haru
俺が卑怯者だということは思い切り自覚済みだ。

 わりと損得観念で動くし、こうすれば相手は喜ぶからこうしたり、ああすれば相手がノッてくるだろうとかそういう計算は大得意。一言で言えば性格が悪いのだが、自覚しているからまだマシだと思う。昔それを悟浄に言ったら、余計タチ悪ィと言われて蹴られたので、それから自分のことをあまり話さなくなった。したら「あなたが何考えてるのかわからないわ」と泣かれ、「でもあなたのことがもっと知りたい」と言われてまた泣かれ、の繰り返し。
 悟浄と天蓬に、「失恋さえまともに経験したことがない二枚目」だと言われたのは、今思えば真理。俺は悟浄に失恋したわけだが、俺が卑怯なせいで悟浄もろとも失恋の渦に巻き込んだわけで。
 俺は本当の意味で、ひとりで失恋をしたことがないのかもしれない。手に入らないとわかった時点で諦めるクセもある。あまり自分からものが欲しいと思わない性格でもある。わりと来る者は拒まなかったりもする。去る者はみじめにならない程度に一応追うが、俺から去った方がいいと俺が判断した場合は俺から去る。
 …うーん、自分でも見事に嫌な男だと思う。
 だけどモテた。学生時代も今も、笑いが出るほどモテた。
 小中高というガキ時代もスポーツができたという理由だけでモテ、大学時代も東京工大という名前だけでモテ、今となっちゃあ建築士というネームバリューだけでモテる。俺の性格など、女からすりゃどうでもいいわけで。
 果たしてその中で本気になった女がどれだけいるかと問われれば、正直片手の指で足りてしまう。ずっと悟浄が好きだったからだとか、そういう真っ当で切ない理由もない。
 ぶっちゃけ、俺は心が狭いだけなのかもしれない。
 天蓬に臆病だと言われて、自分でも妙に納得してしまった。相手が本気であればあるほど、怖くなる。

 …でも、天蓬は違った。

 実際、俺は鈍感でも牛でも亀でもないはずで、わりと「あれ、こいつ俺のこと好き?」とかいうのはわかるほうで、視線とかでも気づくほうだ。でも、天蓬の気持ちはさっぱりわからなかった。今思えば、それは天蓬の愛情表現が屈折しまくってるせいでもあったが、とにかく俺は気がつかなかったのだ。
 要するに、天蓬がどこまで本気なのかさえ、俺は今でもわからないわけで。
 深く考えなくても、好きだとすら一度も本人から言われてないわけで。
 ただ、悟浄と八戒がそういうからそうなんだと思ってたわけで。

「しますよ!貴方がここに居てさえくれれば!」

 こんな言葉、いきなり信じろと言われても。

 俺はあんまり驚いてしまって、それまで何の話をしていたのかまた忘れた。
 天蓬も、言ったはいいが、言ってしまった瞬間、ここから消えてしまいたいという顔をし、それから額に手を当てて冷静さを取り戻そうとして失敗し、最後にはもうどうでもいいどうとでもなれと開き直った姿勢になり、煙草に火をつけた。
 …吹き出してしまった。
「いいですよ、笑いたければ思い切り笑ってください。気まずくなられるよりよっぽどマシです」
 投げ遣りだ。ああ、俺こいつのこーゆーとこすげえ好きかも。
「俺、訂正しねえよ」
「は?」
「俺が何言ってもお前が納得しねぇっていうの。お前、俺がどんな答え出しても納得しなかったよ」
「何でそう決めつけ態勢なんですか貴方はいつもいつも」
「俺が今更お前のこと好きになったところで、絶対受け入れてもらえねえ自信がある」
 殴られるかな、と思って身構えたが鉄拳もビールも飛んでこなかった。
「好きになったんですか、今更」
 変わりに飛んできたのは、かすかに震えた低い声だった。あーあ、地雷踏んだ。まただ。
 うまく扱えない。いつもこうだ。
「僕が事務所を辞めるからですか。遠くなるからですか。本当にわかりにくいようでわかり易い男ですね。手に入らないとわかった途端、欲しくなるんですね。貴方ほど嫌な人間に出会ったのは生まれて初めてです。いい免疫をつけて頂いたと感謝すべきですかね」
「俺もお前ほど素直とはかけ離れたところに居る人間と出会ったの初めて。だから扱いに困ってる。それと、まだ好きになったなんて言ってない。なりそーなのは事実。でもお前が手に入らねえとは思ってない。遠くなるとも思ってない」
 自分でもすごいことを言ってるな、と思う。でも止まらなかった。
 あまり、こういうのも経験がない。言うべきことじゃないことを言ってしまうことなんて、あまりない。
 天蓬は心底呆れたような、自己嫌悪しているような、何ともつかない顔をして首を横に振った。
「自信満々過ぎて、返す言葉もありません」
「答えろよ。俺がお前のこと好きになったら、お前それ受け入れるか」
「好きになってからもう一度同じこと聞いてください」
「もう会ってくれねえくせに」
「思ってもみないことを傷ついたような顔で言わないでください。心底人格疑いますよ」
「今お前のこと抱き締めて今日一日最後でいいから一緒に過ごしてっつったら、」
「過ごします」

 俺は多分、机を飛び越えたと思う。

 腕の中で天蓬が言った。

「それで、忘れます」

 好きになった、って言ってももう遅ぇかな。
 俺の中の臆病虫が、また鳴いた。