時は数日前に戻る。天蓬を一応フッてから(多分、あれはそういうことだ)俺はひたすらウーロン茶をQUARTETで飲み続けていたのだが、その後ひょっこり悟浄が現れた。3日、という悟浄から与えられたタイムリミットがおとずれていたことを思い出した。
「天蓬のこと、フッたから。多分」
「何、多分って」
悟浄が怪訝な顔をしたが無視した。
「お前今、どこに居た」
「は?事務所」
「八戒と居たろ」
「…居たけど」
3秒ほどの間で、俺は『もういいか』と、思った。もういいかな。もう。
「顔ニヤけてんぞ」
「うそ」
「マジ。いーよ、八戒んとこ戻れよ。俺答え出したけどお前と付き合う気もねえし」
「どっちがフラれたのかわかんなくなるよーな言い方すんね、あんた」
「卑怯者だから俺。言ったろ、お前が俺以外んとこ見てんのが嫌だっただけ。だから早く行け」
これ以上一緒に居たら、泣く。
「悟浄」
「…何」
「ブラコン卒業しろよ。んで、幸せんなれ」呑まないと決めたけど、今日くらいはきっと許される。今日くらいは子供みてえに泣いても、きっと許される。
俺は部屋でエビスビール24缶を一晩で開け、思い出す必要のねえガキの頃のこととか思い出してまた泣いた。もういい。これでいい。結局欲しいものは何ひとつ手に入らなかったけど、後悔はしない。俺が俺らしい結論を出したらこうなった。それだけだ。それが、一番だ。
そして、天蓬が会社を辞める日がやって来た。
悟浄とはあれからかなり普通で、筑波大の仕事も順調だ。大学生との会話もわりと楽しいし、いいお兄さんを演じるのも慣れてきた。外の景色はすっかり秋から冬へと変わり、天蓬が設計した水族館が特集された『アートデザイン』の12月号が発売された。
天蓬が最終コンペに出掛けた後、ガランとした事務所に八戒がひとり残っていた。声をかけてはいけないような雰囲気だったが、かけずにはいられなかった。八戒の気持ちがわかる、と言ったら、八戒は怒るだろうか。
「たそがれてんなー」
「捲簾主任…」
コンビニで買ってきた缶コーヒーを八戒に軽く投げてやった。八戒は少し笑って、『ありがとうございます』と言った。
「天蓬から電話あった?」
「ええ、無事勝ったみたいです。有終の美を飾れましたね。それより、誰もいないんですけどこれは一体…」
「送別会とか、さようならとかまた会おうねとか言われんのあいつ嫌いだろ。だから、人払いしたの」
「天蓬主任が出て行き易いように?」
「俺のエゴ。カッコ良く去ってって欲しかっただけ」
憧れてたのは本当だ。今となっては未練がましい言葉だけど。
「天蓬と最後、会ってくつもり?」
「…いえ、会わないほうがいいと思います。僕のためにも」
「そか」
「貴方は?」
「俺は会ってく。絶対会ってく。そのほうがいーと思う。あいつ帰って来るまで待つわ」
「…主任」
「ん?」
「後悔してるでしょう。天蓬主任フッたこと」
「してるよ」
即答してやったら、八戒が少し笑った。
「でも、悟浄のこと引き止めなかったのは後悔してねえ。多分、悟浄には愛してくれる奴じゃなくて、愛せる奴が必要なんだと思う。愛してぇ、って思える奴っちゅーか。俺はそれにはどう転んでもなれねぇしな」
「前々から言おうと思ったんですけど、捲簾主任って見かけに寄らず面倒臭い性格してますよね」
「俺もそー思う」
八戒と笑い合ったら、猛烈に天蓬に会いたくなった。今八戒も、悟浄に会いたくなってるんじゃなかろうか。俺たちは4人とも多分、揃って面倒臭い性格をしてると思う。単純に見えて複雑だったり、複雑に見えて単純だったり、そういう部分が山ほどあって、どれもこれも一筋縄ではいかない。面倒臭い性格同士で、四角関係なんてさらに面倒臭いことをしちゃったもんだから、余計こんがらがって大変なことになっちまったわけで。
でも、4人のうちの一人が欠けてしまったら、そんな面倒ももうおしまい。淋しいような嬉しいような、めちゃくちゃ淋しいような。会いたいときほど、会えない時間が長く感じるという。だけど今回は、本当に会えない時間は長かった。すぐに帰って来ると思っていたのに、天蓬は延々帰って来ず、俺は事務所で待ち呆け。あんまり遅いからメモを書き残してQUARTETに行ったものの、一人で飯食う気にはどうしてもなれず、また事務所に戻って1時間くらい待ち、それでも帰ってこねえから、事務所の前で待つことにした。
クソ寒い中、2時間待った。もしかして戻って来ねえんじゃ、とか思った。家に行ってやろうかとも思った。でもそこまでしたら未練たらしい奴みたいなので、やめた。
体が冷えてくのがわかる。時計を見るのも鬱陶しくなっていた。もう1分、もう1分待ったら帰ろう。そう思いながらまた1時間待ってしまった。どうしようもねえな俺。