Week 4

『一週間。一週間で答えを出して今後の対処を決めよう』
 もう何度も耳に甦った火村の言葉。
『何故お前は俺を誘ったのか。何故俺がお前の誘いに応じたのか。簡単だろう?』
 投げかけられた問いは3日経った今でも全くと言い切っていい程それを解く糸口さえ掴めずに有栖を悩ませていた。
 大体自分も、火村も“男”とどうにかなってしまうようなタイプではないのだ。女嫌いだ何だとからかう事があってもそれがイコール【ゲイ】にはならない。
 言いたくはないがお互いいい年なのだ。
 過去において火村のそばに女性の影があった事も知っているし、勿論有栖自身、女性と付き合いをした事だってある。
 それなのになぜ火村はいくら誘われたからと言って自分を抱く気になったのだろう。
 有栖にはそれがどうしても判らなかった。
 だからもしも(考えるのも嫌だが)もしも反対の立場だったらとも考えてみた。もっともそれは考え出した途端頭が拒否をして、有栖にとってはとても仮定の一つにもなりえそうもなかった。そうして有栖の思考は再び元に戻る。
 何故火村はそうしたのか。
「・・・・・酔ってたにしたって凶悪や」
 そう。誘った自分も自分だが、乗った火村も火村であるとしか言いようがない。
 けれどでも、それだけでは済まないのだ。
 確かに火村が言った通り「このままなかった事にしてくれ」と言ってしまうのは簡単だが、有栖が火村に抱かれた(らしい)と言う事実は無くなりはしないし、今後も火村との付き合いを続けていくのならば、それが二度と起きないという可能性は何処にもないのだ。
 有栖は再び酔って火村を誘ってしまうかもしれない。そして、火村はそれに応じてしまうかもしれない。
 それはあり得ない仮定ではない。
 ならばどうすればいいのか。
「・・・・二度と会わん方がええって言うんか?」
 ポツリと漏れ落ちた言葉。
 それはもうこの3日間の中で幾度も当たった答えだった。男と寝るなんてまっぴらだと思うならばその選択は当然で、いくら誘われたからと言って友人である男にてを出すと言うのは決して誉められる所業ではない。
 しかも火村はそれを悪びれもせずに今後をどうするか考えろ等と言ってきたのだ。
どう考えても、いくら自分が誘ったと言っても理不尽すぎる。
 けれどそう思っても【二度と会わない】という選択肢は有栖にとって納得のいくものにはなれなかった。
 男と寝たと言う事は十分すぎるほど大きな問題なのだが、それでもどこかで【そんな事くらいで今までの火村との関わりを断ち切ってしまっていいのか】と問い掛ける自分がいて、有栖自身どうしていいのか判らない。
 これがもしも他の人間に対してだったら絶対に【そんな事】には出来ない。多分、おそらく、3日前の時点で例え自分に非があったとしても殴りつけて、関係を容赦なく絶っているに違いないのだ。けれど火村にはそれが出来なかった。それどころかこの先をどうしたらいいのかそんな取り繕うような事を必死になって考えている。
「・・・アホか」
 思わず深い溜め息をついて有栖は座っていたソファの上にコロリと横になった。
 窓から見える綺麗な冬晴れの青い空。
 換気のために開けているそこから入る僅かな風は当たり前だがやはり冷たい。
 初めて火村と出会ったのは十数年前の春。
 そして初めて火村のフィールドを見たのは2年前のクリスマスの夜。
 もう何年も同じ時間を過ごしてきた。
 学生時代の友人は他にも沢山居たけれど、未だにこんな風に行き来があるというのは火村だけである。
 まして自分は火村のフィールドに参加をしたり、火村も又、有栖の仕事仲間とも面識がある。そんなプライベートにまで関わるような接し方をしているある人間は他にはいない。
 だからだろうか。
だから『寝た』と言われても【そんな事】になってしまうのだろうか。
 又そうなる可能性があるとしても関わりを切る気になれないのだろうか。そして・・・
 ぼんやりと窓越しの空をいつもとは違う視線で見つめたまま有栖は思う。
 そして、そんな気持ちがあったから、自分は火村を誘ってしまったのだろうか。
 一緒に寝て欲しい等と口にしてしまったのだろうか。
  自分では全く気付いていなかったが、自分は火村と友人以上の関係を求めていたのだろうか。
 大体それは一体自分の中のどこから出てきた感情なのだろうか。
 そして火村は・・・火村は有栖だから抱く事も嫌ではなかったと思ったのだろうか。
 それは何故なのだろう?
「知るか・・馬鹿野郎・・」
次々ととりとめもなく浮かぶ疑問に有栖はふてくされたようにそう呟いた。
 一週間と期限を区切った火村の顔は何処か楽しそうだったと有栖は今更ながらのように思う。
 もう自分の答えは出ていると火村は言っていた。
 彼は一体どういう答えを出したのだろう。
 自分は一体どうすればいいのだろう。
「・・・・・・」
 記憶が欲しかった。
 酔った自分は何を思い、何故そんな事を言ったのかどうしても思い出したい。
 火村に対して、長年の友人であるあの男に自分は抱かれたいなどと思う人間だったのだろうか?
「・・・・・考えられへん・・」 
 いつぞや火村の事を【変態性欲の権威】等とからかった事があったが、それどころではない。おかしいのは自分の方だと有栖はソファに顔を埋めた。
「どうしよう・・・」
 幾度考えても、どう考えても出ない答え。
 自分はどうしたいのか。
 そして火村はどうするつもりなのか。
「・・自分の事も判らんのに君の事が判るわけないやろ」
 3日前から全く進歩のない言葉を口にして、有栖はソファの上にあったクッションを掴むと窓の方に向かってポイと放り投げた。 


ぐるぐるアリス(笑)ゴチャゴチャ悩んでるのって結構好きなんですよ(;^^)ヘ..