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国体明徴と宗教革命 (1936年2月号)

 「国体明徴」問題は、岡田首相が二度までも声明書を発表したにも拘らず、未だ片付いた風もなく、又もち上らうとしてゐた間に、議会は解散となった。一たいこの問題は、いつになったら如何なる方法によって、解決のつくものであらうか。迫るものにも迫られるものにも、しっかりした見通しもつかず、確かな定案もなく、まるで盲目めっぽうの撲り合ひを見るが如きだから始末が悪い。
 それよりか遙か適切なことは、小・中学校の実際生活に於ける国体明徴の取扱ひ方の問題であらう。国史中の最大忠臣の一人としての和気清麿を、学校で教授するに当り、「宇佐八幡宮の神託を如何に取扱ってゐるであらうか」の疑問がそれである。
 宗教に対して無知識なる歴史家たちは、宗教的根底からでなければ、到底解すべからざる斯やうなる宗教問題を取扱ふに「触らぬ神に祟りなし」の回避的態度を以てし、従って不知不識の間に、当然の唯物論的解釈に陥り、国民をして事実の真相を見誤らしめ、半面を以て全体と解するに至らしめたのである。
 斯やうにして敢て事実の否定はしないでも、進んで肯定もせぬ不即不離の指導に従った学校教師は、やはり半信半疑の態度を以て、架空想像のお伽噺くらゐにしかして居ないではないかと思はれる。果して然らば、虚妄なる伝説の上に、歴史の事実を結び付けて国民の信念を確立せしめんとするもので、影響するところの甚大なる由々しき問題ではないか。こんな事で国体の観念の涵養が出来るであらうか。
 之はすべての学校に於ける現在最も適切なる実際問題であると思ふが、教育家諸君は如何に、かゝる活問題をこなしつゝ、その貴重なる職責を尽くしつゝあるであらうか、とは吾々が度々提出して解答を求め、研究を促したものであるが、未だ一人の異議を申込んだものもないのを甚だ心細く思ふところである。がしかし、之は思ふものに無理があるであらうか。
 単に想像のお伽噺くらゐに見過ごすならば、知らないだけのこと故まだ罪は浅いといってよいかも知れぬ。が、一歩進んで知った振りをなし、多少こぢ付けの解釈を下すものが、往々あるに至っては、戦慄に価するものがあって、とても傍観し能はざるものである。
 これは和気清麿が道鏡を折伏のために、宇佐八幡宮の神託にかこつけて、勝手な捏造をなしたと、まさか陽には言へまいが、陰にはさう思はしめるやうの取扱ひすることで、想像の伝説としてゞは満足が出来ない唯物論者には、考への持って行き所のない結果、自らここに陥るに至るといふのである。
 万が一にも斯様なことに解釈するものがあるとすれば、それこそ今時の考へを以て、政争の具に宇佐八幡宮の神託を供したとするもので、誠に戦慄すべき重大事でなければなるまい。もしかうなったら、単に史実を信ぜしめざるに留らず、また清麿の大誠忠を抹殺するが上、さらに好悪なる行為とさへも思はしめることに、論理の結果は到達せしめざるを保証し得ないことゝなるであらう。
 これは殊更に打ち明けて問ふものがなければこそ、あらはに言ふものもないので、一般の意識に上らないまでのことであるが、国史教授の徹底を止むことを得ないほどの純真教育者の偽らざる告白をさせるならば、勢ひ今のところ、そこまで陥らねば他に行き所がないといふのが、彼等の真率なる心情なるが故にかくは云ふのである。
 是は決して平凡なる歴史上の一小事ではない。天壌無窮の御神勅の現実なる証明となってこそ、初めて万邦無比なる日本国体の明徴の根拠が得られる。さもなければ肇国の御神勅でさへも、やはり非現実の一神話と見倣されるの危険がないと限るまい。然らば形式的に国体の明徴を何ほど繰り返した所で、徒労であることが解るでないか。
 国史教育をここまで徹底しなければ、国民教育の価値がないことが解ると共に、宗教革命にまで至らなければ、その徹底が期し難いことが明かとなったであらう。吾々が袖手傍観し能はぬ所以である。
 然らば各自の宗教革命を断行して最高宗教の信仰にまで達すればその辺の理解も出来るであらうか。吾々は出来ると断言し得る確信を持つ。ともかくも、宗教上の史実を宗教無視の唯物論的解説だけでは、断じて理解し得られぬといふことだけは、是非共明記しなければならぬ。

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