haru
 八戒にしてみりゃ、俺はとてつもなく邪魔者だ。

 それなのにこの男ときたら、嫌な顔ひとつしない。俺を睨んだりもしない。楽しそうに笑いながら、鍋の具を天蓬の皿に注いでやっている。甲斐甲斐しい。
 天蓬は、どこが気に入らないんだろう。まあ確かに、腹の底はさっぱり読めない男だし、笑顔の下で何考えてんのかわかんねえのは事実だけど、何となく。
 何となく、不器用なだけのような気もするわけで。


 鍋を一通りつついた後、仕事が残ってるからと言って、天蓬と八戒を残して帰宅した。天蓬に睨まれたが、そこは許してほしい。俺は、馬に蹴られて死にたくなんかない。
 マンションに帰ると、鍵が開いていた。


 …悟浄の野郎。

 会いたくない、話したくない、顔を見たくないのは俺だけだ。いつも、俺だけ。別にどうでもいい。下手に気を使われるほうが面倒だ。
 悟浄はリビングのソファに寝転がって、ビール片手にエッチな深夜番組を見ていた。
「自分ちで見ろボケ」
「あ、おっかえりー」
 こいつまた酔ってやがる。
「おっかえりー、じゃねえよ。しかも何勝手に人んちの」
 ビール呑んでんだよ、まで言わずに、悟浄の右手からエビスを取り上げて一気呑みした。悟浄はきょとん、とした顔をしたあとすぐ笑った。罪のねえ顔しやがって。
「何、ヤなコトでもあったわけ」
「何がよ」
「いや、いきなりイッキだから」
「知ってんだろ、今まで天蓬と八戒に挟まれギューギュー言ってたことくれえ」
 また悟浄は、罪のねえ笑顔を見せた。憎たらしい。
「お前も来りゃ良かったのに」
「ヤダよ」
「何でよ」
「天蓬のこと俺、あんま好きじゃねえの」
 何でもないことみたいに、悟浄はあっさり言った。
「何でよ」
 さっきと同じ台詞を繰り返してみた。悟浄は、呆れたような顔をして首を軽く振った。
 赤い髪が目の前で揺れた。妙に落ち着かなくなった。
「あんたは?」
「は?」
「あんたは天蓬のこと、好き?」
「お前、昼間もおんなしコト聞いたけど、若年性健忘症?」
「はぐらかすなよ、悪いクセだぜ」

 お前にだけは、言われたくない。

「嫌いじゃねえよ。好きか嫌いかっつーと、好きか、な」
「可哀想に」
「はあ?」
「いやこっちのこと。ビール、も一本くれ」
「お前呑み過ぎ。もー帰れ」

 悟浄を蹴ってやったら、あっさりソファから落ちた。こいつ、3日酔いだっけ。そろそろやべえな。
 しょうがねえなあ…。
「…何かあったろ、聞いてやっから」
 床に腰を降ろして、悟浄と目線を合わせてみた。
「あんたってさ、得だよな」
 悟浄の言語が、時折よくわからなくなる。今もまさにわからない。

「小学校んときも中坊んときも、モッテモテだったもんな。みんなあんたに夢中」
「帰ってから顔洗えよお前」
「だあ、聞け!」
 悟浄が吼えた。そして、勢い良く立ち上がって、さらに酔いが回ったらしくフラつきやがった。
 少し面白くなってきた俺は、そんな悟浄の様子を笑顔で見守る。
 役得。

悟浄のこういう姿、見れるのは多分俺だけだ。


「女も男もクライアントも部下も上司も近所のおばちゃんもマックの店員のねーちゃんも、みんなして捲簾捲簾捲簾」
「モテねえ男の僻みなら聞いてやっけど、お前十分過ぎるほどモテてんだから、僻みにもなりやしねえぞボケ」
「だから聞けっつってんだろーが!」
「寝ろ!」
 ベッドの上から毛布と枕を投げつけてやった。いつもならここで引き下がる悟浄だが、今宵は一筋縄ではいかないらしく、毛布と枕を投げ返されてしまった。
「やんのかコラ」
 俺は身構えた。悟浄との殴り合いの喧嘩は、ガキのころから合わせて5000回くらいしているが、無敗だ。まあ、ガキのころは体格の差があったっつーのと、大人になった今では悟浄が酔っ払ってるときにしかやりあわねえから、俺が圧倒的に強いとは言えないけど。
 呑気なことを考えていた俺は、悟浄の目がすわっていることから目を逸らしたくなった。
「ヤなコトあったのはお前のほーだろーが、聞いてやるっつってんだから荒れんのやめてとっとと話せ馬鹿」
「俺も人のコト言えねーけど、あんたのそのナチュラルな優しさって時々マジムカつく」
「だから、お前にだきゃ言われたかねえよ」

 臨戦態勢から膠着することって、これが初めてかもしれない。