Yuzu
天蓬の最後の日。
多分捲簾とべったり過ごしているであろうその日。
俺は何をしていたかというと会社がひけてすぐ家に帰ってひとりでメシ食って一杯ひっかけて布団を敷いて寝た。こんな日に八戒と会うほど無神経じゃない。会ったところで負け犬同士、今頃主任たちは、とかいう辛気くさい話になるに決まってる。
結局、最後は両想いが勝つんだなあ。
というようなことをぼんやり思いつつ、結局俺抜きの三角関係だったんじゃないか、などとも思いつつ、明日女ひっかけてぱーっと遊びにいこ、などと思いつつ、わりと安らかに眠りについた。
翌日は会社も休みで、突き抜けるようないい天気で、その脅しのような晴天に、俺はふらふら着替えて外へ出た。ああ昼飯、あそこで食おう。前住んでたとこの近所の茶店。土日にはいってるバイトの美貴ちゃん誘ってみよ。
何でそんな気になったのか分からないが、俺は鼻歌混じりに下り電車に乗ってしまった。
不意打ちだ。
捲簾と天蓬がいた。
入り口で立ち止まった俺の肩に何人かぶつかった。
休日の朝、人もまばらな電車の座席に並んで座った主任ふたりは、昨日の服のまま、どっちがどっちにという訳でもなく凭れあって眠りこけていた。一駅分たっぷり、俺はまったく起きる様子もないふたりのすぐそばに立ちつくし、次の駅で降りた。
…なんか象徴的。
俺はあいつらが乗った電車に一瞬乗り合わせただけ。
すぐに降りればよかったのに、扉が閉まるスピードに間に合わなかっただけ。
前住んでたとこ、とはつまり捲簾と天蓬の家の近所ということで、それに思い当たらなかった俺が実に馬鹿だった。一気に行く当てがなくなって、とりあえず俺は向かいのホームに移り、上り電車に乗ってあいつらから遠ざかった。
どこ行こう。
最寄りの駅に電車が止まったが、ここで降りてもしょうがない。とりあえず運賃分反対方向行ってみることにして、俺は窓の外に目をやった。
俺はまた間に合わなかった。
電車が動き出した瞬間、改札口を出ようとする八戒を見た。
間違いない。あの服、白のジャケット、白のカシミヤ、何度も見た。
車内で携帯使えるほど俺は道徳観念が失われちゃいない。焦ったところで電車は進まず、ご丁寧に停止信号で停止までしてくれて、ようやく次の駅に止まった。俺はホームを飛び出し、すぐさま八戒の番号を押し…かけてやめた。
何であいつが俺の最寄り駅に。
あの辺りに取引先の事務所があっただろうか。あったかもしれないが、今現在、週末に出入りしなければいけないほど切羽詰まった仕事はないはずだ。だからといって俺に会いに来たにしても不自然だ。八戒が事前に連絡もせずに人を訪ねるなんてことは考えられない。映画。…あの駅にはちっちゃな映画館がある。休日に早起きして映画を見るというのはあいつらしい休日の過ごし方ではあるが、映画の話なんか今まで一度もしたことがない。
見間違いのような気がしてきた。
よく考えればあのジャケットもマフラーも珍しいものじゃないし、俺みたいに迷子になりようがないほど目立つ容貌ってわけでもない。顔なんか全然見えなかった。
電話をかけて、もし八戒が全然違う場所にいたら。「なあ、おまえ、俺んちの近所に今いなかった?」って聞くのか?アホだ。
…戻るか。先へ行くか。
2秒迷って、俺はまた反対側のホームに移った。
下りに乗って地元の駅で降りて、係員のいる改札をぬけて、スタート地点に戻った。
駐輪場の脇のフェンスに凭れた八戒がいた。
ぼんやりポケットに手を突っこんでいて、俺に気づくと、目を見開いて姿勢をただした。
「…悟浄!」
「…おはよ」
誰かと待ち合わせだろうか。こんなとこで。
言葉が続かなくなって黙った俺に、八戒は微笑んでこう言った。
「どこ行ってたんですか?」
…どこ行ってたんだろうな俺。余計なとこ行って余計なもん見ちゃったよ。
ここにいればよかったのに。
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