私生活
act2
「どうもごちそうさん、編集長」
「いいえ。悟浄、こないだは、ほんとにお疲れさまでした」
閉店時間に店を追い出されると、ふたりは路上で互いに頭を下げあった。
オフィス街の谷間にある居酒屋の周りは既に人影もまばらだ。
「コレ経費でおとすのかと思って、さんざ高い酒呑んじゃったよ。八戒のポケットマネーだったのか?」
「いいんですよ。貴方にはいつもお世話になってるし」
「かーわいいこと言っちゃって、またおだててこきつかおってんだから怖ーい編集長」
「またまた。頼られて結構嬉しいくせに」
なんだかんだで酔いがまわっていい気持ちの上司と部下は、今が夜中の1時であることにようやく気がついた。
「……終電逃した!」
「…ああ…全然気がつきませんでしたねえ」
飄々とした八戒の口調。
「…狙った?」
「何がです?」
「わざと終電逃した?」
「何でです?」
真正面から見つめられて、悟浄は昔の恋人から目をそらした。
…だよな。
自分にまだ未練が有るんじゃないかと一瞬、自惚れた。
悟浄の葛藤に気づかないふりで、八戒は涼しい顔で自分のシャツの胸ポケットをとんとんと叩いた。
「僕はタクシーチケットがありますんで?」
「ああっひでえ!」
給料日前の平社員が、県境ギリギリの我が家までタクシー代なんか使えるわけがない。
「途中まで乗っけろよ! そこから歩いて帰るから。おめえ、家、確か三茶…」
「…とっくに引っ越しましたよ」
気まずそうに唇を噛んだ悟浄を、八戒は自分も内心苦笑しながら見守った。
「2年も一緒に働いてて、僕が今、住んでるとこも知らなかったんですか」
貴方と住んでた町に、いつまでもひとりでいられるわけないじゃないですか。
「…わり。ほらっ俺、そーゆーの、疎いからよ」
「じゃあ、これも気がつかなかったんですか」
八戒は左手を無造作にひらひら振って見せた。街灯に反射して、薬指の……指輪。
「え? え? え!? 何…うそ、ちょっと見せ…」
「悟浄」
自分に向かって延ばされた腕を、八戒はあっさり振りはらった。
「気になります?」
「……なる」
2年間気がつかなかったくせに。
「今から会社で僕とやりませんか。そしたら教えてあげます」
「……は?」
「別により戻してくれっつってんじゃないですよ。貴方にだってイイ人いるんでしょう?」
終始笑顔だ。いくら目をこらしたところで、八戒の本音なんか読めるはずがない。今も昔も。
「…友情の延長ってことなら」
「お互い大人ですしねえ」
それにしたって。
悟浄はさっさと前を歩きだした八戒の背中に毒づいた。
何で会社だ。
「…おめえ、結構獣な」
耳元で囁くと、八戒の身体が吐息に反応してびくんっと揺れた。
自分のデスクに両手をついて、後ろから抱きしめた悟浄に自ら腰を押しつけるように喘ぐ八戒の、普段とのギャップが…なんというか、凄まじい。
「な、よくこうやって部下食っちゃうの?」
「…まさか…あっ……」
胸をゆるゆるなで回していた悟浄の大きな手が、準備はすんだとばかりにすとんと下に落ちてきた。指で布越しに輪郭をなぞって大きさを確かめる。
「あ………っ…あ…悟…」
「んー?何?」
予想外の乱れっぷりに、悟浄は苦笑まじりに返す。左の耳朶を舐ってやるとすぐさま反応して腕の中で身をくねらせる。
いつもきっちり上まで止めたシャツのボタンを、会社に入った途端「はずしてください」と照れもせずに言い放つ俺様ぶりは変わらないけど。
…いつの間に、誰のおかげでこんな感度良くなっちゃったワケ。
「もう教えろよ。な、ホントに結婚したの」
既に上体を支えきれず机に肘をついたかっこうで、八戒は切なそうに喘いだ。もう自分の快楽のことしか念頭にない。
「も……さわっ…てください…よ」
聞けよ人の話。
「さわってんじゃん、こんなに」
「……も…ちゃんと」
「だからさ、さっきボタンはずしてって言ったみたいにちゃんと言って。部下への指示は具体的にきちんといついつまでに」
「っ…直接…さわって……すぐ…」
「…はぁい」
ベルトを引き抜いて中に手を突っ込むと、じらされて限界まで立ち上がっていたものが悟浄の手を弾き返さんばかりの勢いで飛び出してきた。
「あらら…凄い元気」
ぐちゅっ。
握りしめると、先端に溜まっていた蜜が一気に根元まで滴りおちてくる。
「すげ…こんな多いの初めてみた」
悟浄の指が体液を掬い上げ、肉茎に絡めるように動くのを、八戒は熱っぽい目で見つめている。
「……そ、んな…サンプル多いんですか…?悟浄…」
「あったりまえでしょお? 経験積まずしてしてこんなことできないでしょ」
突然、腰が崩れるほどの快感が背筋を一気に駆け上がった。
「ああ…………ッ!!」
手淫だなんて信じられない。まるで充分濡れた女の中か、狭い口腔に奥まで強く吸い込まれたような壮絶な快感。
すぐさま一気に絶頂までいってしまいそうだった。
「おっと…大丈夫かよ」
ずるずると悟浄にもたれかかってきた八戒の身体を抱き留める。
「……力…」
「はいんねーの?」
素直に頷く八戒の顎を持ち上げて口づけた。最初のキス。
愛撫と同様、優しいようで思うように動いてくれない悟浄の舌を、八戒はもどかしそうに追いかける。
「んっ……ん!」
所在なさげだった八戒の手が、意を決したように悟浄の首に回された。
「悟…浄」
「んー? そろそろ教えてくれる気になった?」
「……好きです」
そろそろ入れてやりますか、なんて軽い気持ちで上体を抱き抱えていた悟浄は、思わず八戒の肩をひっつかんで正面からまじまじと見つめた。
「……今、何か言いました? 八戒さん」
「…好きですって言ったんですけど」
「嘘だろ!?」
「嘘ですよ。人がノッてるのにストップかけないでくださいよ」
八戒のクスクス笑いに、悟浄の頭に血が昇った。
この野郎。
「んじゃ、椅子に座って。その方がお互い楽でしょ」
八戒は大人しく肘付きの椅子に腰掛けた。
「足、開かないと」
さすがに躊躇したらしい八戒の膝の間に、悟浄は容赦なく割り込んだ。
「開けって」
両足を肩に掛けさせると、指で茎から後孔まで先走りの液が流れ落ちる。
「………んっ……」
「……ひくひくしてる」
笑いを含んだ声で悟浄は呟いて、後ろ手で机の引き出しを引っかき回した。
「…ちょっと悟浄、やです!」
「勘がいいねえ」
…長い付き合いだもんな。強張った八戒に構わず、悟浄は奥まで一気にソレを押し込んだ。
「いっ…!」
八戒の机のスティック糊。中の肉が異物を押し出そうとするのを、そのたびに押し込んで抉るようにかきまわす。
「ちょ、や…っ…!」
「よがってんじゃん」
体温で糊の表面が溶けだしたらしい。ぐちゃぐちゃした派手な水音がしきりにあがる。
「今日はこれで我慢してよ。太さ足んなかったら言って。追加オプションあるし」
カッターでもサインペンでも、ピンセットも。
「悟…浄……っ…なんで……なん………」
ちょっと可哀相か。
張りつめて脈打っている八戒自身に指を絡ませながら、悟浄は八戒の首筋に軽く噛みついた。もうじらさずに強弱をつけて扱き上げる。
「んっ……ん、あ…あ……!」
鬼畜で偏屈で計算高い編集長。
「おまえ、変わったよな」
掠れた声で呟く悟浄の声が、耳に入っているのかいないのか。
「俺も変わったのよ。分かるっしょ?」
もう前みたいに、一人に一筋ってわけにはいかねーのよ。
「悟……浄……っ…も…だめ…いっちゃいますっ…て!」
「いっちゃえ」
手の中で限界までと張りつめたそれの脈が速くなり、それ自体がびくん、と大きく跳ね上がる寸前、悟浄はするりと口に入れた。
同時に、押し込んでいた異物を引き抜いてやる。
前と後ろからの強烈な刺激。
「あ!」
喉の奥に勢いよく叩きつけられた精液を零さないように丁寧に、悟浄はゆっくりと飲み干した。射精の余韻でぼんやりしている八戒に見えるように、濡れた唇を舐めてみせる。
「……悟浄……」
「指輪のこと、まだ聞いてねえぞ」
ため息をついてするっと椅子から滑り降りた八戒は、肘にひっかかっていたシャツを肩まで引っ張り上げた。
「悟浄、ボタン留めてください」
「…おっめー最低だな。奴隷何匹飼ってんの?」
「人に留めてもらうの好きなんですよ。知ってるくせに」
どうしてこいつは、昔のことを思い出させよう出させようとするんだ。
悪態をつきながらも、八戒のシャツのボタンをひとつひとつ留めてやる。大丈夫、どこにも跡はついてない。
「悟浄、さっきの話ですけど」
「ん?…ああ。もういい。今日のはやったうちに入んねー。言いたくないなら聞かねえよ」
悟浄が煙草を一本吸い終わるまで、八戒はじっと考え込んでいた。
結婚してるかどうかなんて総務部に聞けばすぐ分かることだ。婚約指輪? にしても2年って長くないか。
そうだ。三蔵。
八戒と別れてから再会するまでの数年を丸ごと知ってるのは三蔵だけだ。今の会社に入るまでに2度転職している八戒。だが行く先々で、手がける雑誌の担当は常に三蔵だった。ないことではない。がよくあることでもない。
悟浄が勢いよく煙草を揉み消すのを、八戒はぼんやり眺めていた。
言いたくないなら聞かない。
やりたくないならやらない。
なんて冷たい人だろう。