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長い恋〜もう一つのsimple〜 3

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『・・・本当に彼を好きだと、大切だと思うなら、自分が気付いた事を伝えるべきやと思う』
 先日の有栖の言葉をまるでお守りのようにして、相馬は某大学の正門前に立っていた。
 スーツを着ている人間がこんな所にいるのはやはり珍しいのだろう。一体何なのかというような視線は、けれどこれからのことを考えれば全くに気にならない。
 一度失ってしまったものを取り戻すと言うのは思っていた以上にきついものだった。
 こうして決心をして来たにも関わらず心のどこかで本当にいいのだろうかという気持ちが湧き上がって来るのだ。
 何度でも消しては湧きあがってくる、苦い気持ち。
 彼はもう自分のことなど忘れてしまっているのではないか。もしくはあんな風にした自分のことを忘れたいと思っているのではないか。今更ノコノコと顔を出すのは、より罪を重ねることにならないだろうか。
「・・・・・寒いな」
 暖冬と言ってはいるが、やはり冬は冬でこうして立っているだけの身体は容赦なく冷えていく。ついた決心が鈍らないうちにと無理矢理に休みをとってきたのだが、この曜日に彼のとっている講義が入っているのかどうかも判らないというお粗末さだ。本当は住んでいるアパートの方が確実だったのだが、家に押しかける勇気がなかったのだ。
 使うまいと思っていた興信所の調べでは誰かと住んでいるという結果はなかったが、それでも万が一のこともある。
 一緒に住んではいなくても相手がいるかもしれないし、その人間が泊まっている可能性もある。
 そこに別れた男がノコノコ顔を出すのは嫌だと思ったし、そのことで彼がその相手と無用な揉め事をするようなことになったらとも考えたのだ。だから大学に来た。
 けれど待ち人はいつまで経っても現れない。
 もしかすると会わずにいろというお告げなのかもしれないなどと埒もない事を考えて、相馬は溜め息を落としながらマルボロの箱を箱を取り出した。
 咥えた煙草。
 ゆっくりと火をつけて白い煙を吐き出して。
「・・!」
 その瞬間、中から出てくる人影に相馬は思わず息が止まってしまうような気がした。
 背が伸びた。
 少しだけうるさげに伸びている前髪。
 体つきはあの頃と同じように細いが、少年っぽさ抜けはじめ、スレンダーと形容した方がいい様に思えた。何よりも顔立ちがやはり大人びてきている。それが離れていた時間を十分に感じさせた。
「・・・・・・・・・」
 つけたばかりの煙草を吸うこともできずに相馬はただその姿を見つめていた。
 とその途端、伏せていた瞳が上げられて、門の外の相馬とカチリと視線が重なった。
 止まった時間。
 だが、行動を起こしたのは彼、柴崎祐也の方だった。
 祐也は何をしに来たんだと怒鳴ることも、今更何の用だと言うことも、ましてや会いに来てくれたのかと泣き出すこともしなかった。
 彼はまさに『脱兎』と言う勢いで相馬の前から逃げ出したのである。
 無視をされた方が、もうお前のことなど忘れてしまったと言われているようでまだマシだったかもしれない。
 あっという間に小さくなっていく背中は、お前が残した傷はまだ癒えていないのだと叫んでいるようにさえ思えた。
 自分はそれほどのことを彼にしてしまったのだ。自分が考えていた以上に自分は年下の恋人を傷つけていたのだ。
「・・・・・・・・・・」
 胸の中に湧き上がる苦い思い。
 切ないような、やりきれないような気持ちを抱えたまま、相馬は吸わないまま半分程になってしまった。タバコを携帯用の灰皿に押し込めた。
 だが、もう幕は開いてしまった。
 自分はもう彼に会ってしまった。
 今日のことをきっと祐也は色々と考えるだろう。口にはしなかったがどうして今頃現れるのだと思ってしまうだろう。
 だから、結果がどうであれ、もう先に進むしかないのだ。
 そして伝えることのなかった自分の気持ちを、例え自己満足だと、そして今更だと言われても告げなければ、きっと自分もそして何よりも祐也の気持ちが終わることはできない。
 それはその背中で痛いほどわかった。
「・・・・・・朗報は・・望めそうにありませんよ・・」
 脳裏に浮かんだ、人の好い推理小説作家の顔。それに小さく笑いながら独りごちて、相馬はゆっくりと道を歩き始めた。


あははははは…!有栖も火村も出てこない。すみませ〜ん!!