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8月4日(水)退院


がんセンターは
晴れやかに退院を祝ってくれた

7/26に入院し、7/27に手術、順調に経過して8/4退院する運びとなった。
都合9日間の入院だったことになる。入院前の説明で10日くらいということだったので、順調な経過で予定通り退院といったところだ。


今回もわたなべさんほか看護師チームの皆さんが本当によく面倒を見てくれて、気持ちのよい入院生活を送ることができた。

看護師さんたちは交代勤務で24時間見ていてくれるが、みんなキリっとした態度と、やさしい雰囲気で応対してくれる。検温・点滴のような普通な仕事から、剃毛や廃液の処理、ストーマ交換の操作など、ちょっとねぇ、というようなことでもさりげなく進めていく。昨今の若い女性とは思えないしっかりした人たちばかりだ。
(ちなみに看護師さんには男性もいるし、高校生の社会実習(?)で来ている子にも男の子がいた)

退院の日はわたなべさんは休みなので、前日にお別れをすることになった。
何かわたなべさんに喜んでもらえるような何かをしてあげられると良いのだけれど、「ありがとう」と月並みなことを何度も何度も言うしかできなかった。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
本当にお世話になりました。ありがとう。

待望の常食メニュー

8月4日の退院の日、最後の朝食ががやっと「常食」だった。
つまり、手術後、「おもゆ」から「おかゆ」とだんだん「実」のある食事に切り替えてゆくが、退院の朝食が最初の常食で、普通に炊いたごはんと味噌汁、納豆だった。
日々、メニューを見ながら常食メニューのあれが食べたい、これが楽しみだ、と思っていたが結局メニューにあった常食のなかでももっとも「どうでもいい」やつだけしか食べられないという結果だった。

ちなみにがんセンターでは、月に一回程度「行事食」というのがあって、7/27は土曜丑の日で「うなぎ丼」だった。 むむっ、7/27は手術の日だ! 麻酔で眠っている間に終わってしまっていたではないかっ。 不覚!
また、毎週水曜日は朝・昼はメニューが選択できるようになっているらしい。看護師長さんにメニューの選択はどうなってるのか聞いたが、結局選ぶ前に届いてしまっていた。
なんでかなぁ…(たぶん、常食が食べられる人しか選択権がないんだろうなぁ)

無事に退院したのはよいけれど…


病院の花壇 いつもきれいだ

話がいきなり、まったくそれてしまった。

退院手続きをして、晴ちゃんの運転で家に帰った。
今回は手術の傷の痛みは少なく、快適な家路だった。帰り着くまでは。


家について、ほっと一息入れたところで、おなかがゴロゴロときた。
入院中は食事量が少なく、お粥中心のメニューなので、ウンチと言ってもほんのわずかしか出ず、時々ガスがプスッと出る程度だった。おなかが(正確には「お尻」なのだが)痛くなってトイレに座ってもプスッとも言わず、何もでないことがほとんどだった。
その調子で家のトイレに何度も入るのだが、家では気分が開放されているせいか、頻繁におなかが痛くなり、そのたびにトイレに入ることになった。

そのうち、「実」が少し出ることもあった。
しかし、「おなかが痛い」が「尻が痛い★!」に変わってきた。
朝食で食べた分と、入院中に食べたものが、ここへ来て出ようとし始めたようだ。

大腸と肛門をつなぐ吻合手術は4月20日に終わっていて、3ヶ月以上の通行止め期間を経て、今まさに開通の時期なのだが、固まってしまったのか、つないだ部分が破裂したのか、とにかく痛い。
ガスが出ようが実が出ようが、とにかくお尻にそのサインが来た瞬間から尻が痛い★!
ぐっとこらえて痛みが去るのを待つ、トイレに座って恐る恐る出そうとする、そして出る瞬間、出た後も開いた口を絞ろうとする、すべての瞬間で肛門で自爆テロが行われたかのような痛さが襲う。

その痛みは5分おき、3分おきに襲って来て、そのたびに脂汗をかいてトイレに座る。
もう退院の午後はほとんどを半畳ほどの暑いトイレの中にいた。

がんセンターに舞い戻る

たまらずがんセンターに電話をして先生に電話をつないでもらうが、主治医のひらい先生は外出とのことで、入院中に「痛かったら出しますから」と言われていた軟膏を、むとう先生に処方してもらうことにした。

がんセンターまで40分、恐怖の路程。
移動中に「実」が襲ってきたらどうしようか、ガスでも痛さは変わらない。耐えられるだろうか。
心配をしても仕方がない、とにかく約束した17時までに病院に着くよりない。

目の前が赤くなったり黒くなったりするような感じがするなか、再び晴ちゃんに運転してもらって病院に向かう。自分が運転した方が少しは早く着けるだろうといいう考えもあったがお願いをして正解だった。
予想にたがわず、痛みは襲ってきて、そのうちの1つは「実」だった…。

こういう事態に備えて、パンツには尿取りパッドを入れてあったので、大噴出は避けられたが、それでもどっかり座るわけには行かない。そんなことをしたら横からはみ出すことは間違いないからだ。早く病院に着くよう、青信号にそのまま変わらないことを祈りつつ、必死に腰を浮かせていた。

さらに襲いかかる痛みと戦いながら病院に到着。
いくら病院とは言え、先生にいきなり「実」を見せるわけには行かないので、晴ちゃんにまず交換用のパッドを買いに行ってもらいつつ、自分はトイレに急行。やっとの思いで元の状態になった。
「外出にはパッド必携」を学習した。


外来の受付でむとう先生を呼んでもらうが、なかなか要領を得ず、止む無く病棟に上がってナースステーションに向かう。今朝退院したばかりで、夕方には舞い戻ってしまった。
ちょっとした笑い話なのだろうが、テロリストを抱えている自分にはそんな余裕もなく、やっとのことで、むとう先生と会うことができた。

決死の思いで入手した軟膏
「エキザルベ」20g


時間外のため手間取りつつ、軟膏をやっとのことで出してもらった。
おなかとお尻の調子を見ながら、比較的落ち着いたタイミングを図って再び家路に着いた。
まさに決死の思いで入手した軟膏「エキザルベ」20g入り。

さっそく塗ろう。
さっそく塗ったはいいが、すぐに効果がでるのではないらしい。
痛みから逃れるため、早々に眠ってしまうことにした。
幸い、午後の痛さとの戦いに疲れてかすぐに眠りにつき、夜中も数回起きるだけで済んだ。

8月5日(木)「ぢ」か?まだ痛い★

昨日の午後のことに比べれば比較的穏やかな朝がやってきた。


中日が横浜クルーンを打って
逆転勝ち!

体が入院中の生活パターンを覚えているので朝は5時起きだ。入院中と同じように暑くなる前に外に散歩に出てみた。

滑り出しは順調ながら坂を登り切ったあたりで、おなかがゴロゴロしだして、腹圧が上がる。ガスか、実か。それが問題だ。大問題だ。郵政民営化以上だ!

数回ガスを放出しながら幸いにも実が出ることはなく中日スポーツを買って家に戻った。
ふうぅ。



食事を減らすことで少しでも痛みを減らせられれば。
しかし、朝食を少なめにしておいても、出るものは出る!
朝食が終わってしばらくしたら、昨日の状態が再来してきた。再びトイレにこもる状態が始まった。


これはもしかすると「ぢ」の症状ではないか、インタネットで調べてみる。しかし、「ぢ」はたいてい出血を伴うと書かれており、どうも該当しないようだ。
ひょっとすると吻合手術のときに肛門を傷つけてしまっているのか?

本来は主治医であるひらい先生に見てもらうところだが、がんセンターまで行く自信がない。

とにかく痛みの原因を!クリックで見えます

ひとまずは近くの病院で見てもらうことにした。
まつい先生の診断では、直腸を切除しているので「ぢ」ではないが、吻合した部分が痛むのと、肛門に「びらん」ができているとのこと。
「ぢ」の薬を2つ処方してもらって帰った。とにかく今は、治ることより先に、お尻の痛みを緩和して欲しい。




*1 「ぢ」は血流が悪くなるために起きるものだが、切除・吻合をしているので血流はなくなっているそうだ。だから「ぢ」ではないが、症状を緩和する方法は「ぢ」と同じでいいとのこと
*2 びらん…皮膚がただれたような状態のこと


左が座薬のネリプロテクト
右が飲み薬サーカネッテン
どちらも同じ痔の薬 ほとんど効かなかった
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