友情と愛情の境で 3


「あだだだだ…う〜〜」
 窓から差し込む朝の…もとい、午後の光。
「う〜…久しぶりに飲みすぎた」
 グラグラとする頭を抱えながら有栖は部屋の中を見回した。
「…出かけたんか…。ほんまに忙しいんやな」
 春休みだから大丈夫だろうと脱稿明けの嬉しさに気軽に呼び出してしまったものの、相手は大学の准教授だ。
 新年度の準備で色々と忙しいことなど判っていたはずだ。
「……花見で浮かれとる場合やなかったな」
 ついつい呼び出して付き合わせてしまうが、火村が有栖のその呼び出しにNOを出すことは今までもほとんど無かった。
 なんだかんだと言いながら、火村は昔からイベント好きの有栖に付き合っていた。
 それはやっぱり、彼が言った『好きだ』という感情が根底にあるからなのだろうか。
「……10年以上なんて…ほんまに…なんで気づけへんかったんやろ…」
 ぼんやりと布団の上に上半身だけを起こしたまま有栖はポツリとそう呟いた。
 十年間。それは決して短い時間ではない。その間、あの男はずっと有栖のことが好きだった。
「…あかん…眩暈してきた…」
 パタンと布団の上に倒れて有栖はグラグラと揺れる頭に顔を顰めた。
 うっすらと思い出す夕べのこと。連れて行ってもらったおばんざい屋メニューはどれもこれも美味しくて、食べて、飲んで、酔わないと言った言葉などどこへやら
すっかり出来上がってしまった自分。勿論全てのことをすっきり、すっかり覚えているとはいかないけれどそれでも路上で火村を呆れさせたような記憶は何となく
残っている。

 『あ、そうや!もいっかいさっきの桜見に行こ!違う桜でもええけど。もしかしたら一気に満開になってるかもしれへん』
 『ありえねぇよ』
 『そんなん見てみなかったら判らんやろ?な、火村行こう!』

「うううう…完璧酔っ払いや…」
 その後火村に支えられるように帰ってきて…布団を敷いて貰ったような気がするが、いつそこに寝たのかは謎だ。
「……怒ったかもしれへんなぁ」
 いくら好きだと思っている相手でも人間限界はある。
 でも、昨日のようなことを有栖は過去にも懲りずにやっているのだ。それでも好きだと言ったのだから案外火村と言う男は忍耐強くて、ちょっと変わった嗜好の持ち主
なのかもしれない。
「…そんなん言ったらど突かれるな」
 ブツブツとそう言いながら有栖は再びゆっくりと身体を起こした。
そうして這うようにしながら冷蔵庫に近づき中からお茶のペットボトルを取り出す。1.8リットルのそれにこのまま口をつけて飲んだらまずいだろう。
 だが、コップを取るのが面倒で一瞬だけ考えて、有栖はそのまま口をつけた。喉を落ちていく冷たい液体。口をつけてみてこんなにも喉が渇いていたのかと驚くほど飲むと
ハァと大きな息をついて口を離す。
「…ああ、生き返った気がする」
 まだ頭の痛みは取れないが、それでもはっきりした気がした。「さてと…どないするかな」
 さすがに夜になるだろう火村が帰ってくるまでこの部屋でグダグダとしているのは憚られた。
 聞いてはいなかったが、彼は明日も出勤をするかもしれない。それにこの状態で今晩も酒を飲むという気には有栖自身到底なれそうもない。だとすれば…。
「帰るかな…」 部屋の中に思いがけず小さな声が零れ落ちた。 そんな弱々しい声に自分で驚いて、有栖はクスリと苦笑を漏らす。
 帰るにしても何にしても、とりあえず昨日は悪かったと火村の研究室には顔を出していこう。このまま帰ってしまうというのはいくらなんでもあんまりだろう。
 研究室にきた有栖に火村はなんていうだろう。起きられたのかとでも言うだろうか。
 少し皮肉げにそんな事を言われたら、昨日はすまなかったと、また連絡をすると言ってみよう。
「よし。そうと決まれば、布団くらいはたたんでと」
 そう言って有栖はペットボトルを台所の床の上に置くと再び這うようにして布団まで戻った。そうして多少頼りない様子で布団をたたみ始めた。
 そう。連絡をする必然性はあるのだ。
 あと半月ほどで火村の誕生日が来る。さらにその後には有栖自身の誕生日も来るのだ。
 いつからかどちらかの誕生日には一緒にいるようになった。今年はどちらの誕生日に何をしようか。
 そう考えて有栖は布団をたたんでいた手を止めた。
「誕生日か…」
 その頃までにはさすがに答えを出さなければならないだろう。何も言わない火村に甘えている自覚は有栖自身にもあるのだ。
 本当に火村のことは好きだと思う。他の人間と比べたら特別に好きだと思っている。それでも恋愛の対象というのが判らない。
 君と同じように自分も恋愛として好きだと思える。もしもそんな風に答えたならばあの男はどうするのだろう。
「…恋愛としてってやっぱり…えっと…そうなんかな」
 YESと答えたら自分は火村と女性たちとがするようなそんなこともするのだろうか。それともそんな風に考える有栖がおかしくて、火村は気持ちを受け止めて欲しいという
だけなのだろうか。
「…好き…か…」
 友情と愛情の境目は一体どこにあるのだろう。そんな青臭いことを考えながら有栖はゆっくりと立ち上がり、自分専用となっているような客用の布団を抱え上げた。


回り始めてま〜す。