちょっと遅い気が。すみません連絡をしてきます。もしかしたら夕食が少し遅くなってしまうかもしれませんが」
 恐縮したような石原に織田が笑って口を開いた。
「俺たちは構いませんよ。なんたって昼間、嫌という程食いましたから」
 それに石原が少しだけ笑う。
「夕食が出来たら声をかけて下さい。私達も部屋に居ます」
 言いながら立ち上がって広間を出て行く藤本と生方。その後ろ姿が見えなくなるのを確かめて望月が溜め息混じりの声を出した。
「・・・・しかし・・複雑だわなぁ・・」
「え?」
「何やアリス、気付かんかったんか?」
「気付くって・・」
 訳の判らないといった僕に、望月は小さく肩を竦めてセブンスターを取り出した。そして。
「夕べ前島にモーションかけてたのは誰やと思う?アリス君」
「・・・・誰って・・」
 確か・・・前島とこの広間に残ったのは・・
「生方恵美」
「そう。けど居らなくなったんわ堤佐絵子と前島や。生方はあんまり面白ろないわなぁ」
「モチ、あんまりつまらん仮定しとると脳味噌イカレるで」
 セルフサービスのコーヒーをお替わりしながら眉を潜めた織田に望月はヒョイと眼鏡を押し上げて「俺も」とカップを差し出した。
「・・・・江神さんはどう思います?」
「え・・?・・ああ・・」
 椅子に腰掛けたまま何も言わずに煙草をふかしていた江神さんは僕の問いに曖昧に返事をしながらゆっくりと灰皿にキャビンを押しつけた。
「・・判らんな。ただ・・」
「ただ?」
「何となく二人で示し合わせてというのは不自然な気がする」
「さっき携帯がどうとかって聞いてましたけど関係があるんですか?」
「判らんよ、ちょっと気になっただけや。それよりも石原さんが戻って来いへんな」
「・・・そうですね」
「ちょっと見てきましょうか?」
 立ち上がりかけた僕の耳にパタパタとスリッパの音が聞こえてきた。
「・・・どうされました?」
「実は・・・いえ・・何でもありません。すぐに夕食の支度をしますので」
「・・佐々木さんと連絡が取れないんですか?」
 江神さんの言葉に石原はハッとした様に顔を上げて、次に苦い表情を浮かべた。
「・・家は出ているようなんですが。もしかしたら道路が混んでいるのかもしれません。何だか色々な事が重なったので神経質になってしまって。大丈夫です。すみません、お客様にご心
配をおかけするようじゃオーナー失格ですね」
 言いながら笑って厨房に入った石原の背中を僕は思わず見つめてしまった。
 そう考えてしまうのも無理はない。せっかく始めようとしているペンションでモニターが行方不明になってしまったかもしれないのだ。僕たちには計れない心労もあるだろう。
「・・・・俺たちも部屋に行くか」
 何だか切なくなってしまった気持ちを代弁するかのような望月の言葉に僕たちはそれを告げて2階へと上がった。
 だれも居なくなった広間。
 夕食までのエアポケットのような時間。
 それぞれがそれぞれの部屋でそれぞれの時間を過ごして、石原の呼びかけに再び広間に集まった時、僕たちは目に見えない何かが確かに動いている事をはっきりと知った。
 オズオズと広間に入ってきた長内氏が少し蒼ざめた顔で口を開いたのだ。
「・・・・あの・・・家内を見ませんでしたでしょうか?」


本で読むと登場人物の多さはあまり気にならないんですが、ネット小説だと辛いなと思う・・
みなさま誰がどういう感じでいなくなっているのか段々判らなくなっているのではないかしらぁ