友情と愛情の境で 9


「…君は…その…俺とそう言うことがしたいんか?」
 今度は火村が驚く番になった。
「…アリス?」
「あ…えっと…せやから…その…」
 34にもなって何をしているのか。だが、その相手が長年の親友である男なのだからこのみっともなさも許してほしい。
「…欲しいとは思っている」
「…そうか」
「でも、別にそれだけなわけじゃない。俺は」
「また待つ?」
「……」
「俺が…その気になるまで?」
「…できれば早目が嬉しいけどな」
 珍しく神妙な顔をする火村に有栖は思わず吹き出してしまった。
「おい!ここは笑うところじゃないだろう?」
「だって君の顔に『困る』って書いてあったから」
「勝手に書くな」
「俺が書いたんやないで。心の目で見えたんや」
「…そうかよ」
 ムッとして火村は先ほど取り出したままのキャメルを口に咥えた。その横顔を見つめたまま、有栖はゆっくりと口を開いた。
「……して…みるか?」
「……」
 ポロリと煙草が落ちた。
「あ、いや、えっと、何か勢いってあるやろ?やっぱり。後になると何か色々考えそうな気がするし……ああ、でもやっぱりなし!聞かなかったことに」
「出来るか馬鹿!」
 言うが早いか火村は身体を抱き寄せた。
「ひ…ひむら」
「まさか真昼間から誘われるとは思ってもみなかったな」
「誘うって…」
「理性なんかほんとはここに来た時点で半分以上なくなっているんだよ」
「……」
「アリス…」
「…っ…」
 耳元で呼ばれた名前にザワリと肌があわ立った。
「出来るところまででいい。嫌なら言えよ」
 言いながらも抱きしめている腕は外れない。
「や…止めれるんか?」
「それは神のみぞ知るってヤツだな」
 無心論者の男が口にした神。
「…あほ…」
 そうして赤い顔のまま、有栖は火村と一緒に寝室への扉を開けた。





「…あ…や…ぁ…」
 漏れ落ちる甘い声。
 およそ自分のものとは信じられない声が響く中で、信じられないところに触れる指や唇に、有栖はすでに泣き出しそうになっていた。
「も…や…!ああ…触ったら…あか…」
「触らなかったら何も出来ないだろう?イキたいならイッていいぜ」
「そん…あ…あぁあ!」
 ひときわ高く上がった声とビクリと震えた身体。すでに二度目の絶頂を迎えて有栖は忙しない息をする。
「…気持ち良かった?」
「!…あほ…変態…そんなん聞くのはオヤジの証拠や!」
「…まだまだ元気そうだな。続けるぜ?」
「!!あ…んん…」
言うが早いか唇を奪われて有栖は苦しげに眉を寄せた。そうしてそのままイッたばかりのそれに長い指を絡める。
「ふ…あ…も…や…っ…」
 感じすぎて苦しいと言うことを有栖は初めて知った。
「も…触…ら…あかん…てば…」
「でも感じてるぜ?ほら」
「言う…な!…あんん!苦し…」
「ここも硬くなってる」
「!やぁ…!!」
 先ほど吸われて赤くなってしまった胸の突起を再び口に含まれて有栖は身体を仰け反らせた。
「あ…は…も…お願い…やから」
「…可愛いな…アリス」
「あん…嫌やて言うたら…やめる…んん…!…って言う…た…」
「神のみぞ知るって言っただろう。大体この状態で止められるか」
「そん…な…」
 確かにそれは同じ男として判る。
 有栖は二度もイッているが、火村はまだなのだ。勿論火村が感じていないわけではなく、当たるそれは見なくても判るほど大きく硬くなっている。
「……なら…俺も…する…」
「アリス?」
「イッてへんやろ?その…俺…触る…から…」
 口にしている言葉がどれほど直接的な言葉か、有栖にも判っていた。
「大歓迎だな」
「アホ!…ちょっと起こして…」
「このままでいい」
「だって…」
「手、貸せよ。ここだ」
「…ん…」
 導かれるようにして触れた熱に有栖は思わず手を引っ込めてしまった。
「…おい」
「あ…ごめ…えっと…」
「無理なら止めろよ」
「……大丈夫…だと思う」
 当たり前だが、今までの人生の中で自分以外の男のものを触ったのは初めてだ。しかも勃起をしている他人のそれなど、見るのだって無修正のビデオで
チラリと映ったものくらいだろう。
「…っ…」
「…痛いか?」
「…痛かねぇよ」
「…か…感じてる?」
「見りゃ判るだろう?…う…」
「……」
「アリス…」
「…うん…」
「いやらしい顔してる」
「…あほぅ、お互い様や」
「…っく…」
「…気持ちええ?」
「…そういうことを聞くのはオヤジなんだろう?」
「……」
 先ほど有栖自身が言った言葉で揶揄られて、有栖は黙り込んだまま滑っているそれを更に扱いた。すると手の中でまた少し火村の熱が大きくなる。
 思ったよりは嫌悪感はなかった。
 それに驚きながら有栖は、やっぱりこの男が好きなんだなと考える。
 気持ちよくなってほしい。自分の手の中でイッてしまえばいい。
 相手を支配している。そんなわけの判らない優越感。
「は…っ…」
「イッてええよ…火村…」
「…く…」
 何だか夢の中のことのように有栖はうっとりをそう呟いた。だが…。
「…も…いい」
「…え…?」
「離せ」
「なんで?気持ちよくなかったんか?」
 火村も感じているように見えたのに違ったのだろうか。他人のそれなど触ったこともないから、どこかおかしくしてしまったのだろうか。
「ばか…気持ちよすぎだ」
 それならどうして止めたのか。そんな有栖の言葉にならない問いに火村はどこか辛そうに口を開いた。
「…入れたい」
「え…?」
「無理ならほんとに諦める。でも欲しい」
「え…だって…え…?」
「…ここだ」
「うわ!!」
 不意に触れられたそこに有栖は思わず声を上げてしまった。
「…色気ないな」
「あ…あほ!いきなり…そんなとこ…。え…?」
 だがその次の瞬間有栖は思わず固まってしまった。
「そこに入れるんだ」
「……嘘…」
 いや何となく知識としては知っていたのだけれどそれが自分のこととなると、思考が追いついてこないのだ。
「じゃない。そこしかないだろう?」
「…だだだだってそんなとこ…」
「大丈夫だ。俺のをいじっていて感じてただろう?また勃ってきてる。さっきイッたので少し濡れているし」
「…でも…む…無理やろ」
「無理なら止める」
「だって君そんなこと言うてさっきも」
「本当に無理なら止める。傷つけたいわけじゃない。でも…欲しい」
「……」
「欲しいんだ、アリス」
 何だかものすごく性悪な男に捕まった女の気持ちが判るような気がした。
 まずいだろうとか、やばいだろうとか思っていても引き返せない。
「……い…痛くしたら許さんからな」
 赤い顔の有栖の言葉に火村はフワリを笑った。
「善処する」
 そう言って有栖の額に口付けを落とす。
「ん…んん…!」
 ゆっくりと後ろに触れた長い指。
「あ…」
「痛い?」
「……平気や」
「ならもう少し…」
 そこここに口付けを落としながら指がそこを撫でて、時折つつくようにして中を探る。
「あ…あ…」
「平気だろう?」
「…でも…あん…!」
「一本入った」
「言うな!」
「ゆっくり…な…」
「あふ…んん…!…なんか気持ち悪…」
「でも痛みはないだろう?」
「…うん」
「こんなことなら潤滑油を仕入れてくれば良かったな」
「あほ…ぅ…あ…あ…や…痛…」
「…我慢できない?」
「……出来る…」
「いい子だな」
「ああ…!気味の悪いこという…あ…は…あん!」
 言っているそばから中に潜り込んでいた指が抜き差しされるのが判った。
 ゆっくりと、確実に広げられていくそこに、信じられないことに有栖の中心が再び熱く勃ち上がって行く。
 クチュリと音が聞こえる。何処から聞こえてくるのかは考えるのも嫌だ。
「アリス…」
「…や…くるし…火村…あん!あ…あああ!!嫌やなにこれ…!!あんん!」
だが突然強烈な快感が押し寄せてきて、有栖は思わずシーズの上で身悶えた。
「やぁ…!!」
「お前のいいところだ。もういいか…」
「ああぁ!」
 引き抜かれた指。
 当てられた熱。
 そして…。
「ああ!」
「…っく…」
 焼かれてしまうと有栖は思った。
「力を抜け…」
「でき…あぁぁぁ!」
「アリス…」
「うぁ…ん…あ…あ…」
「もう少し…」
「う…ん…ふぅ…あ…あ…あ…」
 涙がこめかみの辺りを伝って流れ落ちた。
「…入ったぜ?」
「ひむ…らぁ……」
 伸ばした手に絡められた指。
 ゆっくりと揺さぶられる身体とキリもなく漏れ落ちる声。
 溶けてしまう。
 落ちていく。
 そんな感覚を抱いて…。
「あ…あ…あぁぁ!!」
「…くっ…!」
 有栖は意識を飛ばした。






 「俺の誕生日には絶対にフルコースを奢ってもらう!」
 目が覚めたら火村の誕生日は半分終っていた。
 どれくらいの時間火村とSEXをしていたのかは判らないが、とにかく約一日近く意識を飛ばしたまま眠っていたことになる。
(SEXで気を失って一昼夜寝てたっていうんわ、やっぱりあかんやろ…)
 しかもはじめてのSEXで、だ。
 更に付け加えてしまえば、痛みで意識を失ったわけではなく、感じすぎて追いつかなくなって気絶をした…のだと思うと。
(うううう…)
 けれどそれ以上に恥ずかしいのはドロドロになっていたはずなのに綺麗に整えられたベッドに寝かされていて、これまたベタベタだった筈の身体も綺麗に清められていて、
挙句に火村を受け入れた場所にはクスリが塗られていたと言うことだ。
 その間全く起きなかった自分にもムカつくが、どんな顔をしてそれだけの事をしたのかと、目の前の男にも腹が立つのだ。
 考えるだけで恥ずかしさでおかしくなりそうだ。もっとも、もっと恥ずかしいことをイタしてしまったのだけれど。
「判ったよ。店はどうするんだ?お前が予約するのか」
「全部セッティングしてくれなきゃ駄目」
「…文句は言うなよ」
「文句を言いたくなるようなとこにすんな」
「……OK」
 火村はそう言ってテーブルの上にオムライスの乗った皿を置いた。勿論これも有栖のリクエストである。
 誕生日の本人を顎で使っているというのもどうかと思うのだが、身体が動かないのだから仕方がない。実際ここに座っているだけでも辛いのだ。
「食べ終わったら風呂に入れてやる」
「!!」
 ニヤリと笑ったその言葉に有栖はブッと口に入れたオムライスを吹き出してしまった。
「…汚ねぇな」
「君がおかしなことを言うからやろ!」
「別に風呂に入るのはおかしなことじゃないだろう?安心しろよ。さすがの俺も2連チャンでやったりはしない」
「……もうええ。君、口開くな」
「ひどいな。成りたての恋人に向かって」
「だからそういうことを…」
 面白がられているのだと判っていても顔が赤くなる。
「それで判ったのか?」
「……何がやねん」
「友情と愛情の違い」
「……」
 その言葉に有栖は思わず眉を寄せてしまった。
「何だよその顔は。判らないなら」
「…十分判りました。あんなん好きでなかったらとても出来ひんわ。少なくとも俺はそうや」
「…へぇ…」
 有栖の言葉に火村は小さく目を見開いて、次に再びニヤリと笑った。
「……君、顔いやらしい」
「そりゃいやらしくもなるさ。じゃあまた今度。そうだな、お前の誕生日に奢ったフルコースのデザートと言うことで。その頃には傷も」
「!!!ほんまにもう口開くな、アホゥ!!!」
 春爛漫。 
  友情から愛情に。
 ようやく手に入れた恋人の、あの日に見た桜よりも、ずっとずっと赤く染まったその頬に、火村は幸せそうに口付けた。

                                                               了


お疲れ様でした。