haru
俺の人生においての衝撃ベスト3!

3位、参観日で、親父がクラスのいじめっ子をぶん殴ったとき。(小6)

2位、部活の監督と悟浄のお袋の不倫現場を目撃したとき。(高2)

1位、付き合ってた女が、俺以外の男の子供を妊娠してる事実を知ったとき。(中3)



1位が、今変動した。



「僕のプライドの高さを知ってるんだったら、喋らないでください」

 唇が離れた途端、膝から崩れ落ちそうになった。天蓬は無表情のまま、踵を返して給湯室から出て行ってしまった。
「ちょっと捲簾主任〜」
 驚愕と衝撃の余韻にすら浸る隙もなく、小林が現れた。
「まーった天蓬主任とやりあったんすかあ?今回、かなり激しかったみたいっすね〜。天蓬主任、噴火前の火山みてえな顔してましたよ」
どんな顔だ。
「僕し〜らないっとっ」
 俺も、し〜らないっとっ、ってなりたい。待て俺。逃避する前に考えろ。だけど、さっぱりわからん。今、この状況が。一体何だ、何なんだ、あれは。どう解釈せえっちゅうの。いや、解釈はできる。俺はアホだが、アホでもできる。咀嚼ができないだけだ。
「…捲簾主任〜?」
 数秒間固まっていた俺を、小林が不思議そうに覗き込んで来た。
「お前、田辺企画の常務が午前中に事務所来いっつってたの、聞いた?」
「あっ、やっべえ忘れてた!」
 小林は慌てて飲み掛けのコーヒーを流し台に置いたあと、駆け出して行った。事務のコの仕事増やすなっつーの。俺は小林のコーヒーカップを洗って乾燥機に放り込んだあと、デスクに戻った。
 やはり、天蓬の背中に視線が行く。どうしても行く。
「うす」
 そんなとき、目の前で赤い髪が揺れた。

…一難去って、また一難かよ。

「お前、朝のアレ何」
「デコピン」
「…もういい」
 天蓬の背中から、何故か目が離せない。
「で?何よ」
「は?打ち合わせに決まってんじゃん。富雄不動産の」
 天蓬って、猫背だなあ。
「…もしもーし?捲簾さーん?俺の声届いてますかー?」
 悟浄があからさまに大きな声を出し、俺の目の前で手をびらびらと振った。八戒の視線はそれで呼べたが、天蓬は相変わらず丸まった背中を見せているだけだった。
「…うっせえ、聞いてる。小坂夫妻のマイホームな、ああ、あれ完璧」
「おっ、やっぱり!?」
 …嬉しそうに言うな、嬉しそうに。八戒の仕事の腕くらい、俺だって認めてる。
「金子さんにアポとっといたから。午後ならいつでもあけてくれるってよ。お前行って来いよ」
「はあ?あんたの仕事じゃん。一緒に感性磨こうっつったでしょ」
「お前と仕事する気分じゃねえ」

 あ、しまった。思わず本音が出た。

「嘘、ワリ。行くか、何時にする?」
「…二秒」
「は?」
「あんたの本音の顔出た時間」
 悟浄の、こういうところが多分、俺が兄貴でいられない理由のひとつだ。
「一瞬仕事放棄しちまうとこだった。昼飯外で食うか。んで、そのまま直行」
 悟浄の赤い髪から、悟浄から、目を逸らして立ち上がった。
「どこ行くの」
「田辺企画」
「小林の仕事じゃん」
「部下の仕事は上司の仕事。終わったら電話すっから」
 ジャケットを羽織って、事務所を出ようとしたら、天蓬の背中がまた目に入った。逸らそうとしたら、あろうことに八戒と目が合った。
 心臓が、妙な動きを見せた。八戒と目が合ったまま、どうにもこうにも逸らせないというか、蛇に睨まれたカエル状態というか、とにかく形容し難い目で、八戒は俺を見ている。俺も多分、すごい目してんだろうな。
 わかってんだけど、離せない。
「あっ、捲簾主任!僕、行ってきます!」
 助かった。小林サンキュ。たまには役に立つなお前。
「俺も行く」
「え!?」
「遅刻してんだろ、既に。お前ひとりで行ったらポシャる可能性大アリ」
「うわ、僕、信用ねー!」
「うるせ、半人前。行くぞオラ」
「あっ、はい!ほんと、助かります!」
 ミスしたくせに何故か嬉しそうに小林は俺についてきた。俺は事務所から出る前、もう一度天蓬を見た。

 やっと、目が合った。


 …って、何ホッとしてんだよ俺。