haru
 兄弟みたいに育った。

 俺が兄貴であいつが弟。俺はずっと兄貴で、兄貴以上の存在には一生ならない。兄貴は兄貴、死んでも兄貴。
 だけど、俺にとって悟浄は、弟にはならなかった。俺が悪い。

 悟浄のことなら何でもわかる。自然と、そんな自信があった。見落としていることなんて、何ひとつないと思ってた。保障なんてどこにもないけれど、俺かあいつが結婚するまで、俺のことを一番わかっているのはあいつで、あいつのことを一番わかってるのは俺だと思ってた。そんな根拠のない自信が、俺の足元を救っていたのだ。

 自分でも、驚くほどショックだった。悟浄が八戒に惚れてるって事実よりも、何より、俺があいつの気持ちに気づいていなかったことに、途方もなく腹が立った。いや違う。悟浄が八戒に惚れてるって事実も、ショックだった。

…あーあ、アホだな俺。

 電話に、助けられた。悟浄を逃がすつもりなんてなかったが、逃げてくれて助かった。今、冷静になってみるとそう思う。天蓬が、電話の途中で何も話さなくなって、それにも何故か異様に助けられた。
 電話なのに、無言の空間。不思議と、気持ちが落ち着いていった。

 色んな意味で俺を救った天蓬は、真夜中に俺の家にやってきた。勿論、呼ぶのは初めてだ。天蓬は、俺は損な性格だと言った。当たり前だが、よくわからなかった。他人から見た自分のことなんて、わかるはずもない。
 天蓬とは、付き合いの長さから考えると、不自然なほどに「親しい」という関係は築いていない。俺には鉄壁があると天蓬は言ったが、そっくりそのままこの男に返したい。
「お前が俺のこと好きだったら、ドラマのネタみてえにおもろい展開だったのにな」

 しょうもないことを言った。

 天蓬の目が、凄みを増した。天蓬という男はいつもいつも人を睨んでいるとしか思えない目で見てくるので、目付きが悪いんだな、ということでさらりと流していたのだが、今回ばかりは到底流せるような視線ではなかった。
 …俺なんかマズいこと言ったかな。
 と、自覚した瞬間、顔にエビスビールが降って来た。正確には、天蓬の手から発射されたエビスビールを、顔面に浴びた。

「これも、ドラマのネタみたいでおもしろいですか?」
 やばい、天蓬が笑顔だ。滅多に笑わない男が、さわやかに俺の目の前で笑っている。

 ああ、俺、まさに墓穴掘った。

 天蓬は、笑顔のまま立ち上がって玄関へ直行した。俺の思考回路は完全に停止したままだったが、ここで天蓬を帰したら俺は正真正銘の亀になりさがってしまう。それだけはわかって、天蓬の腕を掴んで引き止めた。
「……」
 引き止めたはいいが、言葉が出てこなかった。
「…今日は色んなことがあった日でしょう、貴方にとっては」
 先に天蓬が喋ってくれて助かった。声を聞いたら、少しホッとした。ホッとするところじゃねえよ俺の馬鹿。
「…なんで俺?」
 アホなことをまた言ってしまった。ちくしょう、まともに動けよ俺の脳みそ。いつんなったらちゃんと働くんだ。
「僕が屈折してるせいでしょうね」
「屈折、ねえ」
「ひとつだけ言っておきますけど、何ひとつ期待してませんから。貴方の優しさや気遣いは、吐き気がするほど嫌いなんです」

 再び俺の言葉を奪った天蓬は、そう言って出て行った。

 

 吐き気がするほど嫌いなのに好き。おお、本当に屈折してる。見事だ。感心してる場合か俺!
「何なのよ…」
 顔面から浴びたビールを落とすため、洗面所に直行した。できることなら、今日という一日を洗い流したかった。平和だったのになあ、『QUARTET』で飯食ったときは。

 明日会社行ったら、即行で八戒と話そう。何故かはわからないが、八戒と話さなきゃ、と思った。

 藁にも縋りたい気分なのかな、俺。