Magicalmirror or Kitten!! 3

   

 ポカリと目が覚めた。
 どこからか聞こえてくるボソボソとした低い声。
『・・ぃ・・ええ・・判りました。・・はい』
 一瞬何が何だか判らず、ぼんやりとしたまま起き上がろうとして感じた違和感の正体はすぐに判った。
 視界に入ったひどく大きなテーブルとソファ。
 何より信じがたいフカフカとした小さな、明らかに人とは違う【手】。
(ああ・・そうや俺、猫になっとたんや・・)
 どうやら前回と同様、寝て起きても元には戻れなかったらしい。ふうと溜め息をついて、有栖はソファの上でうんと伸びをした。その途端、キッチンの方で電話をかけていたらしい火村が切ったばかりの携帯を片手に有栖の元に戻ってきた。
「起きたのか?」
“うん”
 ニャーと短く答えると火村はゆっくりと有栖の隣に腰を下ろした。
「また腹が減ったのか?」
“ううん。まだ平気や”
 答えながら小さく首を横に振ると、火村がフワリと笑いを零した。
「・・本当にちゃんと言葉は判るんだな」
“火村?”
 その瞬間、有栖はふと、眠りに落ちる前に火村が何かを言っていた事を思い出した。
 眠かったのでよくは覚えていないのだが、何となく『勘ぐる』とかそんな事を言っていたような気がする。それは一体どういう意味だったのだろう。
 一体何を勘ぐると言うのだろう。有栖が猫になっている事がやはりまだ信じられないのだろうか。
 ぼんやりと考えているといつの間につけたのか、キャメルの香りがしてきた。
 そうして次の瞬間「アリス」と少しだけ改まったように名前を呼ばれる。
「悪いが俺は明日も講義がある」
“・・・・・うん”
「京都から毎日ここに来るのは無理がある。判るな?」
“うん・・”
 それはよく判っていた。おそらく今日、こうしてここに来る事も相当無理をさせているに違いない。
「うちに来い、アリス」
 真っ直ぐに向けられた視線。
“・・・・・” 
「もっとも今度はちゃんと洋服を持ってな」
 次いでニヤリと笑った顔に有栖は思わず鼻白んでしまった。
“・・・・一言余計や”
 そうなのだ。前回は猫のまま火村の下宿に行ってしまったので、元に戻った時にちょっと大変だったのだ。
「異存は?」
“あれへん”
 間髪入れずに返した言葉に小さく笑いながら火村は長くなった灰をトンと灰皿の上に落とした。
 そして。
「ああ、でもその前に寄る所が出来たんだ」
“!!フィールドワークか?”
 思わずピンと立った耳。
 おそらく先刻の電話がどこかの警察からのものだったのだろう。
 ニャーとしか聞こえない筈のその声に、火村はまるで今の有栖の言葉が判っているかのように「ビンゴだ」と言ってもう一度笑う。
「さてと・・・」
 ギュッと灰皿の上に押しつけて消された煙草。
 吐き出された白い煙。
 「じゃあ、行くか」
 ゆっくりと立ち上がった身体を見上げた途端、そっと伸ばされた手にしがみつくように掴まって。
“うん”

その数分後、有栖はあの日と同じように火村の左手に抱えられてマンションを後にした。


短くてごめんなさい(-_-;)