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三津浜港

「坂の上の雲」に関連する史跡等の簡単な旅行記です。


<愛媛県松山市 三津浜港 2009年12月6日>

広島からは何度もフェリーや水中翼船で松山に渡っているのですが、
いずれも松山観光港に着きます。
三津浜港は初めてでした。

城のふもとのホテルから空いていたこともあるでしょうか車で20分くらいできました。
(ホテルの人は、40分くらいかかると言っていました)


このころ内海には日本人資本による蒸気汽船がさかんに活動していた。
松山の港は三津浜である。桟橋もなかった。ただの海浜で、その波打ち際に
小さな伝馬船が待っているだけである。

( 「坂の上の雲」 1巻 春や昔 )

と好古の松山を旅立つことろの情景が描かれている。



(明治16年)6月10日、子規は家族や親類、友人たちにおくられて三津浜から出帆した。
船は豊中丸であった。

( 「坂の上の雲」 1巻 真之)
 

三津浜から出航するとき、桟橋まで見送りにきてくれたひとたちのなかで、
旧藩時代、秋山家の上司だった徒歩組の組頭がすすみ出て、
「伊予松山藩の名をたかからしめよ」とこの少年(真之)をはげました。

( 「坂の上の雲」 1巻 真之)

坂の上の主人公の3人はここから羽ばたいて行った。



送られる子供の気持ち、そして送る親の気持ちが・・・
息子の旅立ちの時のことを思い出してしまいました。

山側をふと見ると、雲の隙間から太陽の光が差し込んでいました。

  

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