単純な恋8.5

「・・・っ・・ちょっ・・やぁ・・!」
 すでに一度達かされた気怠い熱さの残る身体に再びはっきりとした意志を持って手を這わされて、有栖はたまらずに身体をよじった。
 けれど、そんなものは何の抵抗にもならないのだというように火村は有栖の胸に小さく音を立てて口づけた。
「・・・っ・」
 途端にビクリと震えた身体。
 そうしてそのまま火村は赤く跡の付いた肌の上をゆっくりと唇で辿る。
「・・あ・・やぁ・・」
 聞こえてくる、到底自分のものだとは信じられない、もとい、信じたくない甘い声に、有栖は思わず耳を塞ぎたくなってしまった。
 あの後、本気で玄関先でコトに及ぼうとした火村に有栖は真っ赤な顔で背中が痛いからここは止めてくれと懇願した。
 一瞬の間をおいて離れた身体。
 けれど、ホッとする間もなく、火村は有栖を抱え上げると勝手知ったる他人の家と言った様にズカズカと上がり込み、片手で寝室の扉を開けると、ポンと有栖をベットの上に放り投げてそのままのし掛かってきたのだった。
「・・・!火村・・嫌や・・そんなん・・あぁ!」
 肌を辿っていた唇に再び頭をもたげ始めていた熱を触れられて、有栖はたまらずに声を上げた。
 けれどそんな事は聞こえないとでも言うように火村はそれをいとも簡単に口に含んでしまう。
「やぁぁっ!・・ひむ・・そんなん・・いや」
 ピチャピチャと卑猥な音が聞こえるのが耐えきれないと有栖は思った。
「・・・ねが・・も・・」
 このままでは又一人で達ってしまう。
 火村は達っていないのだ。同じ男なのだから、火村の状態は想像できる。
「・・・達っていいよ・・」
「・・いや・・」
「このままじゃ辛いだろ?」
「そんなん・・同じや・・」
 うっすらと涙の浮かんだ赤い顔に火村は笑ってそこから離れると、伸び上がる様にして有栖に口づけてきた。
「・・・ん・・」
 少し苦みのある口づけに、次の瞬間、その原因に気付いて有栖はいたたまれない様な気分なった。
「・・・アリス」
 おずおずと伸ばした指に触れた火村の熱。
 ドクドクと脈打つそれに何故か泣きたくなって有栖は絡めた指でそれを扱いた。
 手の中で火村が大きく、硬くなってゆく。
「・・・もう・・いい・・」
「・・火村?」
「離せ・・」
「嫌や・・達ってええよ。俺・」
「違う、アリス」
「・・・・何・・?」
「お前の中で出したい。駄目か?」
 瞬間、有栖の顔がボッと火のついた様に真っ赤に染まった。
「・・駄目か?」
 耳を掠める深いバリトン。
 こんな時に、こんな声で、こんな事を言うのは反則だと有栖は思った。
「・・・・・お・・俺・・よぉ分からへん・・から・・」
「・・・安心しろ。俺も男は初めてだ」
「!!ち・・ちょっと・・安心て・・あ・アホ!!どこ触って・・っあ・やぁぁぁっ!!」
 とんでもないところにとんでもない温かな感触が触れてきて、有栖は思わずジタバタとベッドの上で暴れ出してしまった。
「こら、アリス。大人しくしてろよ」
「ぁ・ん!!どこ・・やめ・・嫌ゃ・・火村ぁ・・」
「・・頼むから大人しくしててくれ。傷つけたくないんだ」
「・・・そんなん・・っ・・言って・・ん・・も・もぅ・・助けて・・」
「アリス・・」
「あぁぁっ・・!」
 興奮したような火村の声に続いて、おそらく舌を這わされていたのだろうそこにズブリと指を差し入れられて有栖が引きつった声を上げる。
「・・ったい・・痛い・・って・・あ・あん・」
 ポロポロと生理的な涙が頬を伝って流れ落ちる。
「ん・・あ・・ん・・やぁぁぁ・・!」
「・・痛いか・・?」
「は・・あ・あ・あぁっ・!!」
「・・ここか・・?」
「やぁっ!・・怖い・・あ・・落ち・・る」
「・・アリス・・」
 いつの間か増やされた指が、体の中でうねうねと動いて、その度に広がってゆく得体の知れない熱さに有栖は泣いた。
「あ・あ・あぁ・・」
「もう・・いいか・・?」
 何が何だか分からないまま、けれど身体の中を駆け巡る熱をどうにかして欲しくて、有栖はガクガクと首を縦に振った。
「!・ああっ!」
 引き抜かれた指。
 ホッとして、けれど何かが物足りないと感じた瞬間、指とは比べものにならないものが有栖の中に入ってきた。
「やぁ・・あああぁぁ・!!」
 喉が引きつった。
 身体が耐えきれない痛みに震え出す。
「・・・いたい・・痛い・・あ・・死ぬ・・俺・・」
「・・・っ・・アリス・・」
「・・火村・・あ・・ひむ・・らぁ・・」
 目の前がチカチカする。
 息がうまくつけない。
「・・アリス・・」
 掠れた、名前を呼ぶその声にうまく開かない瞳を見開くと視界に映る苦しげな男の顔。
「・・・・・・」
 この痛みを与えているのは、確かに目の前の男だというのに苦しげなその表情が切なくて、かわいそうで、有栖は力の入らない手をそっと火村の頬に添えた。
「アリス・・?」
「・・・ええよ」
「・・・・アリス・・」
「も・・へいき・・やから・・動いて・・ええよ」
「・・・・・っ・・」
 聞こえてくる、押し殺した様な火村の声。
 そうして次の瞬間、一気に動き出した身体にアリスの悲鳴が上がる。
「ああぁぁっ!!っ・・あ・・・い・・」
「・・・アリス・・」
「ん・・っ・・あぁ・く・・・ん・・」
 熱くて、苦しくて、切なくて・・・けれど、どんなものでも火村が与えるものならば自分はきっと何でも許してしまえるのだと、有栖は朦朧とし出した頭の中で埒もなくそんな事を思っていた。
 絶え間なく漏れ落ちる喘ぎ声。
 それをどこか遠くに聞きなが、有栖は再び相馬の言葉を思い出していた。
『単純な恋がしたいですね。好きだから、好きだと言える単純な恋がしたい。そう思いませんか?』
(ああ・・そうやね。相馬さん。そんな恋がしたい。そんな当たり前の事が分からなかった・・・)
「あ・はぁ・・ひむ・・っ・・ひむらぁ・・」
「アリス・・」
 色を変えて、幾度も呼ばれた自分の名前に有栖は涙でグショグショになった顔を火村に向けた。
「・・・好き・・や・・」
「!!」
「・・・好きや・・火村」
 ようやく口にした言葉だった。
「・・・す・・き・・っふ・っ!・・ああぁぁっ!!」
 その途端、大きく揺さぶられて有栖の口からひときわ大きな声が落ちた。
「・・・好きだ・・アリス・・」
 そうして遠くなる意識の中で火村の声を聞きながら、有栖はひどく幸せな気持ちを抱えたまま火村の熱を受け止めて自らも果てると、ゆっくりと意識を手放したのだった・・・・。