haru
ドン、と突き飛ばされたと思ったら、顔面に右ストレートが飛んできた。
殴ってもらって、救われたと思った。でも、抱き締めたことは後悔してない。
「二度と、こういうことしないでください」
吐き捨てられた声の低さと冷たさと震えが、胸をえぐった。
「…先にキスしてきたの、お前だろ」
俺のアホ。死んじまえ。
天蓬は侮蔑を込めたような冷ややかな目で俺を刺し、踵を返した。追いかけれるほど、俺も強くない。
「うわ、血、血出てる!」
戻りたくはなかったが仕方ないので戻ったら、悟浄の開口一番に切れそうになった。
「殴られたんですか?」
「見りゃわかんだろ」
「いったそー」
他人事みてえに言う悟浄。こいついっぺん殺したろか。
「何したんです」
もう嫌だ。八戒の目がマジだ。
「抱き締めた」
覚悟は出来ていたので、今度は歯を食い縛れた。天蓬と違って、八戒は平手だったので肉体的な痛みは少ない。
だけど、悟浄の前だ。精神的には、ずっとクる。
八戒は俺を殴った手でカバンを掴み、店から出て行った。
「あんた、史上最低最悪。ぶっ殺していい?」
悟浄の目までマジだ。
「八戒行ったぜ、追いかけろよ」
「八戒は天蓬んとこ行ったんだよ、あんたのせーでいたく傷ついた天蓬を追いかけて、それによってまたまた八戒が傷つく。あんたわかってんの!?何がどーなったら天蓬抱き締めるとかになるわけ!あっ、ひょっとしてもーデキてんの!?あっ、そー!なるほどね!死ね!!」
ここが個室で良かった。
「……」
悟浄の赤い目が、見開かれたまま凍っている。天蓬のマネをしただけだ。聞きたくない言葉を吐き出すヤツの口を、自分の口で塞いだだけ。それにしても、俺は最悪だ。
「…好きなんだよ、俺はお前が」
悟浄の視線は一瞬泳いで、それから床に落とされた。
それが答えだってことくらい、アホな俺でもわかる。
一生言うつもりなんてなかったのに。どうしてこんなことになったんだ。
「だからお前の気持ち、わかっから。だから、八戒追いかけろ」
そう言って、タンカレーを一気に喉に流し込んだ。
焼け焦げそうだ。喉も胸も。
「…あんたってさ、損なセーカク」
「前は得っつってたじゃねえか」
「もっと自己中だと思ってた。だってずっとそうだったじゃん。自分、殺すことなんて一回もなかったじゃん。あんたの片想いなんて知らねえし、見たことなかったし、つーか優しそうに見えて実は他人のこと全然見てませーん!みたいな。そーゆーのだと思ってた」
煙草を口にくわえたら、悟浄のジッポが目の前に差し出された。
「同類憐れみの礼」
「は?」
「いらねえよ、火なんて。出てけ、押し倒すぞ」
自分のライターで火をつけて、ドリンクメニューを広げた。今日はとことん呑んでやる。もういい。逃げてやる。
どうせあいつは、追いかけて来ない。
「…初めて見た、あんたがこう、何つーか、情けねえっつーか、弱ってるっつーか、自分で自分のことあんま見てねえっつーか、そういうとこ。20年以上付き合ってて、初めて見たわ」
俺も初めてこんな自分を知った。
「八戒んとこ行かねんだったら、ま、呑めよお前も」
一緒に逃げようぜ。
戻|進