『百の溜め息 千の口づけ』
−8−

 降り続く雨。
 まだ夕方とも呼べる時刻なのにすでに夜のように暗くなっている空から降ってくる冷たい雫を窓越しに見つめながら有栖はほぉと深い溜め息を漏らした。
 昼間、来ないかもしれないと暗に言われていた学食で火村を見つけた。
 ホッとしたような気持ちが顔に表れたのだろう。軽く手をあげて笑う火村に有栖は慌てて駆け寄った。
 そうして急に入ってしまった用事が出来た事をドキドキとしながら伝えたのだ。
 けれど------------・・・

“どうかしたのか?”
 反対に問い返してきたその顔はひどく無表情だった。
 一瞬前までは見慣れた笑みを浮かべていたのに、それを告げた途端まるで仮面を被った様に表情が隠された。
“あの・・・と・友達が・・相談があるからのってくれないかって・・ごめん・・先約があるって言うたんやけど急ぎらしくて。ほんまにごめん。俺、自分から今日って言うたのに・・・”
 出来の悪い言い訳をしているような気分になりながら有栖は泣き出したいような気持ちになっていた。
 絶対に怒っている。
 それはそうだろう。自分から言い出した約束を反故にするのだ。自分が火村の立場でも面白いわけがない。
“仕方がないな。頑張って相談にのってやれよ”
 だがしかし、聞こえてきた言葉は怒っているものではなかった。
 けれどその言葉を聞いた途端、自分で言い出した事にもかかわらず何故か切ないような気持ちになって有栖はクシャリと顔を歪めた。
“ごめん・・”
“アリス?”
“ほんまに・・ごめん・・”
 まるでその言葉しか言えなくなってしまったかのように繰り返して俯く有栖に火村は“用事が入ったんだから仕方がないだろう?”と今度は苦笑混じりにそう言った。
 確かにそれはそうなのだ。
 何より今日火村の家に行くよりも『友人からの相談』を優先させようとしたのは有栖自身だった。
 別に火村はそれを詰っているわけでもなければ、言葉を荒げて怒鳴っているわけでもない。
 怒らせたと思い、罪悪感のようなものや、突き放されたような寂しさを感じているのは他ならぬ有栖自身なのだ。でも、だけど・・・・。
“・・・お・・”
 怒らんといて・・・そう繋げそうになってあまりの情けなさに有栖は思わず唇を噛み締めた。
 訪れる沈黙。
 短い、けれどひどく重苦しい沈黙の中で火村は訝しげな顔を浮かべると、やがてゆっくりと口を開いた。
“じゃあ、来週の火曜日に”
 それはまるで、その日までは会わないという宣告のよ
うにも聞こえる言葉で“うん”と小さな返事を返しなが
ら有栖は更に悲しくなった---------・・・。

「・・・・がわ」
「・・・・・」
「有栖川、おい、起きてるか?」
「・・あ」
 名前を呼ばれてハッとして顔を上げると訝しげな表情を浮かべた沢渡の顔が見えた。
 同時にここが大学からさほど離れていないコーヒー専門店である事を思い出して有栖はふぅと溜め息を落とした。
「・・・なぁ、ほんまに良かったんか?」
「え?」
「何か別の約束があったんやろ?」
「・・大丈夫。それはちゃんと来週にしたから」
「すまんな」
「何言うてんねん。それより休学の方がよっぽど一大事や。ついこの間思ってる言うてたのに。それとももう決めてたんか?」
 そうなのだ。2限に入っていた債権法の講義にやってきた沢渡は有栖の顔を見るなり珍しく苦い表情を浮かべて“今日・・ちょっとええかな・・”と尋ねてきたのだ。
 勿論今日は火村との約束があるとすぐに思ったのだがそれを口にするより先に有栖の口からは“何かあったんか?”と零れ落ちていた。それほど疲れたようならしからぬ顔をしていたのだ。
“休学の事で・・・な・・”
 そう一言言って黙り込んでしまった友人に有栖はとにかく火村に今日の予定をキャンセルしてもらおうと思った。そうしてそれを実行して現在に至っている。
 それなのについつい浮かんでくる記憶。
 その度に自分の世界に入ってしまう自分が情けない。 相談を持ちかけてきた友人に反対に心配されてしまった自分を胸の中で叱りつけて有栖は今度こそしっかりと顔を上げた。
 目の前には幾分冷めてしまったコーヒー。
 4限が終わり、飲みに行くには早すぎる時間にどうしようかと考えていると騒がしい居酒屋よりも落ち着いた方がいいと沢渡が言った。そうして“時々来るんや”と沢渡が有栖を案内したこのコーヒー専門店は柔らかな橙とセピアの中間のような色の照明が暖かく、緩やかにクラッシックが流れている、なんともいつもの彼からはあまり想像の出来ない、けれどどこか素直に納得も出来てしまう、そんな店だった。
 切り出された有栖の問いに沢渡は苦笑に似た笑みを浮かべて口を開いた。
「・・この前・・また冬に山に登るって言うたやろ?あれな、実はいつも一緒に行く奴だけやなくて、別のもっと大がかりなパーティに誘われてる話なんや」
「別のって・・・?」
 思わず小さく寄せた眉。その有栖をチラリと見て沢渡は再び口を開いた。
「中国の方に行くんや。勿論長期になる。準備とか色々あって3ヶ月とか、もしかしたらそれ以上かかる。どないしても4回生にはなれん。言う時期を計っとったら親にばれてしもうてん。怒鳴られてなぁ・・」
「・・・・沢渡・・」
 告げられた話の内容に思わずどう言っていいのか判らないと言った有栖を見て沢渡は口の端を上げたような小さな笑みを浮かべて言葉を続けた。
「俺、山に登り始めたのって小学生くらいからなんや。ハイキングに毛が生えたようなそんな山やけどえらい楽しかった。叔父に連れてってもろうたんや。親父はその頃に事務所を持ってバリバリ働いてたからな。兄貴も一緒に行ったんやけど二度位付き合うただけやった。けど俺はその後何度も叔父に声をかけては近場の山を登りに行った。高校に入ってからは同じような趣味の友達と一緒に何度か出掛けた。大学に入ってからも同じや。まぁ少しずつ仲間も増えて、登る山もレベルは上がって来たけどな。勿論あんまりいい顔はされんかったよ。でも大学も受かったし趣味の一つやてある意味黙認しとったんやと思う」
 言いながら沢渡はマイルドセブンの箱を取り出した。
「吸うか?」
「いらん」
「そうか・・」
 短い言葉のやりとりの後、目の前で銜えられた煙草に点けられた火。吐き出された白い煙を何も言わずに目で追っていると沢渡は雨の滴が流れ落ちる外を見つめたまま話し始めた。
「・・笑わんといてくれな。俺さ、いずれはモンブランとか、エベレストとか、K2とか、でかい山に登ってみたい思うてるんや」
「笑うか、アホ。すごい夢やないか」
「うん。有栖川ならそう言ってくれると思うとった」
 クスリと漏れた笑い。
 けれど煙草を燻らせながら沢渡はその笑みをクシャリと歪めたものに変えた。
「夢やった。ずっと思うてた。でも親父も兄貴もこっち方面の人間やろ?流されるようにして俺も法学部に入って、正直な、夢は夢で終わるんかなぁって思わなかったわけやないんや。でもやっぱり登りたいって思うて続けてて・・けど今度のは・・・」
 確か沢渡の父親は弁護士で事務所を持っていて、兄は大学在学中に司法試験に受かったという秀才だと聞いていた。そしてその兄もまた弁護士を目指している。
「・・・・何のために大学にやったと思うとるんやって俺・・とりあえず入る事しか頭になかったし・・今更なんやけど目的意識が薄かったんだと思う」
「そんなん・・・」
 そんな事は有栖も同じだと思った。大体法学部に入った人間が全員司法試験を受けるかと言われれば、受けない人間の方が多いのではないだろうか。
 それに誰しも夢は持っていても、それを掴む努力をする人間は少ないのもまた現実なのだ。
「・・・・それって・・・その・・大きなチャンスなんか?」
 僅かな沈黙の後でゆっくりと口を開いた有栖に沢渡は短くなったマイルドセブンを灰皿の上に押しつけてふぅと息を吐き出した。
「うん。そのパーティの隊長の人、結構でかい山に登ってる人で、以前にもエベレストに挑戦しとるんや。俺は夢が叶うすごいチャンスやと思う」
「そっか・・・」
「勿論すぐにそれに手が届くわけやなくて、何年先になるか判らんけど、その人と同じ山に登れるっちゅうのは凄い勉強になるし、なりより嬉しい」
 すっかり冷め切ったコーヒーをそっと口にして沢渡はぎゅっと目を閉じた。
 再び落ちた沈黙。
 店内に流れる静かなクラッシック。タイトルの判らないそれは、けれどひどく耳障りが良かった。
「沢渡はどないしたいんや?」
「・・・・」
 上げられた顔と向けられた視線の中で、有栖はドクンドクンと自分の鼓動が早くなって行くのを感じていた。
「夢に手が届くかもしれへんて思うて、それをどうしても追いかけたいと思うのか。夢は夢でしかなかったと思うのか」
 そう、それは沢渡に言っているようで実は自分自身に言っている言葉だと有栖は思った。
「・・・俺は・・」
「俺もな・・俺も追いかけとる夢がある。沢渡みたいに手が届くとかそんなの全然判らないし、ほんまにまだまだ夢物語みたいなもんなんやけど、でもやれるだけやってみたいと思う。自分が諦めた時が夢の終わりやと思う。だからそれまでは夢を見ててええと思うとる」
 言葉にするのは初めてだったけれど、有栖確かにそう思っていた。そして今改めてそうしたいと思った。
「・・・・・・・・・」
「えっと・・だからな・・・その・・・」
 黙ったままただ真っ直ぐに視線を向ける友人に有栖はかぁと顔が赤くなるのを感じていた。
 思わず力説してしまったが、有栖自身それはまだ夢のまた夢と言った状態で、とても他人様にとやかく言える状態ではないのだ。
 けれど、でも・・・・。
「・・有り難う」
「沢渡・・」
 ポツリと呟くようにそう言って沢渡はひどく優しい微笑みを浮かべた。
「・・俺、ほんまはもう答えを出しとるんや。けど誰かにやってみろよって背中を押してもらいたかっただけなんやと思う。親父やお袋、それに兄貴と全面対決をしてもやりたいんだって思える自分を誰かの前で確認したかったんや。付き合わせてごめんな」
「謝る事あれへんよ。そんなん、誰かて不安に思うのは同じやろ?自分が決めて自分が責任を負う。当たり前の事やけど難しい。でも、沢渡は向かっていくって決めたんやな」
「ああ」
「頑張れよ」
 自分よりも一足早く本格的に夢に向かって歩き出した友人に有栖は心からエールを贈った。
 夢を掴んで欲しいと思った。
「有栖川も頑張れよ。推理小説家になりたいんやろ?」
「え?」
 どうしてそれを知っているのか。
 そう尋ねると「講義中にあれだけ内職をしていれば判る」という答えが返ってきた。
 そうしてふと思い出す火村とのファーストコンタクトの記憶。
 本当にふとした事で浮かんでくる火村がらみの記憶に次の瞬間自分でも呆れたように小さく笑って有栖は残りのコーヒーを一気に煽った。
 彼は、もう下宿に帰っただろうか・・・。
「もしもエベレスト登頂に成功してインタビューとか受けたら「有栖川、新刊寄越せ」て言うからよろしくな」
「任せとけ。サイン入れて進呈したるで」
 吹き出すように弾けた笑い。
「おっとすっかり長居しちまったな。どないする?」
「そうやなぁ・・・」
 ちらりと見た腕時計はもうすぐ7時になるという所だった。飲みに繰り出すには丁度いい時間だ。
 一瞬、今から火村の下宿に行けばという考えが頭に浮かんだけれど、昼間の事を思い出して有栖は眉間に皺を寄せた。
「有栖川?」
「あ、ああ。飲みに行くか?対決の勝利を目指して前祝い」
「よし。絶対に勝つで」
 ニヤリと笑って荷物をまとめると二人はレジに向かった。一杯のコーヒーで2時間以上も粘った客に店主は嫌な顔ひとつせずに「有り難うございました」と口にした。
 外に出ると相変わらず降り続けている雨。
 台風の影響でと出掛けに見た天気予報では言っていたが、肝心の台風は今は何処にいるのだろう。相変わらず沖縄だか石垣島だかに停滞しているのだろうか。
「四条の方にでもバスで出るか」
「そうやな」
 言いながら今出川通りまで並んで歩く。
 ビチャビチャと歩く度にたつ音。
 僅かな距離しか歩いていないのにすでにジーパンの裾は跳ね返りの水で重くなり始めている。
「・・よぉ降るなぁ」
「ああ。季節外れの台風のせいなんやろ?」
「ちゃうわ。台風自体は沖縄の辺りやて言うてたで」
「そうなんか?」
「うん」
 他愛のない会話をしているうちに見えてくる大通り。
 雨の中に行きすぎるライトとランプの帯を眺めて、沢渡がポツリと口を開いた。
「言わなあかん事はやっぱりちゃんと言わなあかんな」
「沢渡?」
「いや、何かさ・・言おう言おうと思ってて結局バレてもうて・・・。自分の言葉でちゃんと自分の気持ちを言うたら良かったって何度も思うた」
「・・・・・」
「そら自分で言うたかて状況がよくなるとは限らんのやけど、やっぱり自分で、自分の言葉で言うのと、他人から伝わるのとは違うやろ?それにその方が聞かされる方もショックなんやなって。親父に怒鳴られた後、母親に黙って行くつもりやったんかって泣かれた方が辛かったんや」
「・・・・・・」
「隠してる事ほど、バレてまうもんなんかな」
 ドキンと胸が鳴った。
 何気ない沢渡の言葉が、まるで自分自身の事を言われているようで有栖はクシャリと顔を歪めて俯いた。
 自分の気持ちを言う。
 有栖の場合、そんな日が来る事はない筈だった。
 というよりもあってはならない。この気持ちはその類のものだった。
 今し方自分たちが口にしていた『夢』というものとは別物の、感情。
 好きだという気持ちは決して悪い気持ちではないがそれでも時と場合によるのだ。
 もしも、自分か火村のどちらかが女だったら、玉砕覚悟で有栖はそれを口にしていただろう。
 そう考えて、けれど・・多分、火村が火村で、有栖も今の有栖だったからこんなにも惹かれたのだろうとぼんやりと思った。
「何や、有栖川も何か悩んどるんか?」
 またしても自分の世界に入ってしまっていた有栖に沢渡が笑いながら口を開いた。
「俺で良ければ相談に乗るで?」
「いや・・別に悩みとか・・」
「そうか?けど最近ぼんやりしとる事多いやろ?まぁ元々そう言うところはあったけどな」
「・・一言多いで」
「図星やろ?」
 言葉と同時に今出川通りに突き当たり、二人はそのままバス停へと向かった。
「すぐに来るかなぁ」
「どうやろ。時間が空いてるようなら地下鉄にするか?」
「うーん・・そうやなぁ・・」
 見えてきたバス停。
 何人か並んでいる人影。
 そして・・。
「あ・・」
 その中に見知った顔を見つけて有栖は思わず足を止めてしまった。
「有栖川?」
 振り返る沢渡が訝しげな表情を浮かべたけれどそれに何か答える事も出来ず、有栖はただバス停に並ぶ人間を見つめる。
 どうして会いたいと思っている時にはうまく会えず、気まずいと思う時に会ってしまうのか。
 まるで自分が隠そうとしている気持ちが、否、それ以前に火村が好きだと思う気持ち自体が間違っていると言われているような気がして有栖は小さく顔を歪めた。
 前から3番目。
 彼、火村英生は同じように有栖を見ていた。
 何も言わずにただ真っ直ぐに見つめてくる視線が痛いと有栖は思った。
 思わず泣き出したいような気持ちになって逸らした視線。
「どないしたんや?」
「なんでも・・なんでもない・・」
 勿論そんな言葉が信じて貰える状況ではなかった。
 けれどそれ以外にどうすることも出来ずにいる有栖の目の前で沢渡は有栖が眺めていたバス停の方を見て、もう一度視線を有栖に戻した。
「・・・有栖川・・もしかして・・」
 ザァザァと雨が傘を叩く。
「・・・・・・やっぱり今日はこれで帰るよ。親父達と対決する体力を残しておかなあかんし。それに前祝いよりは勝利の美酒の方がええもんな。ごめんな、無理言って付き合わせて。今度またちゃんと報告する」
 そう言って軽く手をあげると雨の中を沢渡はバシャバシャと音を立てて走って行ってしまった。
 後に残された有栖は、ぼんやりと立ち竦み、やがてゆっくりと火村の立つバス停の方に歩き始めた。
 地下鉄に乗るにしても方向はそちらなのだ。まさか火村が言ってしまうまでここに立ちつくしているわけにはいかない。
「・・・・・い・今帰りなんか?」
 すぐに辿り着いてしまったバス停。火村の前で立ち止まった有栖は怖ず怖ずと口を開いた。
 火村の乗るバスは1つ向こうの停留所まで来ているという印が出ている。
「ああ。教授に捕まって色々手伝わされていた」
「・・・そっか・・」
 けれど会話はすぐに途切れてしまう。
 ザァーっという水音を立てて通り過ぎてゆく車達。
「・・・もう話は終わったのか?」
 何も言えずに、けれどそのまま「じゃあ」と行ってしまう事も出来ずにいる有栖に今度は火村が声をかけた。
「う・うん。終わり。こんなんやったら遅れて行くって言えば良かったなって思ってたんや」
 浮かべた笑いは微かに引きつっていたけれど今の有栖にできる精一杯のものだった。
「なら来るか?」
「え?」
「別にいいぜ。元々こっちもその予定だったし」
「・・・・・・・・」
 表示が変わりバスがそこまで来ている事を有栖に伝える。それはひどく都合のいい展開だった。
「・・・・ええんか?」
「へんな奴だな。但し飯は何処かで食って行くか、何かを買っていくかしないと駄目だぜ。ああ、それともお前はもう食ったのか」
「ううん。コーヒーを飲んだだけやから」
「コーヒーだけ?」
「うん」
 不思議そうな火村の顔に短く返事をすると、その途端滑り込むようにしてバスが目の前に止まった。
 思ったよりも混んでいる車内に後ろから押されるようにして中に入るとブーッという音と共にドアが閉まって発車する。
「・・・結構混むんやな」
「雨だからだろ」
「・・ああ、君も普段はチャリやもんな」
 その途端ガタンと大きく揺れる車体。
「大丈夫か?」
 差し伸べられた腕。
 それに支えられていると言う状況に有栖は慌てて身体を起こした。
「・・・悪い」
「どこかに掴まれよ」
「どこかって・・・」
 火村はつり革に掴まっているが、生憎有栖が掴めるつり革は空いていなかった。
「掴まれるところが出来るまでこっちの腕にでも掴まってろよ。床に転がったら他人のフリをするぞ、俺は」
「一緒に転がってやるくらい言えんのか?」
「誰が言うんだ?そんな事。転がるなら勝手に転がれ」「・・・・ひどい・・サイテー」
「腕を貸してやっているのは誰かよく考えてから言えよ」「・・・感謝してます」
「よし」
 ボソボソとした会話に後ろのOLらしい女性が笑いを堪えているのが見えて、有栖は大人しく火村の腕を掴んだ。伝わってくるぬくもり。
『言わなあかん事はやっぱりちゃんと言わなあかんな』 なぜか先程の沢渡の言葉が頭に浮かぶ。
『隠してる事ほど、バレてまうもんなんかな』
 本当にそうなんだろうか。
 もしも・・・もしもそうだとしたら、そうなってしまったら、自分もまた、人に言われてしまうよりも自分で伝えた方が良かったと後悔をする日が来るのだろうか。
「!」
 再びガタンとバスが揺れて有栖は火村の腕を掴んでいた手に思わず力を入れてしまった。
 振り向いて小さく笑う顔。
 その顔が自分だけのものならいいのにと、馬鹿な事を考えて、有栖は歪んでしまっただろう顔をそっと俯かせた。



いよいよ、いよいよと言い続けてきましたが次回こそいよいよですー。
ただいま火村が切れなくて格闘中。早く切れて楽になれよ・・・ふっふっふっと言う次回。
それにしても今回の火村ってちょっとばかり偽善者?
さて、今回のオリキャラの沢渡君は皆様にはどう見られているんでしょうか。
なんかね、山男って聞くとどうしても「むっすめさんよっくきーけよ、山男にゃほぉれぇるなよぉ・・♪」
と言う歌が回るんですよね(;^^)ヘ..