友情と愛情の境で 2


 ユラユラと立ち昇る紫煙。 
  窓の外は青空。
 それこそ絶好の花見日和だろう。
 下宿先からここに来るまでも数え切れないほどの観光客を目にした。もっとも大学の目の前が御所という観光スポットなのだし
それこそこの街自体が有名な観光地なのだから仕方がない。
『好きだ』
 一世一代の…と思える告白劇からもう3ヶ月が経とうとしていた。
 待つと言ったものの、相手から何のリアクションもないというのは中々厳しい。
 あの後しばらくはどうしていいのか判らないように何となくギクシャクしていた有栖の姿を、ある程度予測はしていたのだけれど、
待つと言ったのだからと平静を振舞っていたら、いつの間にか元通りになっていた。
 まるで火村が言ったことなど夢だったのかもしれないという様子だ。
「……待つとは言ったが忘れてくれとは言った覚えはないんだがな」
 ポツリとそう呟いて火村は短くなったキャメルを灰皿の上で揉み消した。
 溜息とともに吐き出された白い煙。
 夕べもそうだ。 花見をしようと呼び出されて出かけていった火村を待っていたのは、今までとあまりに変わらない有栖だった。
 もっともそんな有栖を好きになったのだから、それはそれで仕方がない。それでも…。
「警戒心がなさ過ぎるだろう?」
 酔わないと言ったのにしっかりと酔っ払って、仮にも自分を好きだと言った男にしがみついてくる……

『酔ってへん!』
『どう見たって酔ってるだろ。約束違反だ』
『え〜酔ってへんもん。まだ飲めるし』
『飲まないでいいから歩け』
『え〜〜つまらん。あ、そうや!もいっかいさっきの桜見に行こ!違う桜でもええけど。もしかしたら一気に満開になってるかもしれへん』
『ありえねぇよ』
『そんなん見てみなかったら判らんやろ?な、火村行こう!』
『俺は明日も仕事なんだ』
『え?そうなん?』
『電話でも言ったと思うがな』
『え〜初めて聞くわ。そうか〜〜なら君の為に帰ってやる』
『ありがたくて涙が出そうだよ』
『そうやろ?な?そうやねん。君の為に』
『おい!言ってるそばからそっちじゃない!おいてくぞ』
『う?』
『う、じゃねぇ!ったく…』
『えへへへ』
『笑ってごまかすなよ。この貸しは高いぞ』
『冷たい〜、火村が冷たい〜』
『ふざけるな。おい!しがみついたら歩けないだろうが!』
『だって置いていくって言うんやもん』
『お前は子供か……』
『これなら置いていけへんやろ?』
『……判ったよ。置いていかないから離せ。歩けなかったらお前も俺も帰れないんだぜ?』
『よし』
 満足げにそう言ってフワリと笑った顔……

 今でも簡単に思い出せる背中に抱きついてきた、アルコールで火照っているらしい熱いぬくもり。
 それがどんなに酷なことなのか多分有栖は判らないのだ。
 好きだと言ったその言葉の後ろに火村がどんな欲望をだいているのか、きっとこれっぽっちも判っていない。
 彼はきっと好きだと言ったその言葉のまま受け止めて、そのままにしているのだ。
「いっそ犯してやろうか…」
 物騒なことを口にしながら火村は新しいキャメルを取り出して火を点けた。
 再び立ち昇った紫煙。
「……やっぱり無理だったかな」
 らしくもない自嘲的な言葉を呟いて火村は窓から差し込む眩しい午後の光に目を眇めた。
 そして……。 コンコンと聞こえてきたノックの音。
「はい」 
 春休みの現在、学生がこの研究室を訪ねてくることは少ない。
「ちょっとよろしいかな」
「島田教授!」
「ああ、そのままで結構」
「すみません。こちらからお伺いせずに」
 ニコニコと笑う老人に火村はそう言って頭を下げた。


春の嵐の予感(笑)