act.17



 冬目前の日没直後、体の覚悟が出来ていないせいか凍えそうに寒い。おまけにまだ雨が止まない最悪の天候の中、正面から車が一台出てきた。
 金蝉と天蓬。
 議場はきっかり定刻閉会だ。職場で残務整理ともとれるが…車の中で密談か?
「…ごゆっくり」
 悟浄はオモチャのように見える車の屋根が敷地を出て行くのを2階から確かめて、カーテンをひいた。
 不思議なもので、金が欲しいだの恋をしたいだの思っている時に限って縁がなく、興味を無くした途端に空から降ってきたりする。興味津々に嗅ぎ回っていた頃は相手にされなかったのに、諦めて無関心になった途端、屋敷の人間関係に詳しくなった。だけど、あいつらの仲だけは分からない。長兄と三男。伯爵家の実質、No.1とNo.2。
 どっちにしろ金蝉が留守なのは有り難い。とりあえず今夜は捲簾を押さえておけば、三蔵をおとす時間はたっぷりある。難物なのは天蓬だ。腹心の天蓬が進言してくれないと金蝉は絶対止められない。もし天蓬が協力を拒んだら。
 悟浄は残り少ない箱を振って、煙草を1本抜き出した。
 …脅すしかないか。
 悟浄にとって天蓬は恩人だが、背に腹は替えられない。悟浄が伯爵の実子でないと知ったら、金蝉は絶対に天蓬を許さない。金蝉にはまだ三蔵がいる。天蓬の代わりがいる。第一秘書を解任し、後継者に三蔵を据えるはず。
 もっとも天蓬よりも自分と独角のほうが余程危険だから諸刃もいいところだ。平和的な協力を祈るしかない。
 天蓬は、いったい捲簾をどうしたいんだろう。
 今まで考えまいとしていたが、覚悟を決めた今なら心おきなく考えられる。捲簾なんか、もう葬ったも同じだろうか。もしくは逆だろうか。視界を塞いだぶん、声が、気配が、余計強くなるなんてことはないのか。
 悟浄は試しに瞼を閉じてみたが、ほんの数秒で驚いてぱちんと開けた。
 雨の匂いがあまりに濃くて。


「…なんなのよ」
 夕食を摂ろうと箸を構えていたところをノックも無しに自室に乱入され膳を引ったくられる、という暴挙に出られたわりには、捲簾は穏やかに返した。
「危険です」
「は?」
「危険、かもしれない」
 八戒は膳を抱えたまま扉まで後ずさり、並べられた料理をしげしげと眺めた。見た目に異常はない。当たり前だ。思わず引ったくったはいいが、見た目に分かるなら毒殺など不可能であって、異物の有無を確かめるには結局誰かが食べてみるしかない。
 …誰が?僕が?冗談じゃない。
「おーい。俺のメシ」
「…金蝉の毒味はいつも誰が?」
「…ああ」
 その一言で捲簾は、ようやく附に落ちたという顔で箸を放り出した。
「執事長。外では天蓬」
 天蓬。
「体張る気がねえなら返せ。腹減ってんだ」
「でも万が一」
「おまえは何か?俺に家でメシ食うなってか?」
 一瞬その辺の野良猫でも捕まえて毒味させようかと思ったが、八戒の真っ当な道徳心が歯止めをかける。
 捲簾はしばらく悩む八戒を面白そうに眺めていたが、やがて空腹で腹が立ってきたらしく、呼び鈴を掴んで乱暴に振った。妙におどおどと入ってきたメイドは、まず八戒をちらりと見てから捲簾に向かって頭を下げた。
「お呼びでしょうか」
「毒味しろ」
「は。…はい?」
「いい加減覚えろよ頭悪ぃな。二度言わせんな。これにな、毒が入ってるかもしれねえんだと。このままじゃ兄想いの弟がいつまでたっても食わせてくれねえからよ、一口ずつ食え。もし入ってたらおまえ死ぬけど別にいいよな」
「なっ」
 抗議しかけた八戒の声は、捲簾がいきなり彼女の口に自分の舌を突っ込んだ為に逆流して消えた。これまた常識的な背徳感から目をそらし、次に見た時には、メイドが捲簾から差し出された箸を受け取っているところだった。
 結果的に八戒は、彼女が料理に口をつけ、その後同じ箸で捲簾が夕食を平らげるのを呆然と眺めるしかなかった。
「…なんて男ですか」
「おまえ何の用よ」
 里芋の上で箸がブッツリと音を立てた。
「ボディーガードのつもりか?銃弾飛んできたらおまえ盾になんのか?できねんだろ?上のが俺を片付けようなんて今始まったことじゃねえよ、今更半端な真似すんな。目障りだ」
 捲簾は金蝉の名を出すのを実にさり気なく避けた。プレッシャーがかかってる証拠だ。
「そもそも奴が庶子贔屓の使用人巻き込んで、いつ食うかも分からねえ家の食事に盛ったりするか」
「それは僕も思いましたけど万が一」
「伯爵の周りには奴のために命張る連中がぎっしりいて、それでも勅撰だのライバル会社だの貴族制度廃止論者だの鎖国運動家だの金髪嫌いだのに日々命を狙われてんだ。そんな環境で平気な顔で生活してる化け物におまえ如きが相手になるか。おまえはおまえらしく自分のことだけ考えてろ。メイドのほうがよっぽど役に立つ」
 …人のために命を張る。考えられない。例え相手が花喃でも無理だ。
 八戒は、命がけで他人に尽くす人間が大嫌いだった。一見美しく思えるが、自分の人生を人に委ねるなんて生き方が手抜きだ。背負わされたほうの身にもなれ。世界は自分がいてこそのものだ。自分が認識できない世界など無いのと同じだ。その世界に誰が生き残ろうと意味がない。愛する人が生き残ったところで自分が触れられないなら、いないのと同じだ。
 つまり捲簾に何かあったら、他の誰でもない、自分の気分が悪いのだ。花喃や悟浄がこんな男のために悲しむかと思うと、もうどうしようもなく気分が悪い。だからこれは、捲簾の為ではなく自分のためだ。僕は自分のことだけ考える。
「ほら、とっとと出てけ。俺はこれからご褒美にあの女抱いてやんなきゃ」
「捲簾」
「なんだよ。やるとこが見てぇのか。それとも混ざるか?」
 だから貴方が嫌いだ。
 生きるのも死ぬのも天蓬のせいにするなんて。自分の人生を天蓬ひとりに任せるなんて。
 捲簾が爵位を継いだら天蓬は、捲簾のために毎日毒味をするんだろうか。それは気分がいいだろう。でもそのために命をかけてどうする。天蓬を苦しめたいなら生きて苦しめろ。
「邪魔にならないように見てますから、どうぞやってください」
「変態」
「貴方が言ったんじゃないですか!」
「おまえがいたって役に立たねえっつってるだろうが。実際役に立ってねえし」
「僕が貴方にまとわりついてるだけでもやりにくくはなるでしょう?金蝉を貴方から守る為でもあるんです。ご安心ください、命なんか賭けません。僕が危なくなったら逃げます」
「堂々と言われても」
「金蝉は別の班が何とかします。それまでご辛抱ください」
「…へぇ…別の班……」
 捲簾の相槌は呆れ果てて、ほとんどあくびのようだ。
「…もう何でもいいけど何でおまえだよ、気が重いな。どうせ悟浄と組んでんだろ?監視ならあいつでもいいじゃねえか」
 どうせ天蓬と似てるからだろう。
 それにしても悟浄を寄越さなくて本当に良かった。あれは平気で毒味する。


「なんだって?」
 三蔵に聞き返され、悟空は慌てて頭の中で、悟浄に教わった手順を復習した。これは言ってよかったよな。
「…悟浄が教えてくれた」
「悟浄が?俺の部屋を?…あいつ庶子のくせして妙に屋敷に詳しいな」
「で三蔵、お願いがあって来たんだけど」
「言ってみな」
 三蔵は無表情だが充分機嫌が良いと分かる態度で碗の中身を啜った。
 八戒言うところの「別の班」である悟空は、三蔵の自室に潜入するという快挙を成し遂げていた。部屋付きの使用人以外部屋に入れないのは、伯爵家の跡継(になる可能性のある者)が身を守るための基本的な習慣だ。が朝食会での事件の後、馬鹿正直に日が暮れるまで部屋に監禁された三蔵は、突然やってきた悟空を自分の心に忠実に歓迎してしまい、家を追い出されずに済んだことを喜んでしまい、「夕食を一緒に」との誘いを流れのままに了解してしまい、あまりのスムーズさに悟空本人が驚いた。
「俺、今日、金蝉に怒られたんだけど…」
「ありゃおまえが悪い。人のことには構うなと言ったろ。特に天蓬は駄目だ、俺までとばっちり食ったじゃねえか」
「じゃあ何で三蔵には構ってもいいの」
「…何が言いたい?」
 三蔵は碗の向こうから悟空を見た。
「あのな。まだ分かってねえみたいだが俺は寛大なんだ。五男だし受けた教育も緩い。おまえは知らねえだろうが、悟浄や八戒の下品極まりない言動を見てさえ俺は海のように寛大な心で銃殺を免除してやったんだ。感謝でむせび泣けってんだ」
「金蝉が死んだら三蔵は泣く?」
 三蔵は音を立てて碗を置いた。
「…二度言ったらおまえでも生きてここから出さねえぞ」
「嘘だ」
「…嘘だと思うなら言ってみろ」
「金蝉が死んだら三蔵は泣」
 廊下に控えていたメイドは直後に銃声を聞いたが、部屋に飛び込むのを必死で耐えた。三蔵が、食事が終わるまで部屋に入るなと言ったのだ。どんな理由があろうとも、短気な五男は命令に逆らったその日のうちに平気で暇を出す。
「…悟空。調子に乗りすぎじゃねえか?」
 セリフの途中で壁から、撃ち抜かれた気の毒な油彩画が落下して粉々に割れた。
「口にしていいことと悪いことの区別もつかねえか」
 口にしなかったからって無いことにはならない。見なかったからって、いないことにならないのと一緒だ。
「…三蔵にしか頼めない」
 うっかり声が震えかけた。まさか本当に発砲するとは。
「お願い。金蝉に言って。捲簾に手を出すなって頼んで」
「…手を出す?手を出すってどういう意味だ。頼まれたって出さねえだろ」
 どういう意味だってどういう意味だ。
「だから…つまり、捲簾を殺さないでって意味」
 三蔵は硝煙をぱたぱた払っていた手を、宙で止めた。突然ぶん殴られたような止め方だ。
 あ。
 悟空は瞬時に三蔵の驚愕を理解した。
 この人は、本当に、夢にも見たことがなかったんだ。伯爵家にいながら、本当に汚いことを知らずに来たんだ。
 悟空だってこの目で見るまで信じなかった。この家のすぐ近くに人の生き死にがあること。捲簾がしたこと、独角がしたこと、金蝉が多分してきたこと。天蓬のように見ないふりをしていたんじゃない。本当に知らなかったんだ。金蝉が三蔵だけには、知らせずに来たんだ。

 知らないほうがいいこともある。

 確かに知らないほうがいいこともある。知らないほうが平和に決まってる。三蔵に残酷なことをしてしまった。でも三蔵は嫡子だ。四兄弟のひとりだ。ひとりで知らないままでいるのはずるい。
「…殺すっておまえ…金蝉がそんなことする訳ねえだろ…いくら相手が…」
 たった今発砲した人間が何を言うかとも思うが、三蔵の呟きは途中から完全に独り言になった。
「……そりゃ…捲簾なら分からなくもねえが…いやそれにしたって穏やかじゃねえな、まさか四兄弟で…」
「そこは信じなくてもいいけど、とにかく金蝉と捲簾が大喧嘩しそうなんだよ。止めて欲しいんだ。お願い。お願いします」
 三蔵はしばらくぼんやりと悟空を見ていたが、溜息をついて髪を掻き上げた。
「…悪いが、金蝉が俺の言うこと聞くとは思えねえ。俺は天蓬と違って、まったく頼りにされてねえんだ」
「そうだろうけど」
 しまった。
「喧嘩売ってんのか!!!」
「だから!だから、ええと天蓬にも頼んで欲しいんだ。金蝉を説得してくれって」
「…俺が?天蓬に?言うのか?捲簾を助けろって金蝉に頼め、って?」
「そ、そう」
「まず第一にだな」
 その第一に、は“悟空の頼みを断る理由の第一”のはずだが、三蔵は枕をすっ飛ばした。
「第一に天蓬は金蝉の秘書だ。第二に天蓬は捲簾が死ねば喜ぶに決まってる。第三に俺は天蓬が苦手だ。第四に俺は捲簾が嫌いだ。第五にいったい俺に何の得があるんだ」
「お願い三蔵!何でもするから!」
「おまえの“何でもする”なんざ、こんな労働に釣り合わん」
 三蔵は銃を懐にしまうと、立ち上がってうろうろと部屋の中を歩き出した。体を動かさないと頭も動かない人間の典型だ。足下で床に散った破片が凄まじい音を立てたが、三蔵はまるで気にしない。
 しばらくそうした後に三蔵はようやく立ち止まり、くるりと悟空に向き直った。
「…課外だが、ひとつ教えようか悟空」
「…何?」
「人にモノを頼む時には、まずプラスを出す。きいてくれたらコレをあげるだの、コレをするだの、要するに餌だな。適当な餌がない時は逆を試す」
「逆って…マイナスってこと?」
「きいてくれなかったらこうしてやる!…これが交渉術というやつだ。やってみろ」
 自分を脅せと迫られたのは初めてだ。悟空はゆっくりと首を傾げ、そうして言った。
「きいてくれなかったら、家出する」


「酷い雨ですね」
 遂に沈黙に耐えかねて、運転手が呟いた。
 金蝉が反応しないので、天蓬は仕方なく「そうですね」と返事した。
 朝の出勤や登校時には運転手が5人待機するが、夜間は交代で2人。いつもの金蝉付きの運転手なら、こちらから声をかけない限り勝手に喋ったりしないのだが。
 天蓬が、彼は普段は誰の送迎担当だろうと考えていると、同時に金蝉が口を開いた。
「いつも誰の送迎やってる?」
「八戒様と悟浄様をお迎えに上がることもございますが、朝は大概、捲簾様です」
「道理で礼儀がなってねえ」
 運転手は泣きそうな顔をした。
「金蝉。こんな日に運転手を動揺させないでください」
「ああ、おまえを叱った訳じゃない。捲簾への苦情だ、気にするな」
「はい…」
 それでも車体は気持ち斜めに揺らいだ。
「捲簾は通勤途中、何してる」
「…これといって…あまりお喋りにはなりませんで、酔いやすい方なのでお止めしてるんですが、資料や手帳に目を通されたりですとか」
「手帳な…」
「…ところで金蝉様、適当に走れと仰いましたが、どのように適当に走れば」
 お抱え運転手は雇い人を速やかに目的地まで運ぶのが任務であって、夜、土砂降りの中を適当に走るなんて仕事は経験がないのだ。
「適当にどのようにもあるか。走りたいところを走れ。市外に出ても構わん、好きにしろ。俺らのことは忘れろ」
 運転手はまた泣きそうな顔をしたが、とりあえず通い慣れた捲簾の職場へ進路をとった。
「金蝉。何のつもりです」
 無駄の嫌いな金蝉が時間と燃料を無駄に使うのも異例なら、捲簾の話題を続けるのも異例だ。
「捲簾を処分しようと思うが、どう思う」
 金蝉は真っ直ぐ前を向いたままだ。
「…それは僕への質問ですか?」
「いや。おまえがどう思おうと関りないが、枕として言ってみた」
「貴方は枕の使い方がいつも間違ってます。この間も…」
「無駄口が多いな。何動揺してる」
 タイヤが激しく水を跳ね上げ、右にカーブを切った。結局慣れた道を辿り、捲簾の職場を抜けたところでターンして、八戒と悟浄の学校へ向かうらしい。
 捲簾の職場。巨大な墓石のようなビルの影が視界を過ぎり、天蓬は上着の胸の辺りを無意識に握った。
「このビルが嫌いか?」
「…いえ」
「今まであえて聞かなかったが確認しとく。おまえは奴が見えないだけで行動も存在も認識してるんだな。いなくなったらなったできちんと認識できるんだな?生きてりゃただの無視で済むが、死んだことを認識できねえと傍目に異常だ」
 返事はなかったが、金蝉は構わず続けた。
「庶子が騒ぐだろうが花喃も悟浄もじきに片付く。あとは片割れがいなきゃ何もできない八戒と子供ひとりだ、何も問題ない。妙な噂がたつような下手な方法もとらん。真っ当に葬って真っ当に葬式を出すからそこは安心し…おい顔色悪いぞ。酔ったか?」
「…雨が苦手なだけです」
「そうだったか?確かに喧しいな」
 夜。土砂降り。この場所。捲簾。
「あいつがいるうちはうっかりくたばりもできねえからな、これでようやく肩の荷が下りる。…おまえの為だ天蓬、分かってんだろうな。俺は何も喜んでやる訳じゃない。おまえらが昔、双子みたいにそっくりだったのが不思議だったが、今じゃあれも意味があったように思える。最初から家の為には片方しか選べない運命だったのかもしれん。俺も残念だ。奴は度胸もあるし成績優秀な秀才だ、充分に使える奴だった。…おまえさえいなきゃ」
 窓の外は中等部の校舎だ。金蝉が通い、その後、捲簾と天蓬が通った学校。
 …おまえさえいなければ?僕がいなければ捲簾もいなかった。意地だけで成績を跳ね上げ最後に首席を攫ったあの男はいなかった。
 金蝉が言うとおり、天蓬は見えないだけで、存在も行動も認識していた。圧倒的な存在感を誰よりも強く細かく認識し続けた。
 見たくなかったんじゃない。見えなくなっただけだ。あの夜を最後に見えなくなった。
 閉ざされた門の前を通過したあと、車は市街地を抜けた。眼下に雨で靄がかかった夜景が広がる。
「ああ、ここから夜景が見えるのか。綺麗だな」
 
 俺が死ぬかおまえが死ぬまで許さない。

 …見たくなかったんじゃない。
 土砂降りで、夜で、寒くて、泥と血と雨でぐちゃぐちゃになってそう言った時の捲簾が、大概の人間には手が届かない程の恋をわずか12歳でしていた火のようなあの男が、あんまり綺麗だったから。あんなものを見たから目が潰れた。
 罰だ。
 捲簾は分かっていない。何が自分を苦しめているのか分かっていない。辛いのは憎まれることじゃない。貴方が見えないことだ。貴方に張り付いている女が見えて貴方が見えないことだ。
 もう二度と見る資格がないと、あの目で責められる資格がないと、僕が僕に与えた罰だ。
「絶景を見ると、人ってのは死にたくなるらしいな」
 金蝉がぽつんと呟いた。
「…そうなんですか?」
「外国のどこぞに有名な滝があってな、あんまり綺麗なもんで、まったく死ぬ気がなかった奴が次々飛びこんじまうんだそうだ。人生最後の景色にしたくなるんだと」


 今、金蝉は天蓬の隣で、捲簾に見せる最後の景色を想像している。



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