とある事件と記念日と   2



 天王寺警察署で顔馴染みの刑事に少しだけ注意をされたものの、無事(?)被害届を出して有栖は火村と一緒に警察を出た。
何となく保護者付き添いのようで恥ずかしいような気もしたが、一度火村に話をしていたので自分の中でも整理をして話すことができたような気がした。
「ありがとな」 
 車に乗り込んだ途端有栖が言った。
「どういたしまして。とりあえず付近のパトロールの回数を増やすようにはなりそうだったな」
「うん。これで彼女のストーカーがうまく消えてくれたらええんやけどな」
 そう言って有栖は車のエンジンをかけた。ゆっくりと走り出す車。
「彼女のストーカーなのかどうなのかもはっきりはしないけどな。何しろ彼女が『後をつけられているような気がする』っていうだけで彼女自身に何かが
あったり、ましてや姿を見たわけでも声をかけられたりしたわけでもない」
「それはそうやけど・・・。でも彼女はそんな嘘をついたりするような人間には見えへんよ。大体昨日も言うたけど俺にそんな嘘を言うても何の特にもな
らんやろう?」
「そうだな」
「そうや」
「だとすれば、本当に彼女をストーカーしている奴がいるか、さもなければ」
「さもなければ?」
 繰り返された言葉に火村は表情を変えないまま言葉をつづけた。
「他に誰かに見張られているような人間がいるのかもしれないし、本当にお前が狙われているのかもしれない」
「俺が!?なんでやねん!」
 思ってもいなかった言葉に有栖は思わず火村を見た。
「おい、危ねぇな!運転している時に素っ頓狂な声を出して振り向くんじゃねぇ!」
「せやって君が突拍子もない事を言い出すから」
「突拍子もない事を言い出すのはお前の得意技だろう?人に言われたくらいで驚くなよ。ほら、着くぞ」
「判ってるわ!っていうか俺の得意技ってなんや、俺は別に突拍子もない事を言うてるわけやないで」
「ああ、悪かった。とりあえず思いついた推理や言葉をどんどん口にしているんだった」
「………なんかそれじゃただのアホみたいやないか」
「そんな事は言ってないぜ?お前の推理で解決が導き出されたこともある」
「‥‥‥‥‥‥褒められてる気がせえへんわ。もうええ」
 少しだけ疲れたようにそう言って有栖は自宅マンションの地下駐車場に車を滑り込ませた。
「到着っと。お疲れ様でした。寄ってくやろ?」
 車を降りてエレベーターに向かおうとする有栖に火村が声をかける。
「アリス、外に出てエントランスから入ろう」
「なんで?」
「もしかしたら例の奴に遭遇するかもしれないだろう?」 
「・・・・ずっと見張ってるって?」
「ストーカ―行為をしたり一方的な恨みを持って人を傷つけようとする人間なら、普段を何をしているのかは判らないがその可能性は高いだろう?だから
お前も例の事件から籠っていたんだろうが」
「それはそうやけど・・・」
 珍しくはっきりとしない有栖に火村は片眉を器用に上げた。
「なんだ?囮になるみたいで怖いのか?」
「そりゃまったく怖くないわけやないけど」
「けど?」
「なんかこう君に話してみて、警察でも話して、どうも矛盾って言うか、納得できひんっちゅうか、いまいちしっくりこないような感覚があって・・・・。まあいいや
とりあえず行ってみよう」
「ナイフを持って切りつけてくる奴がいたら守ってやるよ」
「やめてくれ、これで君が刺されたら寝覚めが悪くて仕方がない」
「ひどいな、お前よりは数倍反射神経がいいと思っているんだが」
「うっさいわ!」
 『相変わらず』と言ったようなやりとりをしながらしながら二人は外に出た。
 良く晴れた土曜日の昼。普段外に出る事もそれほどないので、土曜日の昼ごろの人通りが普段はどれくらいなのか比較できるものはないが、まばらという
ような感じだった。もっとも一週間後に大型連休が控えているせいもあるのかもしれないが。
「特にはいないか……」
 それとなく周囲を眺めて火村が小さく口を開く。
「そう、みたいやな」
 答えながら、やはりホッとして有栖は火村と一緒にマンションのエントランスに入ろうとした。途端聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「こんにちは」
「!!」
 振り向くとそこには隣人の女性の姿があった。
「真野さん」
「こんにちは。良い天気ですね」
 にこやかな笑顔からは先日までのストーカーへの恐怖などは全く感じられない。
 これは一体どういうことなのか。自分がこもっている間に何かが大きく変わっていたのか。それともストーカーの狙いは彼女ではなく有栖自身に向けられた
ものだったのだろうか。
「あの……」
「はい?」
「………いきなりですが、例のはどうなりました?」
「例の……」
 有栖の言葉に彼女は一瞬考えるような顔をして、次にハッとしたような顔をして申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません!有栖川さんにはお知らせをしておくべきでした。気にしてくださっていて有難うございます。もう大丈夫なんです」
「大丈夫……ですか?」
 ぼんやりとしたような有栖に火村が横から口を挟む。
「それは犯人が判ったということですか?それともストーカー行為自体がなかったということですか?」
「え?あ、ご友人の方でしたね」
「ああ、すみません。私は少し警察の方にも関係がありまして、有栖川からもしかすると隣人の女性がストーカー行為にあっているのかもしれないと話を聞いたので。
実は有栖川も周囲をうろついているような人間を見たなんて言っていたのでね」
「お、おい火村」
「え?そうなんですか?有栖川さん」
 真野が驚いたような視線を有栖に向けた。
「あ、いや、そのまあ………」
「そうでしたか、それでご友人の方にまでお話をして気にかけていてくださったんですね。すみません。あのよろしければ家の方に。ここで立ち話もなんですし」
 彼女の言葉に「じゃあそうさせてもらおうか」と火村が口を開いた。
「……じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔させてください」
 そうして3人はエントランスに入った。


続く 3