Yuzu
  何て言うのかなぁ、これ。
 …同情?
 八戒のところに行く気も捲簾と逃げる気も更々なかったが、とりあえず座ってみた。この状況で捲簾を置いて帰ったら八戒が怒る。
 俺の常識で言えば捲簾は変だ。抱き締める前には、ふつー好きだって言うもんだ。相手があの堅物なら余計。
 俺は八戒に抱きしめられてもキスされても辛くもないし本気になったりしねえけど、それは俺らが酔っぱらうと普通に手つないだりできちゃうお子様な関係だからであって、なんつーか…大人って融通がきかねえなぁ。
「呑むの呑まねえの」
 捲簾はすっかり毒気の抜けきった目を向けた。
 …可哀相。あーあ。捲簾も天蓬もすげ可哀相。融通がきかないうえに、弱い。
「呑むけどさー…」
 言い終わる前にドリンクメニューが顔面目がけて飛んできた。今、4人の中で一番冷静なのは俺ではないだろうか、もしかして。俺的世の中的にすげ意外。
「捲簾。俺と付き合う?」
「おー…」
 捲簾はぼんやり返事して、2秒後に飛び上がった。
「あ!?」
「俺と付き合うかって。いーよ別に。あんたのこと好きだし、天蓬に気ぃつかう義理もねえし。まあ、ちょっとは本気出して口説いてその気にさして欲しいけど。俺、キスと口説き下手な奴大嫌いだから。あ、セックスも」
 俺が煙草に火をつける間中、捲簾の倒したグラスから氷水が床に流れ続けた。
 別に八戒が喜ぶからとか捲簾が可哀相だからじゃない。俺には八戒とはふたりだけの関係があるから、絶対誰にも負けない友情があるから、それでいい。八戒の気が変わらない限り、無理強いする気もない。捲簾とはそれとは別の愛情を育もうとおもったら育めないこともない。捲簾には興味がある。どんな顔でヤるのか、真っ正面から愛されたらどんなもんか、興味がある。
「どーする付き合ってみる?今から」
 捲簾がぼ〜っとしているもんだから、俺はメニューを脇に置いといて身を乗り出し、捲簾の口の端の傷を舐めた。俺が本気出すわけにいかねえしな、まだ。
「…でも」
 でもじゃねえ。
 いきなり唇奪っといて舐められたくらいで竦んでんじゃねえ。
「あー八戒のことなら気にしない。俺、あいつが幸せなら俺じゃなくても全然いいから、俺のこと全部あんたにやってもいいよ。そのかわり今ここでちゃんと天蓬をふれ」
 俺は這い上がってきそうになった捲簾の手に携帯をぽんと落とした。
「天蓬に電話して、さっきのこと誠心誠意あやまって、もう二度とあんなことしないしおまえを特別扱いもしない、今日から悟浄と付き合うって言えよ。俺、外に出てるから」
 捲簾は手の中の携帯をしばらく見詰めて、顔を上げた。
「…今は無理だろ、いくら何でも」
 だろうなあ。出るわけねえよな。
「じゃあ三日。三日以内にきっちりふってきたら全部あんたのもんになる。約束する」
 俺は上着と鞄を掴んで立ち上がった。
「俺は逃げねぇから。絶対、無かったことにもしねえから」
 扉を閉めたが、捲簾は追ってこなかった。ひとりでほっとくのは心配じゃないこともなかったが、曲がりなりにも俺が兄貴と認めた奴だ。自分の面倒くらい自分で見るだろう。
 レジで4人分の支払いをして外に出た途端、もうほとんど冬の空気ががっと肺に入ってきた。
 甘いぜ、どいつもこいつも。
 俺が好きなくせに天蓬にも嫌われたくない捲簾も、アタックする根性もねえくせにひとりで悶々悩む天蓬も、好きな男の恋路を真剣に応援できちゃう俺も。
 それに、八戒。
 …八戒が人殴るとこ、初めて見た。
 殴れるんだ。そんなに天蓬が好きなんだ。だよな。良かった。俺の親友は、本気で人を好きになって、そのために上司に手を上げられるような奴だったんだ。笑ってるばっかじゃなく、本気で怒れる奴だったんだ。
 好きになってよかった。
「あー寒…」
 口に出すと、余計寒くなった。
 …QUARTETのポトフ食いたいな。牛筋でだしとってて、すげえ美味いの。
 捲簾が三日後に俺んとこ来たら一緒に食いに行こう。本格的に冬が来る前に、またツーリングに行こう。捲簾とだったら何してもきっと楽しい。
 俺はガキだけど、ガキならガキらしく白黒つける。欲しいもんも欲しいと言えないのが大人だったら、一生ガキで結構だ。