迷宮 〜ラビリンス〜 8

「居らんて・・」
「どういう事ですか!?」
 茫然としている僕の代わりに、一緒に手当をしてくれて同じく話を聞いていなかった石原が引き吊ったような声を上げた。
「どうもこうも・・・海岸まで一緒に下りて左右に分かれたんだ。3人で同じ所を回っていても能率が悪いだろ?だから2:1になった。時間を決めて戻ってくるって約束をしてね。けど約束の時間を過ぎても一向に戻ってくる気配がない」
 どこか憮然とした飯塚の物言いと様子に僕は思わずカッとして口を開いていた。
「何で!どうして!モチさん達を見捨てたんですか!!」
「言っただろう?時間を過ぎても戻って来なかった。一応俺は気を遣ったんだ。俺は1人であいつらは2人。何かあるなら1人の方が狙われやすい。見捨てたなんて心外だ!」
「せやけど!あんたは一人で帰ってきたやないか!」
「じゃあ何か?俺が居なくなった方が良かったって言うのか?それとも3人揃って居なくなったら説得力が出たとでも!?」
「それは・・!」
「アリス、ええ加減にせぇ・・!・・すみませんでした」
 思わず言葉に詰まった僕に江神さんが口を開いた。
 それにフイと飯塚が顔を背ける。
「・・・・とにかく・・これで確かなのは、誰が、何らかの目的で私たちを狙っているって事ね」
 蒼ざめた藤本の言葉が広間の中に静かに響いた。
 その次の瞬間。
「そう・・良かったよなぁ。前島と堤さんが手に手をとってってわけじゃなくて。なぁ、生方さん」
「!!・・何を・」
 いきなりの飯塚の言葉に生方が息を飲む。
「君は・・何を言っているんだこんな時に!」
「何って・・純粋に思った事を口にしたまでですよ。もっとも居なくなる順序がちがってたら貴方の奥さんが若い学生かカメラマンとかけおちをしたのかもしれないと勘繰られていたかもしれませんね」
「!・・・君は・・」
「おかしなもんですよね、1日のうちに人間が5人も居なくなる。いや・・6人かな?佐々木シェフの姿も見えない。残っているのはそれぞれに何かを抱えている。前島にモーションをかけていた生方さん。会社が倒産の危機にあって奥さんとも一悶着あった長内さん」
「・・・・っ・・!」
 飯塚の言葉につい振り向いてしまった視線の先で長内氏が口惜しそうに俯いた。
「脱サラをしてペンションを始めようとしたまではいいが奥さんを亡くした石原さん」
「・・・・・・」
「藤本さんは上司との不倫関係が明るみに出そうなんだよね」
「貴方一体・・・一体何者なの!?」
 ニヤニヤと笑う飯塚は次にゆっくりと江神さんを見た。
「江神君、君は何を隠してるんだい?」
「・・・何の事を言われているのか判りませんが?」
 静かな声に飯塚は再びニヤリと嗤って、一つ息をついた。
 そして。
「みんな入りくんだ何かを持っている。でもそれに巻き込まれるのは御免だ。そろそろ白状してもらおうか。俺の携帯を盗んだのは誰だ!」
「−−−−−−−!」
 出てきた言葉は僕の意表をつく内容だった。
「・・・携帯って・・・」
 同じ様に動揺している顔を一巡して飯塚は再び口を開いた。
「さっき捜しに出る時、ジャケットを部屋に置いたまま出たんだ。帰ってきてこれはおかし過ぎると警察に電話をしようとしたら切れている」
「そんな馬鹿な!!」
 どうやら今度の事実を知らなかったのは僕と石原だけだったらしい。苦い、どこか疲れた様な表情を浮かべている藤本たちの目の前で慌てて広間の端にある電話に飛びついた彼は次の瞬間茫然とした表情でそれを置いた。
「・・・そこで携帯でかけようと部屋に上がっていったら見事に抜かれていた。もう、止めましょう。こんな茶番に付き合っていられる程俺は暇じゃないです」
 言いながらもう一度広間の中をグルリと見回した飯塚に、耐え切れないという様にワッと生方が泣き出した。
「嫌よ!もうこんなの嫌!帰りたい!!」
「・・恵美・・」
「白々しい・・」
「ちょっと・いい加減にしてよ!さっきから人のアラをほじくり返して、自分は無関係だって固辞してるみたいだけど、案外貴方が犯人なんじゃないの!?携帯の事だって自作自演って事も考えられるわよね」
「冗談じゃない!一体そんな事をして俺に何のメリットが」
「メリットならみんなそうでしょう?こんな所でこんな風に人間を消して一体どんなメリットがあるっていう訳!?」
「・・・思い出した!あんた・・ゴシップ誌の記者だ!」
 突然声を上げたのは長内氏だった。
 それに飯塚が暗い笑みを浮かべた。
「その節はどうも」
「あんた方が好き勝手な事を書いたお陰でどれだけ・」
「そんなの俺の知った事じゃありませんよ。大体火のない所に煙は立たない訳だ。それなりの事があるからマスコミもメディアも動く訳でしょ?」
「それで他人のアラを探すのが得意って訳ね。それならますます貴方が怪しいんじゃない?だって貴方にはここに居る誰よりもメリットが出てくるものね。面白おかしく記事を書くって言
うメリットが」
「馬鹿馬鹿しい!」
 顔を引き吊らせながらの藤本の言葉に飯塚が吐き捨てる様に声を出した。
 その途端−−−−−−。
「待って、待って下さい!例え電話が切られようと、携帯が消えてしまおうと、ここは誰の助けも呼べないような所ではありません。少し歩けば国道に車は行き交っていますし、民家もホテルもあります。私達がそう出来る様に、他の人間だってそう出来る可能性があるんじゃないでしょうか!?」
「・・・・・犯人はここに居る人間だけに限らない?」
 少し毒気を抜かれたような飯塚に石原は硬い顔のまま、けれどコクリとうなづいた。
「犯人・・という言い方が正しいのかどうなのか判りませんが・・・今までの事が絡がっているならば・・そう考える事も出来ますよね?」
 シンと広間の中が静まり返った。
 そう、確かにここは海の中の孤島でも、人里離れた山奥でもない。陸続きに10分も歩けば国道に当り、その周辺には民家も他の宿泊施設もある。つまり全くの第三者がこのペンションに滞在している僕たちに牙を向けている事だって十分考えられるし、もっとひねくれたものの見方をすれば消えた人間の中に犯人がいる可能性だってないわけではない。
「・・・・とにかく・・警察に知らせるべきです!・・一日で
5人の人間が次々に居なくなるなんておかしすぎる!」
「そう。おかしいさ。さっきも言った通りね。で?どうやって知らせるんです?確かにここは海に囲まれた孤島でも閉ざされた山奥でもないけれど、警察に知らせに行って又誰かが消える可能性がある。犯人はそれを狙っているのかもしれない」
「・・・・・・」
 広間に何度目かの沈黙が訪れた。
「・・・・警察に知らせるにしても、飯塚さんの言う通り今動くのは危険です。それに知らせたとしても捜索が開始されるのは夜が明けてからでしょう」
 話し出した江神さんに、そこに居た人間の目が一斉に向けられた。それを受け止めて江神さんは言葉を続ける。
「今夜は単独の行動を控えるという事で明日の朝を待ちましょう。この闇の中これ以上何かをするのは無理です。部屋のドアは必ず鍵を掛ける。誰が来ても不用意にドアを開けない。外に出ない。明日の朝で生方さんの失踪から1日経ちます。その時点で誰かが警察に行く。それでどうでしょう?」
「・・・・賛成するわ。今動いても体力を使うだけだもの。いざと言う時に逃げられなかったら話にならないものね」
 軽く頭を振って疲れた様に溜め息をつきながら藤本が口を開いた。それに無言のまま生方がまだ赤い目をしてうなづいた。
「私もそれに従います」
 硬い表情で小さく頭を下げた長内。
「・・・・・仲間が居なくなったって言うのに大した落ち着きだな」
「−−−−−−!」
「あいつらは無事に戻ってくると信じてますから」
 吐き捨てるような言葉に掴みかかる勢いで顔を上げた僕の前で江神さんはきっぱりとそう言い切った。
 それに飯塚は鼻白んだ様に「判ったよ」と視線を反らした。
「・・・ありがとうございます。皆さんが無事に戻っていらっしゃる事を私も信じています」
 一瞬後にそう言って深々と頭を下げた石原。
 その姿を見つめながら僕は胸の中に込み上げるやりきれない気持ちに思わずギュッと唇を噛み締めた。



ちょっと佳境に入ってきたって感じでしょうか。しかし改めてみると携帯云々ってところに時代を感じるわ。だって今は持っていない方が珍しいものねぇ・・・・。