「これはとっておきのラズベリーティーなの!手に入れるのにそれはもう苦労したの!何その不満そうな顔!」 「貴重だろうが何だろうが不味いもんは不味い」 悟浄はそれでも、注がれた一杯は飲み干した。 「もういいわよ。私だって貴方に飲ませる予定はなかったのよ」 規則正しい生活をモットーとしている花喃には、雨が降ろうが槍が降ろうがこの時間にお茶を嗜む習慣も、八戒と一局交える習慣も譲れない。今朝の悟空の反乱にも花喃は延々と怒っていたが、悟空にというより“食事の時間がずれた”ことが気に入らないのだ。どうせ自分を蚊帳の外に男どもが勝手にやっていることだ、巻き込まれてはたまらない。とチェス盤を抱えてやってきてみたら、勿論八戒は留守で、弟の部屋にはまったくお呼びでない悟浄が玄関を見張りつつ、悟空の帰りを待っていた。 あと四手でチェックよ、ポーカーもチェスも悟能より弱いのね、もしや頭の出来だけじゃなく体力も負けてるのかしら、だから捲簾の監視なんて役目をあの子に押しつけたのかしら、今の捲簾なら動きたくなったら悟能でもぶん殴るわよ、綺麗な顔に傷でも残ったらどう責任とってくれるのよ、貴方なら元々たいした顔じゃないんだし今更傷のふたつやみっつ増えたってどうってことないでしょう、今すぐあの子と代わって頂戴。 花喃の弾丸のような嫌味は止まらない。 「…よくもまぁずけずけと」 「あら?貴方の目も傷も見ないふりしたほうが良かったわけ?ていうかいつまで考えてんのよ、貴方は紳士的に勝とうとしすぎなのよ。キングよキング!なりふり構わずキングを狙うの!」 悟浄は頬杖をついたまま、ちらりと花喃を見た。 「せっかちだな。もっと駆け引き楽しめよ」 まるで子供を窘めるような言い草だ。花喃は一瞬たじろぎ、意味もなく座り直した。 「…悟能が相手なら楽しむわよ」 「なら何でふった」 ルークが大きく盤上を横切り、トンと花喃の陣地に進入した。 「何で駆け引きを楽しみも、なりふり構わず狙いもしなかった」 …ねえ悟浄、私も貴方に聞きたいことは山ほどあるのよ。何故独角は貴方を置いていったの。何故独角は住所不定なの。何故悟能を部屋に入れたの。私は嗜みとして我慢してあげてるのよ。お忘れかしら、私が姉だってこと。 花喃は口で問い詰める代わりに、ポーンをポーンではじき飛ばした。 「悟能は弱すぎるの。私といるとそうなるの」 「おまえ相手じゃ誰でもそうなるぜ。見ろ、この俺の弱さを」 悟浄がわざと負けていることは明白だったが花喃は気付かないふりをした。 「…そうね。弱いわね」 目が赤いんですね。 八戒は初対面で見たままのことを言った。 赤いのは血。色素が薄いから目の裏の血が透けて赤く見えんの。 悟浄が返した途端、八戒は悟浄と目を合わせられなくなった。八戒ひとりを責められない。親戚も学友も、何か見てはいけないものを見たように目を逸らせた。まともな人間は、不意に血を見るとそうなる。 だが花喃は平気で悟浄と額をくっつけて喋ったし、悟浄も八戒よりは花喃に先に懐いた。 「貴方を怖がるのは男だけよ。女は血なんか見慣れてるもの」 「ああ。道理でよく興奮される」 「思い上がるんじゃないわよ」 「三蔵なんか酷ぇよ。まだ俺と目を合わせねぇ」 「だからよ。最初から三蔵は違うって分かったわ」 悟浄は思わず宙で手を止めた。 「…何が?」 「三蔵だけは違うのよ。金蝉と天蓬、勿論捲簾も、貴方を見てもまったく平気だった。血を見慣れてたのよ」 …三蔵を巻き込んだのはまずかったか? 躊躇いがちにノックの音がして、悟空が顔を出した。その困ったような「何か悪いことをした」ような顔を見た途端、悟浄は駒を放り出して立ち上がった。 「悟空、ここ頼む!」 「あ、うん。え?」 再び対戦相手を失った花喃は憤懣やるかたないといった顔で悟浄を見送り、視線をそのまま悟空に移した。 「悟空!」 「はい!」 「チェスできる!?」 悟空はますます困った顔をした。 「できない」 その頃三蔵は天蓬の部屋の前にいた。 留守だし。 せっかく勇気出して来たのに。手を洗い顔を洗い歯を磨き、一張羅の上着を着て香水までふってきたのに。 三蔵が身支度を調える様子をぽかんと見ていた悟空に「もっとさり気ない香りのほうがいいか」と尋ねたら「もっとさり気なく行け」という意味の返事が戻ってきた。あんなに説明したのにまだ分からないのか。身内とはいえ、そして部屋が1階下とはいえ、爵位継承者のお住まいにお伺いするのだから立派に公式行事だ。 …何故俺は、あんな頑固で下品な庶民出のガキに引きずられてるんだろう。 俺に構ったから。俺に興味を持ったから。そんな経験がなかったから。 父親は長男の教育と浮気に忙しく、5番目になど構っていられなかった。母親の顔は覚えていない。 俺は誰かに構われたかったのか。悟空の言うことが本当だとしたら、俺は金蝉の何も知らなかったことになる。四兄弟でありながら弾かれた。何故俺にだけ黙ってた。今だってそうだ。出不精の天蓬が会食もない土砂降りの夜に、ひとりで外出なんてあり得ない。金蝉と一緒に決まってる。 「…帰ろう」 三蔵はひとりで呟いて踵を返し、階段の手すりに手をかけた。 悟空には急げと言われたが、いないものは仕方ない。天蓬の顔を見なくて済むなら見たくない。長年押さえ込んでは捲簾の存在に転嫁してきた僻みやっかみが、うっかり口から吹き出そうだ。 「帰んの?」 そういえば、こいつの部屋もこの階だった。 振り返る気はなかったが、返事がないとみるや捲簾は、もう階段を二、三段上がっていた三蔵の手首を掴んで引きずり下ろした。 「あっ…ぶねえな!汚ねぇ手で触んな!」 「そりゃ悪かった」 捲簾は一旦掌を離すと今度は襟首をひっつかみ、抗議の声が上がる前に三蔵を自分の部屋に放り込んだ。 一瞬部屋に天蓬がいたかと心臓が口から出るほど驚いたが、八戒だ。何でまた八戒がここにいる。その八戒も驚いたふうで捲簾に何やら言っているが、三蔵は体勢を立て直す前に後ろから両肩を掴まれ、あっという間に窓硝子に押しつけられた一連の早業で視界がぐるぐる回って聞き取るどころじゃなかった。気がついたら窓と捲簾に押さえ込まれて身動ぎもできない。 なんだこれは。なんなんだこれは。俺は何かしたのか?捲簾を怒らせるようなことを? 「…な…何」 怒鳴りたかったが声が掠れた。 「天蓬に用なら俺を通しな」 …1日でふたりも殺さないでしょう。 何かの例えだと聞き流していた天蓬のセリフが、肩の肉を突き破りそうな容赦ない力で急に現実味を帯びた。足下から寒気が這い上がる。 「ご帰還だぜ。ほら」 捲簾はすぐ耳元で囁いた。別に低音でもない、脅す調子でもない、どちらかといえば優しげだ。それだけに肩の激痛が耐え難い。押しつけられた窓の下には正面玄関の車寄せが見える。ちょうど車が一台、門扉を潜ってこちらへ戻ってくる。 金蝉と天蓬。やっぱりあいつらふたりして。 「…それが何」 「銃持ってるな」 「それが何!」 捲簾は両腕を三蔵の顔の両脇から延ばして窓を跳ね上げた。弾丸のような雨粒が、風と一緒に吹き込んでくる。 「撃て」 「あ!?」 「撃て。どっちに当たってもいい。撃たねえとこのまま噛み千切る」 今度は耳朶に激痛が走った。痛すぎて痛いんだか何だか分からない。ゆらりと涙で景色が揺れたがそれもあっという間に雨で流される。 何が、何が起こってんだ。俺にいったい何が。噛みやがった。これが人間のすることか。どういう生き物なんだ。俺は痛みに慣れてねえってのに。 「な、何を撃てって?俺に誰撃てって!?」 「あいつらふたりともだ。死んでもいい奴らだ。撃て」 八戒が何か言ってるが、雨と自分の脈が邪魔して捲簾の声以外聞き取れない。 「おまえは奴らに舐められた。ずーっと騙されてた。心当たりあるんだろ。まとめて片付けちまえ」 激痛と、オヤジに似た酷く心地いい声が、一緒くたに流れ込んで頭の中を掻き回す。 心当たり。…ある。金蝉は嘘をついた。何も起こってないと。おまえには関係ないと。俺に嘘をついた。 俺はあんただけだったのに、それを知ってるはずなのに、何もかも天蓬に譲って俺には何ひとつくれなかった。 「信用もされない、頼られもしない、おまえを認めてくれない兄貴なんかいらねえだろ。嫡子はひとりいりゃ用が足りる、おまえがそのひとりになれ。誰にもばれねえよ。俺が埋めてやる」 俺は天蓬にそんなに劣るのか?奴がどこに出しても恥ずかしくない黒髪だから?成績がいいから?年が上だから?実の兄を視界から消しちまえるほど冷たいから?だから? 「庶子連は皆おまえの味方になる。悟空と同じように」 …悟空と同じように。 「撃て、三蔵」 冷え切った体に捲簾の掌が熱い。 車が減速した。こっちへ向かってくる。もうすぐ、窓から一番近いところへ。 「撃て」 俺なら、充分狙える。 「悟浄!」 八戒が叫んだ。三蔵は突然我に返った。 「……嫌だ!」 耳元で舌打ちがしたと思ったら、懐に手が突っ込まれた。体の一部になっていた慣れた重みが攫われるのは、臓物を無遠慮に掴み出されるような気持ち悪さに似ていて、三蔵は思わず悲鳴を上げた。 「やめろ、触るな!それは俺の…」 「あーあ、俺、射撃に自信ねえんだよなぁ。うっかり当てちまうかも」 爆音と同時に、三蔵の体は後ろへ吹っ飛ばされた。 天井に当たった弾が照明を砕き、硝子の破片がきらきらと、砂のように降ってくる。 「何の真似だこの気違い!そんなに死にてぇのか!」 …悟浄。 三蔵はずるずるとその場にへたり込んだ。銃は部屋の隅まで飛ばされて、壁際の床で独楽のようにくるくる回っている。どうやら八戒と、飛び込んできた悟浄が捲簾を一気に後ろへ引き倒し、ついでに自分も引っ張られたらしい。 それにしても大事なあの銃を早く懐へしまいたいのだが、あそこまで這っていけるだろうか。 「…ぎゃーぎゃー騒ぐなよ、本気でやる訳ねえだろ。どうせ車、防弾だし」 「三蔵脅してる場合か、嫡子だぞ!?」 「先に巻き込んだのはてめぇらだろーが」 痛む右耳に触れると、手のひらにべっとり血が付いた。三蔵がまじまじと眺めていると、悟浄が慌てて寄ってきた。 「大丈夫か?」 間近で目があった途端、悟浄のほうからぱっと逸らせた。 「あ、悪い」 「いや。もういい」 三蔵は一張羅で掌を拭った。もういい。 「すいません三蔵、僕が不甲斐ないばかりに押さえきれず」 八戒まで傍までやってきて膝をついた。なんでおまえらが謝る。 「この人ちょっと頭おかしくなってますが、状況が状況で余裕ないだけなんです」 これでちょっとなのか。 「貴方に協力してくれなんてもう言えませんが、せめて、その…なんていうか…金蝉に積極的に死刑を勧めるのだけは」 「他に言いようはねえのか!」 「言いように構ってる場合ですか!」 揉める2人を尻目に、捲簾が床に血の混じった唾を吐いた。悟浄が引き倒しついでに一発入れたらしい。 …熱いなぁ庶子は。何だか羨ましい。 「三蔵に何ができんだよ、今までぬくぬく過保護にされてきて自分の頭で何も考えちゃいねえんだから。怒鳴りゃ我が儘が通るから勘違いしてやがんだ。庶子だから嫌い、伯爵だから偉い、懐いてきたから悟空は可愛い、馬鹿じゃねえの」 「捲簾、もう黙って」 「誰かが教えてやらなきゃ一生気付かねえだろうが。邪魔さえ入らなきゃこいつ、撃ってたぜ。俺がちょっとつついただけで簡単に引っ張られやがって、自分ってもんがねえから金蝉にも天蓬にも相手にされねえんだ。ちったぁ痛い目みていい加減に目ぇ覚ましやがれ!!」 三蔵が捲簾に何も言い返さないので、八戒は不安げに瞬きした。壁際から拾ってきた銃を悟浄が差し出し、三蔵はそれを受け取った。まだ微かに温かい。 震えが止まった膝を払って立ち上がり、三蔵はようやく真正面から捲簾と目を合わせた。 …捲簾の顔を、初めてまともに見た気がする。 やってることが無茶苦茶だから気づかなかったな。意外と綺麗な顔してるんじゃねえか。 「…なんだ、短気な坊やが反撃もなしか。つまんねぇな」 「何で俺にこんなこと教えた?」 捲簾はほんの僅かに、目の錯覚に思える程度に、微笑んだ。 「さあ。最後くらい兄貴らしいことしたかったんじゃねえの」 階下では、車が玄関の一歩手前で斜めに急停車していた。 「気にするな。防弾だ」 銃声に驚いてガタガタ震えていた運転手は、ミラー越しに金蝉と目があって、ようやく自分への言葉だと気が付いた。 気にするな? 「あの窓、捲簾の部屋だな」 「…三蔵の銃ですね」 「時間を掛けすぎた」 金蝉の声音はほとんど変わらないが、眉間に微かに皺が寄った。 煽ってきた。やるなら早くしろと。 おまえでも、ただ待ってるのは怖いか。それとも待ってる間にじたばた動きだした弟たちが心配か。上等だ。その優しさに免じてすぐに楽にしてやる。この降りじゃ明日も1日止みそうにない。おまえが雨が好きだといいんだが。 「降りろ天蓬。俺はまだ仕事がある」 金蝉はわざわざシートに手をついて身を乗り出し、天蓬の側のドアを開けた。 「まっすぐ部屋へ入れ。誰とも口をきくな。三蔵に余計なことは絶対に言うな。…いいな?」 最後に念押しするなんてことは、普段の金蝉には考えられないことだ。 「俺の言うこと、きけるな」 天蓬は頷いて、車を降りた。 玄関までは少し距離がある。雨に叩かれながら2階を見上げると、見ている前で窓がゆっくりと閉まった。 …どうやら貴方の命は明日までだ。 捲簾。貴方に会いたい。 今更貴方に言いたいことは何もない。言い訳もない。謝りもしない。僕は正しかった。貴方が間違ってた。貴方はメイドなどと恋に墜ちるべきではなかったし、僕に報告するべきでもなかったし、兄弟だろうが同性だろうが恋できるなんて余計なことを言うべきではなかった。最初から最後まで間違った。母親の体を割いて生まれたところから間違った。 言いたいことはないが、聞きたいことがある。どうしても聞きたいことが。 天蓬は水滴を払いながら正面階段を上がった。いるんじゃないかと思ったが、部屋の前に三蔵がいた。右手に銃を握ったままの仁王立ちだ。 「…三蔵。貴方、血が」 言った途端に金蝉に言われたことを思い出したがもう遅い。 「何でもねえ。捲簾に噛まれた」 「それは何でもなくないでしょう。手当を」 「金蝉を止めろ」 天蓬は周囲を見渡した。三蔵にここで喚かせる訳にはいかない。すぐに金蝉が来る。傍の階段をもうすぐ上がる。 「貴方とは話すなと、伯爵の命令です」 「もうおまえしかいない」 三蔵は喘ぐように呟いた。 「おまえは捲簾が消えれば肩の荷が下りるんだろうが、こっちはいきなり遺言聞かされて血の気がひいた。ここは俺の家だ。俺の家でこんなことは御免だ。少なくともこれ以上はもうごめんだ」 「黙りなさい」 三蔵はたちまち黙った。 「まだ何か騒ぎたいなら僕の部屋でなさい」 「駄目だ!おまえの部屋に入ったりしたらまた捲簾に噛まれる」 なんだそれは。 「ここで聞かせろ。おまえは金蝉のやることを黙って見てるのか。おまえには期待できねえと思っていいのか」 「伯爵は、僕が頼んだぐらいで一度決めたことをやめたりしません」 「頼んだことがあるような言い方だな」 天蓬は玄関にちらりと目をやってから、また三蔵に視線を戻した。 「金蝉は貴方を愛してます」 三蔵は握った銃を危うく手から落としかけて、宙で掴み直した。 「……何?」 「あの人は貴方に軽蔑されたくないんです。貴方には、部下ではなく弟でいて欲しいんです。貴方を秘書にしないのは、なったが最後伯爵の持ち物になって言いたいことも言えなくなるからです。誤解しないでください」 玄関が開いた。三蔵が振り返ったと同時に天蓬は脇を擦り抜け、するっと部屋に入ってしまった。 「あ!おい天蓬!誰もそんなこと聞いてねえ!返事」 鼻先で扉が閉まり、間髪入れず鍵がかかった。 「……の野郎」 三蔵は無駄と知りながら扉に一発拳を入れ、そのまま額をくっつけた。 何があっても動じない。顔にも出さない。分かってたじゃねえか。誰がどうなろうと、天蓬には何の変化もない。天蓬は何もしない。 「三蔵」 階段の途中で、金蝉が立ち止まってこっちを見ていた。 「どうかしたか?」 どうかしてることなんか見れば分かるだろうが。ずぶ濡れで血まみれだぞ。 「今夜は冷えるぞ。風邪ひかないように温かくして早く寝ろ」 それだけ言うと金蝉は、もう振り返りもせずに階段をすたすた上がっていく。 金蝉。優しくて厳しい、俺の兄貴。 「…捲簾を助けてくれ」 金蝉はぴたりと踊り場で足を止めた。振り向いた顔はいつものように穏やかだ。 「人聞きの悪いことを言うんじゃない」 そして何事もなかったように微笑んだ。 「おやすみ、三蔵」 …俺には何もできない。 頼んだことがあるような言い方。 確かに天蓬は昔、伯爵にモノを頼んだことがあった。 「外で言いふらされちゃまずいな」 メイドなど解雇されて終わりだと思っていたから、慌てた。 天蓬が彼女の命乞いをしたのは事実だが、必死で救おうとした訳でもなく実際に救えなかったのだから、言い訳にならない。彼女をクビにしただけでは捲簾が家を飛び出すだけなのもわかりきっていた。父親にはまだ次男の捲簾が必要だった。 「おまえは兄弟想いのいい子だな」 父親は天蓬の頭を撫でた。 「捲簾はおまえより感情的で、子供っぽいところがある。伯爵家に逆らうとどうなるか、賢いおまえがきちんと教えてやらないとな。これからもずっと」 もうすぐだ。 もうすぐ貴方に会える。 |