鹿川部落の水田跡
海から湾を見て左側の方に鹿川集落跡があり、
あちこちに水田跡など残っています。
いつごろまであったのかわかりませんが、
マラリアにかかる人が多くて無人になったと聞きましたが、、、。
夜明けとともに湾の砂浜の波打ち際を歩いてジュセイラ探し。
早く見つけないとヤドカリにかっさられるのだ。
湾には抜け殻になった貝が上がってくるポイントがいくつかあって、
そこを重点的に探すと見つかる。
僕が行った時はいつも波が高かったので比較的上がってきたのかもしれない。
鹿川の仙人 三浦氏
左から 日野さん 飯島さん 筆者
左から 筆者 日野さん 飯島さん
1981年~1982年の半年くらい沖縄の西表島に滞在していて
お金が無くなると、
当時、八重山の土木工事ををいっきょに引き受けていた宮古交通の
西表島古見集落にあった飯場に寝泊りしてバイトしていました。
そのうち、面白い話しを耳にした。
西表島には1周する道が無く、
その道が通ってない所に鹿川湾というところがあり、
そこには『鹿川の仙人、貝採りじいさん』と呼ばれる老人が
自給自足の生活をしているという。
そして日本ではその鹿川湾でしか海岸に上がって来ない、
ジュセイラという貝を拾って生計を立てているようだ。
僕はとても興味が湧いて行くことにする。
鹿川湾は
南風見田の浜からおよそ20キロ弱歩いた所にあるのだが、
砂浜、岩場を歩いていくのはけっこうきつい。
潮が引いていればリーフの上を歩いた方が楽です。
途中に小さなビーチがいくつかあって、そのどれかに
仙人と呼ばれるオジイとは違うオジイが住んでいて
そこを通るものにいろいろせびるようだ。
僕は遭遇しないですんだけど、前科もあって気持ち悪いやつらしい。
ただ歩いて行けるなら誰でも行けるが、途中に10メートルを越える絶壁がある。
迂回路があるのだが見つけられなかった。
絶壁を見たときこれは登れないと思い、手前の草付きの崖を登ってみたものの
遠くで見るのと、なだらかで易しい草むらに見えたが、
中へ入ってみると藪漕ぎは半端なものじゃなく
危うく力尽きそうになった。 ここは挫折。
しばらく絶壁の下から上を見上げた。
そして、意を決して荷物を置いて絶壁を登ってみることにする。
意外とデコボコしていて登りやすかった。
上にあがリきると、岩に縛り付けられた太いロープがあった。
そのロープを下に垂らし、もう一度降りて、ロープにリックを結びつけ
また登って上からリックを引き上げた。
やれやれである。
ここでかなり時間を費やしてしまい、日が暮れそうなので
岩の洞窟みたいな所があったのでそこで野宿する。
(古い話なので思い出しだし書いていますが、
ほんとうかどうかわからないけど
この洞窟の奥に風葬あとの骨があると後で聞きました。)
鹿川湾のもっと先のパイミ崎の方で
女の子が全裸で暮らしているなんて話しがあったんで
行ってみたいなあと思っていたけど結局行かなかった。
全裸で過ごすってのはどんな感じか試しにやってみると
安定感が悪くあまりよくなかった。
裸で湾をブラブラしていると、ダイビングの船が入ってきたのでビックリした・。
夜にはコノハズクが遊びに来たり、
ガサガサと小さなネズミが食べ残しをあさりに来て
それを捕らえようとしているサキシマヒメハブに噛まれそうになったりしました。
沖縄のおみやげとしてほとんどあげてしまったけど、
家の中を探したら穴のいたのが残っていました。
上のがショウジョウラ、下のがジュセイラ
鹿川の三浦氏の小屋の前で
鹿川の仙人と呼ばれた三浦氏の写真です。
僕のイメージの中では世捨て人みたいなホームレスっぽい感じの老人かなと想像していたのですが、
会ってみてビックリ
こざっぱりとして礼儀正しくどこか品のある老人でした。
このときは湾の奥まった所に小屋を建てて住んでいましたが
最初の頃はその近くに岩窟があってそこに住んでいたらしい。
僕が行った当時、その岩窟にはヨガをやっている男が住みついていて
宇宙人と交信しているようだった。
面白そうなので会いに行くと
岩窟の入口は竹でしっかりと塞がれていて留守だった。
三浦氏と何を話したかほとんど忘れてしまったけれど、
甘くて美味しいミルクコーヒーをご馳走になったことや、
台湾、中国の不審船のチェックをしていることなど覚えている。
☝鹿川湾の水場の一つ
鹿川湾に着くと先客がいました。
日野さんと誰だったっけかな?名前を忘れてしまいました。
(2008年に西表島大原在住の飯島さんということが判りました!)
写真は鹿川湾に着いてすぐにテントを張ったところです。
彼らは翌日帰っていきました。
そして、今まで彼らがテントを張っていた場所に移動。
海から湾を見て右側に小さな滝があって
水場があり木陰のいい場所があります。
鹿川湾への途中の景色
潮が引いているうちにリーフを歩きます
潮が引いたリーフの上で
南風見田から鹿川へ向かう途中の乗り越えなければいけない絶壁の上からの写真
この近くを探索していると、1本の大きなシークヮーサの木があり
オレンジ色の熟したシークヮーサが
いっぱい生っていて食べると甘くて美味しかった。
気のせいだと思うけどこのあたりで何度か人の声、子供の声を聞いた。
1週間近く滞在した頃、三浦氏が船浮まで行くというので僕も一緒に行くことにする。
ほんの僅かで山越えして反対側の海に出た。
途中、怖いのは野生化した牛だそうだ。
それから海沿いを歩いて船浮に着いた。
船浮部落での写真。 これが三浦氏と最後の写真です