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狂鬼恋歌12

−−−−−モノローグ 彼女

 そんなつもりはなかったの。
 ただかなえがあんな事を言うから。
 彼女は何もかも面白くないって言った。
 こんな所に来たのは失敗だったって・・・

“キャンプに行きたい言うたんわかなえでしょう?やから谷崎君だって ”
“へぇ・・ばかに航の肩を持つじゃない?”
“そんな事”
“いいわよ、別に付きたいたいなら付き合えば?私はあの男とは別れるから”
“かなえ!”
“何よ、そんなん別に今付き合うてるから結婚するとか思うてるわけやないでしょう?”
“それはそうやけど・・”
“そういえば美里って創一と付き合う前に航の事いいなぁとか思うてたんやなかった?ふふ・・ちょっと楽しそうね。私
も創一に迫ってみようかな ”
“かなえ!何言うてんの!? ”
“あら、それで創一が落ちてもあんたのせいでも私のせいでもないわ。創一のせいでしょう?ねっ?乗ってみない?この話”
“いや!”
 かけられたかなえの手を私は思いきり払った。
 その拍子にかなえの足がズルリと滑った。
“かなえ!!”
 小さな傾斜面を滑り落ちた身体。
“人殺し!!私を突き落とそうとするなんて!”
“違う・・!い・今助けるから・”
“嫌よ。足を捩ったの、あんたじゃだめよ。創一を呼んで ”
“−−−−−−−−−!”
“何よその目は、死んだ方がいいとでも思っているの!?”

 そんなつもりはなかったの。でも・・私は逃げた。見上げてくる瞳が恐くて。すぐにかなえ自身の口から全てがが告げられてしまうと判っていても、どうしても、それを言えなかった。
 それは私の中の−−−−−−鬼。

“駄目。怒って話も聞いてくれない。上の方に登って行っちゃった”


私の中に・・・・鬼が入り込んだ。



「ああ・・もうほんまにどうしてこない事になったんか」
 僕たちの顔を見るなり声をかけてきたのは小出だった。
 そうして彼は僕たちの後ろにいた刑事に気付いてそれ以上のコメントを控えた。
“童子の里に行って話をしませんか?”と提案したのは江神さんだった。
“その方が刑事さんたちも一々私たちの話と向こうの話を照らし合わせる手間が省けるでしょう ”
 それは確かにその通りだったらしく、田島・小宮山警部補の両名は一言二言言葉を交わすと「ではよろしく」と頭を下げた。
 台風はその後に秋雨前線を引き連れていた様で、風は落ち着いたものの、雨はやまずに降り続いていた。もっともそれも又、夕べの荒れ狂うようなものとは違い、雨足はまだ早いもののどこか『涙雨』のような印象を受けるのは僕の気のせいだろうか。
 例の分岐点まで傘をさして熊笹の道を歩き、そこからは警察の車で里に向かった。その道すがら僕は、なぜ谷崎なのかを考えていた。けれど考えても考えても勿論その答えが出る事はなかった。
「谷崎さんが居なくなったのはいつなんですか?」
 童子荘に上がりながら江神さんは後ろを振り返った。
「ああ・・今説明しますが、昨日の5時頃です」
 それでは僕たちが帰る時、妙に騒がしかったのはそのせいだったのか。手近の畳の部屋に通されて、田島がメモを開いた。
「丁度あんた達が帰る頃と時間が重なる。これはどういう事やと思いますか?」
「どういう事だと思われているんですか?」
 江神さんの言葉に田島は顔を歪めた。
「篠原かなえが消えた時もあんたらと会うた後や。そして谷崎航も同じ。偶然も2度重なれば偶然とは言えんのと違いますか?」
「私達が二人を殺したとお考えなんですか?」
「そうとも考えられる。捜査はありとあらゆる可能性を考えますから」
 小宮山警部補はそのやりとりをただ黙って聞いていた。
「動機は?」
「これも又いくらでも考えられます。篠原かなえはあんたたちに興味を持っていた。何らかのアクシデントがあって篠原
かなえが殺される。殺したあんたたちを彼女の恋人である谷崎航が責めて反対に殺されてしまう」
「そんな!仮説にしてもひどすぎや!侮辱罪で訴えられても文句は言えへんで!!」
「アリス」
 短く名前を呼ばれて僕は拳を握り締めながら立ち上がりかけていた身体を戻した。
「・・・田島さんでしたか、釈迦に説法という諺がありますが、“何らかのアクシデント”で二つの殺人を問われるというのはあまりにお粗末です。冤罪の作成方法を垣間見た気さえします」
「こ・・の・・」
「田島!ええ加減にせい!江神さん、有栖川さん、行き過ぎの点はお詫びします。ただ捜査の中ではそんな意見も出とります。が勿論その線に絞って進めとるわけではありません」
「出過ぎた質問だと思いますが、篠原かなえは暴行を加えられた跡があったんでしょうか?」
「・・・・それはどういう事ですか?」
「“何らかのアクシデント”についての疑問です」
 警部補は真っ直に江神さんを見て、やがて小さく溜め息を漏らした。
「ありません」
「小宮山さん!!」
「構わんよ。反応は出ませんでした」
「死亡推定時刻は?」
「午後3時から5時の間です。何しろ一晩水に浸かっとりましたからな。ここまでが限界です」
「すると、私たちを含めて彼等全員が容疑者というわけですね?」
「そうです」
 短い答えと、ついで落ちた沈黙。
 その瞬間、バタンと部屋の戸が開いた。
「何や一体!」
「大変です!榎本美里と会田創一の姿が見えません!!」
「何をしとるんや!昨日といい今日といい!!」
 バタバタと部屋を飛び出してゆく刑事たち。
 事件が悲劇へと向かって拍車をかけて動いてゆく。
“鬼が・・・・”
 耳の奥に聞こえた美里の声に、僕はたまらずにギュッと瞳を閉じた。



次から次へと・・・・