2005年2月22日(火)
*アマルフィ→ローマ *
今日はアマルフィを後にし、ローマに向う日です。
ホテルの皆ともお別れなので、朝食の後にドミニコさんと写真を撮りました。
ドミニコさんは出来た写真を送ってくれと言って
ホテルの住所を教えてくれました。
裕くんと一緒に手紙を書いて送りたいと思います。
そして8:00にホテル出発。
裕くんはバスの中でずっと痙攣していましたが、高速の事故渋滞を抜けた
10:00頃にやっと復活していました。バスはひたすら走り
13:00前に昼食のレストランに着きました。
そこは日本人をたくさん詰め込んだような所で
裕くんの車椅子はみんなが座る奥の席まで行けませんでした。
テーブルが邪魔して通れなかったのです。どうしようかと思っていると
男の人が2人やってきました。そしてなんと!
裕くんを車椅子ごと2人だけで高く持ち上げ、テーブルの上を通して
運んだのです。これには、私達もツアーの人たちもびっくり。
「おーー!」という声が上がっていました。
しかし一番びっくりしたのは裕くんだったのでしょう
いつもなら楽しくて大興奮なポイントなのに
運ばれた後うつむいてしょぼくれていました。
レストランを出るときも同様にしてくれ、その後は市内観光。
バスに乗り、コロッセオや真実の口などを横目に見ながら走りました。
そしてバスを降りてスペイン階段、トレビの泉を見て、三越に立ち寄り
今日から泊まるホテルへと向いました。今日はお別れの日でもあって
2日目から私達を乗せてバスを運転してくれたエンツォさんが
私達と一緒にいてくれるのも今日で最後なのです。
ホテルの前に着いた後、エンツォさんに頼んで一緒に写真を撮ってもらい
住所を教えてもらいました。手紙を書いて送ろうね。
ツアーの人にもバイバイされて、バスに乗り込んだエンツォさん。
しかし、裕くんと握手をするためにもう一度バスを降りてきて
くれました。裕くんの車椅子に「フェッラーリ」と命名してくれたり
車椅子のたたみ方を見て覚えようとしてくれたり
食事などであった時は「チャーオ」と言って来てくれたりと
とても思い出がたくさん出来ました。
出会いがあれば別れもあるのだけど、ちょっとさみしいお別れでした。
ホテルに入ると、さすが5つ星、とてもきれい。
バスローブまであって私は大興奮でした。
夕飯は、ホテルを出てしばらくお店を探し、やっとみつかった
バールに入りました。その後は4人で部屋で喋り、眠りにつきました。