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日記

5/31
豊崎神社です。むかしの地図で見ると、半島の先端に位置していたようです。
いろんなところをめぐって感じるのは、子どもの頃、道なき道を勝手に歩いて山登りをして遊んだ時の木々は、肌が本当にきれいで、力強くて、触ったり、抱きつきたくなるようなものばかりでした。
今、出会う木々は、あまりにも、そうでないものが多いです。

今朝のニュースで、琵琶湖のハスの自生地のハスが、去年から突然ほとんどなくなってしまったということでした。人の手による復元は無理だそうです。地質調査をしたら、自生地周辺の湖底がハスに必要な粘土質から、砂地に近くなっており、そういう環境を好む植物が増えていることもあって、ということでした。
その原因まで調べていったら、LED水の影響は否めないとおもう。



5/29
ひやっとした。このページを更新中に、なぜか全部データが消えた。で、ネットからHTMLを見つけて、復元した。あからさまなじゃま、でもおかげで、写真を整理した文章を削除することができて、どんなことでも原因にしていく。

昨日撮影のバイトで、1年前にも来ていた、LEDのグッズを販売しているという産婦人科医の講演があった。
1年前には、LEDの危険性をメールし、LEDの影響(1)も見てもらうように送った。よくわからない返事が来て、そのままになっていたけれど、講演の中で、「実は産科をやめたんです。助産婦さんが見つからなくて」ということを言っていた。
これからはそういうことになっていくんだろう。
撮影中足の指をちょっとけがしたけど、家に帰ってから思い出した程度。開催場所のホールの玄関に展示してあった縄文土器が、エネルギー送ってくれたのかな。
同じバイトの日ごろちょっと遠い感じだった男性も、なぜか自身の皮膚の病みのことを話してくれて、LEDの影響(1)のアドレスを渡すことができたし、帰りの夕焼けのむこうの水色の空がなんともいえない美しい色だった。とても幸せな気持ちで帰った。



5/26
野江水神社です。
あまり自分に関連付けてばかりのつもりはないのですが、調べたら、ここはのちに能楽という舞台芸術に発展した猿楽発祥の地だそうで、目の前に突き付けられたような気がしています。
小さくてひっそりした神社ですが、30分ほどいた間に、4、5人の人がここを通っていきました。ちょうど、道の角にあり、境内を斜めにつっきると、近道という場所にあります。
そういう場所に建っていること。通りゃんせという歌を思い出しました。



5/25
関目神社です。
明治天皇が立ち寄った際は、近くに茶屋が増設されたという史跡紹介の碑のようなものもありました。後は使わないのに、もったいないなあと思いました。
ひでよしが大阪城の守りのため建てたらしいです。かみさまというのは、そういうふうに誰かによばれて、誰かのためだけの守りをするという性質のようです。



5/24
自分の病みから周囲に迷惑をかけていたこと、否定的な感情に、付き合ってくれた周囲の人、あやまられても困る今更だと思うので、今できることをする。
カトリック関目教会です。
上の教会はそこにあるとも知らず、別の目的地の神社に行くために通ったらそこにありました。足がそちらへ向くのです。
で、教会の名前を帰ってきてからネットで調べたら、由来のページに行きつき、おどろいたのは、故郷長崎の26せいじんにかかわる教会だったということ。原因はどこまでも。
教会は幼稚園や保育園を併設することが、長崎では多かったように思う。子供たちを、幼いころからミッション系という親のへんな優越感に巻き込まれる元を作っているのは宗教。



5/6
違和感を口にするとき、遠慮できなくなった。もう、ひとりになってもいい。そんなつよさみたいなものがわいてくる。それが自分を生きるということかもと今は思える。表現してひとりになるなら、それでいい。多分楽になる。不必要な融合からやっと離れられる噴射力みたいなのがついた。噴射もいらないんだね。ほんとは。



5/2
テレビから、「最近ネイルを乾かすとき爪がかゆくなってきて」という会話が聞こえました。
LEDライトの中に指を入れて、ネイルエナメルを乾かす装置があるらしく、それのことのようでした。



4/27
1月1日という歌は出雲たいしゃの宮司で、昔出雲地方を代々納めていた家の子孫の人が歌詞を書いたらしく、出雲たいしゃに行くと、その歌碑が立っていると聞き、ますます歌の責任感じました。
昔は小学校で歌わされていたとか。あのエネルギーのさんびの内容。音楽をこんなことに使ってほしくない。使ってはいけない。利用してはいけない。
本当の音楽ってこの世に存在するのだろうか。まだ残っているのだろうか。



4/26
大阪市のじんじゃは縄文時代の海岸線に見事に沿って建てられているという地図がありました。地図
大阪市の縄文土器展示場所を探していて見つけたページなので、少し感じて、載せてみました。

小さいころ、ばちとかをあてるような心のせまい人がかみさまであるはずないと思ったりしていた。
おさいせんを納めなければいけないみたいなシステムも、子供心にかみさまとよばれるひとに軽い失望をしたおぼえがあります。

野崎観音に行って思ったけど、絵馬の横の木がすごく傷んでいたのが印象的で、人間のおかしな個人的欲が、どれほど植物に影響を与えているかかんじました。



4/20
野崎観音に行きました。
懐メロにも出てくるようなところですが、普段はとても静かです。参道の商店街は閑散としていますが、シーズンになると、人の頭ばかりが見える驚くほどの人出です。
歌にのせられ、商売にのせられ、行事ごとに社寺に行くように仕向けられているんだなとかんじます。
ここにも音楽の責任があります。
参道に近づくにつれ、以前行った藤井寺市(古墳があります)と雰囲気が似ていて、生命のない、どこか息をひそめたようなし〜んとした感じを受けます。
故郷の長崎に住んでいたころ、小さい頃は林の中で木に登ったり、植物と遊び、木はたくさん見て触って過ごしました。実家の林に上記の写真のような木々があったら、子供の私だったら、親に「山がおかしいよ」と、言いに行くレベルのものを感じました。



4/19
左上腕が一年ほどずっと痛かったのが昨日特に痛かったので処方箋をしながら眠ってしまったら、今朝はすっきりして、ぐるぐる回せます。
50肩とかいうものだろうと思っていましたが、多分そんなものはもともとなくて、そう思わされてるだけで、みんな我慢させられてるだけだなと、思えました。

なんにしても言われる、じょうずへたは、このみなんだなとおもう。仲間が芸能の始まりの場所を見つけてくれたときから、何かが変わり始めている。
このみも生命系とそうでない系とわかれるかもしれない。いまはどちらが多いかというと、生命系ではないほうをこのむ人が多いから、なんかおかしくなってるというのがよくわかってきてすっきりする。
音楽を表現する場で、なんで、あれ?っと思う存在が評価されるのかという葛藤みたいな想いも正直あったけれど、今となっては評価されなくてよかったという安堵感に変わる。
とりもどす、と、漠然と思っていたことが、なにから、どこから、ということがわかっただけで、まして、そうおもっていいんだとおもえたことが、よかったなあ。



4/12
こぶがあってもしんどい状態でも満開に咲いてる桜を見て、人間も感情にとらわれなければ病みはあっても出てきても、桜のように季節ごとの仕事はやれるのかもしれないと。
自分の中に出来事がひっかかってしまう部分がまだある。トラウマという言葉があるけれど、どれがトラウマかわからないほどの経験が誰にもあるんだろう。ゼロ地点にいると思っても、その感覚がそうだと思わされているだけかもしれない。すべて本来を忘れさせられている。
目の前にあること、をやっていく。



4/10
胴ぶきの桜アップしました。

記憶の中で、誰かの前で踊っていた自分。今西洋音楽をやっている自分。西洋音楽も、ヨーロッパの伝統音楽です。
音楽でお金を稼ぐために少し動いてみたこの2年ほど。おどらされ、やらされ、出番がある、声をかけられると、ほいほいとついていく、そしておじゃんになる、の繰り返し。音楽活動をやり始めるときのわくわく感がやはり本来の自分からのものではないと、気が付き始めた今。病的な行動力、衝動。本来は坦々と、普通に、のはず。
日常がしんどいから音楽に逃れていただけということに気が付いてしまった。
今すぐ音楽をやめられないなら、本来のところに音楽はあるのか、必要なのかということがこれから来るだろうな。
大昔、音楽はあったのかな。音はあったかもしれないな。自然の音が。



4/6
仲間と大阪城公園に三月の末に行ったとき撮った写真をアップしました。
ワークの次の日でした。大阪城公園はうちから歩いていこうと思えば行ける距離なのに、今まで足が向きませんでした。
おもわぬお誘いに、ああやっと動けたと思いました。
よどぎみと一緒にじゅんしさせられた人たち(そんな人たちがいたとは思ってもみませんでした。)の供養塔のそばや、とよくにじんじゃのところでひざがガクッとなりました。が元気に歩き回り、気が付いたら3時間ほど経っていました。
家に帰ってからもいろんなことがおき、自分の中味も動き出し、いろいろ変化のときを迎えています。今までのことがひっくり返りそうな今です。



3/22
1日の日記でのカステラ屋さんは、味のほうに重きを置いて、リンクを見てくれたかどうかには、反応がありませんでした。すごく丁寧な対応だっただけに、残念です。その対応も、形だけだったのでしょうか。
商品を送るように言われたので送ったけれど、パサつき感は、普通らしく、異常なしという結果だったらしく、何か送らせていただきますということだったけれど、それより、LEDの影響を見て、感想をいただけるなら、そちらのほうがありがたいです、ということを言いましたが、音沙汰なしです。

美容院がまだ蛍光灯なので、いろいろお話ししました。お客さんにあたらないところが。一部LEDですと、正直に言ってくれました。直接はあたらないようにしてありました。お店の人は自分はあの冷たい光が嫌いなので、LEDのセールスに来ても断ってます、ということでした。リンクのアドレスを差し上げようとしたら、携帯でアドレスのメモの写真を撮って、時間のある時に見ます、と言ってくれました。
その前に、持っていた、なかまのオレンジと、大豆の写真を差し上げた時は、さっと表情が変わっていました。

音楽活動をしているお店は、LEDです。以前写真をお渡しして、もろにプチプチのスポットは消してくれています。蛍光灯型のLEDは変えてくれていません。これから自分やそこのお店がどうなっていくのか、です。
場所を移動していくことになっていくのか。蛍光灯に変えてくれたらいいのになあ。そこに居る時間がだんだん増えると、やはり変に疲れたり、気分的な落ち込みが、長引きます。一日起きられないこともありました。
落ち着いたらもう一度話してみます。



3/1
3月です。
長崎のおひなさまのときに食べる桃カステラが実家から送られてきて、娘と食べていたら、お互いに、なんかぱさつくね、と。
食べてて楽しくないというか、おいしくない、なんでかなと、食べ進めるにつれてなっていきました。
小麦粉も、砂糖も、白いものだから当然なんだけど、例年とあまりにも違う感じがしました。 娘はすごくおなかすいてる時間に食べたのに、です。
老舗の製造元にメールしたら、数時間後に、電話とメールが来ました。
メールした責任もあるし、今朝もほかの包みをあけて食べてみましたが、食後に舌にわずかなピリピリ感がありました。
その会社の人と電話で話すうちに、LEDのことを言ったら、すでに食品業界では、LEDのそばに食品を置いたら、なかのほうからあたたまりいたんでいくということが、言われているし、いろいろ実験結果もあがってきているから、自社では、LEDは工場にも、お店などには、スポット的にも使っていないと。いうことでした。
母が送ってくれた店舗は長崎駅の中にあり、自社で空調、照明など管理できないので、とは、言っておられました。
製品を送ってほしいと言われました。誠意ある対応でした。
食品業界は、すでにLEDの被害を知っているとおもわれます。
その会社はLEDゼロではないけれど、それなりに極力LEDを避ける努力をしているようで、だったらおいしくない原因は原料の製造のところかもしれませんねと話すと、
せっかくお客様からいただいた機会ですから、原料の関係のところにも行ってみますという言葉をいただきました。
仲間がいろいろなところで動いていたことが、食品業界へひびいたことがつながったように感じました。
そういう被害を知っている食品業界の人がいる、増えているということは、とてもなんか、こみ上げるものがあります。
でも、坦々と、ね。
LEDの影響を見ていただけますかというと、はい、ぜひ送ってください、勉強させていただきます。ということでした。
これからその製品も製造元に送ってから、動いていくものがあるとおもいます。



2/16
昨日娘がエキスポランド(万博公園)に遊びに行ってきました。
仲間も写真をあげてくれているようにオールLEDで、まいったみたいです。
せっかくの楽しい時間のはずなのになんでこんな気持ちでかえってこなあかんのやろ。といいました。蒼い顔して帰ってきました。別に友達と喧嘩したわけでもないんだけど、気持ちがおちこんで暗いことばかり考えてしまって、自分が誘ったのに友達に悪かったと、帰ってきてから、メールしていました。
7時間そこに居たそうです。帰ってきてからは、30分以上椅子に座ったきり、動けませんでした。以前わたしがLEDの職場でお惣菜を作って帰ってきたときみたいです。
そこからの帰り道、「(家の近くのLEDではない)Kスーパーにいったとき蛍光灯のありがたさがわかったわ〜。浄化されてる感じがして。楽やった〜」と言いました。
包んだら、かなり目に抜けました。やっぱり目からの影響もすごいみたいです。
包んでしばらくして手の中が軽くなったと思ったら、、あしたのことを考えてたみたいで、顔が普通に戻りました。
もう、あそこには行かないだろうと思います。身をもって経験したら、わかること。数日前、写真のことについて話し合っていましたが、なにか今回は感じたみたいです。



2/10
カシオのキーボードについてガイドが不必要な場合LEDが消せる方法の返事が来た。また、LEDの使用については開発部門に申し伝えたということだった。早速明日演奏なので設定しなおしてみる。なんかほっとする。

鼻の薬のせいか眠気がすごくて火曜日からこの数日なにもできなく、昨日の仕事も直前までおかしな気持ちだったけれど、始まるときうれしいことがあったり、して、お客様は少なかったけれど、充実して、演奏しながら、この瞬間は、人生の記憶の中でどんな風に刻まれるのかなあとか感じていた。
帰り道、相方の人が足の不調で歩くのがたいへんで、右腕を貸して、左手で、楽譜の入ったコロコロを転がして歩くときに、いつもはどこかで実はう〜と来ている自分が嫌だったのに、昨日は、ゆっくりでいい、何を急ぐ必要があるだろうと思えて楽だった。
いろんな会話も、不必要な感情がわいてこなく、不思議だった。
そして帰ったら、むすめが、無有さんの日記たくさん更新されてたよと教えてくれた。
仕事中みんなで(植物も。って変だけど)手をつないでハッピーに一緒に歌えたらいいなあと思っていたりした。おかしいけれど。そういうことだったのかとおもった。

仲間からパンの粉のことを教えてもらって、注文し、おととい粉が届いた。昨日うたごえひろばをさせてもらっているカフェのマスターがポチポチと色のついた粉のパンを発酵させていたので、聴いてみたら、パン種だけ全粒粉です、と言っていた。そこでは白い粉で、ホームベーカリーで焼いたものが出てくるので、意外だった。全粒粉のパンを食べたいという人がいるので、つくってみたと言っていて、なんだかうれしかった。



2/7
自分の部屋だけLEDにしてますという人に、会うことを約束してリンクのアドレスを準備しているけれど、保険の仕事をしているその人とタイミングが合わない。私がLEDで前の職場をやめたことの会話の中でも、気のせいじゃないのか?というニュアンス。そんな感じで見えてしまうこと。

鼻の粘膜が炎症しているのは高校以来。あの頃も癒されていくのかなあ。勉強さえできれば、人間の中身は問われないような学校だったなあ。

弾くと手が固まってしまうカシオのキーボードは、問い合わせるとやはりLED使用だった。弾くたびに鍵盤が赤く光り、文字表示部は青い光なので、LEDの影響を見てもらえるようにメールしてみた。



2/2
やはりおかしなテンションだったらしく、風邪をひきました。ワークの中でのどのかゆみが軽くなっていきました。
おとといはいかりが出てきました。
本来を生きたいことと重ならない、音楽をやっていくときにこの世的に収入を得るには、必要な何か肩書、経歴みたいなものを得ると有利なことと、自分にはそれがないし、(心が動く自分もいたけれど、どうしてもコンクールとかオーディションとか、受ける動きにはならなかった)、肩書が音楽の内容の判断材料になることと、なんかたたかおうとしてました。
ばかにされたくない、なめないでとか、なにかをおそれている自分、そんなおもいがあることに気が付いたら、それをはずす、という作業。
本当の音を扱わせてもらうということ。

真冬にラベンダーが咲いていて驚いて写真を撮ったけれど、冬咲きの種類と知ってほっとした。

ぶつかりたくないときは、こちらがひく。

おにとかようかいとかの存在は本来やわらかいのにおかしく病まされてしまった存在とかエネルギーなんじゃないかなあ。

自分の中でいつ音楽とムーエナジーが重なるのかわからないけど、今この過程がその過程なんだと。
肩書とか、下手さ上手さを超えたところにある音楽が見つかるかな。本来の音楽を忘れてしまっているから、忘れてしまっていることを認識できる今にいることには、なんかある。
下手とかいいとか感じる自分のセンサーみたいなものは、音楽だけで人を判断してるみたいなところがあっていやだったけれど、感じる違和感は、音を出す手前の責任のなさじゃなかったかと。



1/24
冬に咲くサルビア
植え込みの部分的な変色アップしました。

おかしいなあと感じるくらい、心身が軽い。疲れが格段に少ない。
うれしいことなのに、どこか素直に喜べない。
最近夜うれしくてなかなか眠れなかったことがあったり、妙にハイテンションだったりする。
夜まで仕事があって、帰ってきたら特にそうなっているから、LED街灯の影響かな、職場もその部分があるみたいだし。
植物が異常に成長したり、花期がおかしくなったりすることと同じなのかもしれないと感じたり。



1/18
道路沿いの街路樹の木肌アップしました。
原因と重ねながら、仕事でいろいろ動いていて、内外にたくさん見えないところでのやることがある。
収入のためといういいわけでの、世の中との折り合いもなく普通にできるようになるには、今できるところから普通にやっていくしかない。少しづつ。



1/13
小さい子供のように歌う人に出会って、思い出したこと。

月がきれいだった。

灯りってもともとはたきびとかのいろのイメージで作られたのじゃなかったのかな?温かさとかも含めて。そこに明るい(近くだけ)だけの役をはたす冷たい、生命じゃない光は何の気持ちもわかない。



1/11
たぶん最近、今回の一生で一番楽になってきている。こんなに楽だったのか。仕事が終わってからジムに行く人とかの体力ってすごいなとか、みんななんであんなに元気に動けたり快活なんだろうと、思っていた。自分はそうできないから根性なくていけないんだと思ってきた。みんな無理して、笑顔で、げんきにうごいてるんだとおもっていた。でも、ほんとに元気で楽しくて動いてたんだね。
ちゃんと思うように蛍光灯のスーパーに朝から買い物に行けたり、帰り道、昼間でも、LED街灯でない道を足が選ぶようになってきたり、やろうと思うことがすいすいとすすむようになったり、それで、みんなが人生って楽しいものだと感じているのは、こんなことなのかなあと。
ひとつひとつのことをていねいに、時間をかけてゆっくりでもいいから、楽しみながらやれることの、今を楽しめるようになってうれしい。
今までの自分の病みの周囲への影響もやっと感じる。

この頃大阪の空はとてもきれい。ふわ〜っと春のような空。雨の日もあるけれど、少し前のような、心まで冷えてしまうような冬の雨ではないなあ。

オーディションみたいなものはやっぱりいわゆる出来レースみたいなものだと、ふとした会話から感じてしまった。落ちた人の想いを感じてしまう。
音楽で食べていくなら、そういうところに行かなきゃいけないのかなとおもってたけど、そうできない自分をあかんとおもっていたけれど。
過大評価を求めていなくて、等身大の自分を等身に見てもらえるといいだけで。

星空に線を描いて、何かの形にするってなかなかふつうおもいつかないだろうなあ、よく昔の人はできたなあと感じていた。故郷にに住んでいたころは、夜空は星だらけで。